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自転車のリスクーチャリスマホの代償とはー

(質問)
 チャリスマホの代償はどのようなものですか?

(回答)

1 改正道交法の内容 
 自転車運転中に「危険なルール違反」を繰り返すと「自転車運転者講習」(3時間:5,700円)を受けることになります。
 具体的には「危険行為を反復(3年以内に2回以上)」→「受講命令」→「講習の受講」となりますが,公安委員会による受講命令に反すると5万円以下の罰金が科せられることになります。
 「危険なルール違反」,すなわち「危険行為」としては下記の14類型が挙げられます。
 (1)信号無視(道交法第7条)        
 (2)通行禁止違反(同第8条第1項)
 (3)歩行者用道路における車両の義務違反(徐行違反)(同第9条)
 (4)通行区分違反(同第17条第1項,第4項又は第6項)
 (5)路側帯通行時の歩行者の通行妨害(第17条の2第2項)
 (6)遮断踏切立ち入り(同第33条第2項)
 (7)交差点安全進行義務違反等(第36条)
 (8)交差点優先車妨害等(第37条) 
 (9)環状交差点安全進行義務違反等(第37条の2)
 (10)指定場所一時不定止当(第43条)
 (11)歩道通行時の通行方法違反(第63条の4第2項)
 (12)制動装置(ブレーキ)不良自転車運転(第63条の9第1項)
 (13)酒酔い運転(第65条第1項)(14)安全運転義務違反(第70条)

2 「チャリスマホ」の大問題 
 上記のように,14項目の危険行為が自転車運転者講習の対象となることがご理解いただけたと思いますが,チャリスマホの問題は,上記(14)に該当する可能性が極めて高い点にあると思います。
 上記(14)は,「安全運転義務違反」とのみ規定されており,具体例はわかりません。 
 しかし,「スマホ」の「ながら運転」をしているあなた!「チャリスマホ」は「安全運転義務違反」になる可能性の高い行為なのです。
 最近は,昼夜を問わず,スマホに接しています。そのような「スマホ依存」は自転車に乗っている時にも現れています。スマホでの電話,スマホでLINE,このような「チャリスマホ」に轢かれそうになった歩行者,少なくはないと思います。また,自動車を運転している時も,異様にふらついている自転車は大抵が「チャリスマホ」です。

3 事故を起こした場合の代償 
 事故を起こせば,数千万円単位の損害賠償責任も発生する可能性もあります。
 また,事故を起こさなくとも,5,700円の受講料を支払って3時間の講習を受けなければならなくなる可能性もあります。
 自転車でスマホを操作したいと思ったときは,どうか,少し呼吸をおいて,自転車を止めてから操作をして下さい。
 あなたのその勇気は,ご自分を含め沢山の人を救うことを念頭においてください。 
 自転車マナーがこの改正道交法施行によって改善することを望みます。

4 チャリスマホ以外の自転車のリスク 
 また,最後にはなりましたが,「チャリスマホ」の問題の他に,(ア)信号無視〔上記(1)〕,(イ)酒酔い運転〔上記(13)〕の問題も気になります。
 私は,学生さん達とお酒を飲む機会もあります。お酒を飲んだ後は,絶対に「酔いチャリ」しない!「必ず,引いて帰る!」これを徹底してもらってます。
 まぁ,そもそも,飲み屋にチャリで来るのを防止するのが先ですね。

ソーシャルメディアとは

(質問)
 ソーシャルメディアとはなんですか?

(回答)

1 ソーシャルメディアとは 
 ソーシャルメディアとは,ブログ・ソーシャルネットワーキングサービス・動画共有サイトなど利用者が情報を発信し,形成していくメディアをいいます。
 利用者同士のつながりを促進する様々な仕掛けが用意されており互いの関係を視覚的に把握できるのが特徴であるとされています。

2 ソーシャルメディアの特性 
 ソーシャルメディアの特性としては,以下の点を挙げることができます。
 (1)手軽かつ即時に発信できるという強みがある反面,熟考することなく発信してしまう利用者が多いこと
 (2)発言の一部分が切り取られる等により,本人の意図しない形で伝播する可能性があること
 (3)氏名・所属組織を明らかにせずに行う発信であっても,過去の発信等から発信者又はその所属組織の特定がなされる可能性があること,特定がなされた場合には組織自体の評判に関わる可能性があること
 (4)断片的な情報であったとしても,過去の情報や他の情報から内容の特定がなされる可能性があること

3 ソーシャルメディアの私的利用にあたっての留意点 
 ソーシャルメディアの私的利用にあたっての留意点として,総務省は,国家公務員に対して,
 (1)国家公務員法に規定する守秘義務に違反する発信を行わないこと
 (2)職務専念義務が課せられていることに鑑み勤務時間中の発信は行わないこと
 (3)所属組織の見解ではなく,個人の見解によるものであることを明確に記述すること
 (4)業務上支給されている端末を用いて発信を行わないこと
 等を通知しました。
 これは,復興庁職員がツイッターで不適切発言を行った事案を踏まえて平成25年6月28日に総務省が「国家公務員のソーシャルメディアの私的利用に当たっての留意点」として取りまとめたものです。
 ソーシャルメディアの不適切な利用により損害賠償義務まで認められた裁判例は未だ存在しないようですが,ソーシャルメディアは思想信条や宗教などの衝突の可能性があることや他人の個人情報・肖像・プライバシーが明らかになる可能性があることから,損害賠償の対象となる危険性を有するものです。
 したがって,ソーシャルメディアの私的利用に関してルールを制定するとともに責任の所在を明らかにするルールを作成しておくことが必要であると考えます。

4 ソーシャルメディアの私的利用に関するルール 
 上述したように総務省は国家公務員のソーシャルメディアの私的利用に当たっての留意点については周知徹底を行い,内規制定,研修の実施等を行うことを求めています。
 また,総務省の上記周知に伴い,岡山県でも地方公務員に対して上記同様の周知徹底を行い注意を喚起しています。さらに,民間企業でもソーシャルメディアの私的利用についての研修を行う動きがみられています。

5 社内ルールとしてのソーシャルメディアの利用方法 
 ソーシャルメディアは,今後の発展が大きく予想されますので,それに伴い損害賠償の問題にもなる可能性があります。
 法人の職員として守秘義務を遵守することや勤務時間中(出張移動中も含む)に発信しないことは最低限守るべきルールであると考えられます。 
 企業においてもソーシャルメディアの私的利用についてルール作りをすることは組織のマネジメントとして必要不可欠なものです。
 早急にルール作りをすることを強くお勧めします。

会社の定期健康診断以外に,精神疾患の疑いのある従業員に対して,診察を受けるよう命じるのは法的問題があるか?

(質問)
 当社は,毎年3月に定期健康診断を実施していますが,この定期健康診断以外に,精神疾患の疑いのある従業員に対して,診察を受けるように命じようと考えています。
 このことに関して問題はあるでしょうか?

(回答)

1 メンタル問題が急増している! 
 近年,従業員のメンタルヘルスに関する問題が急増しています。従業員が過度の仕事によってメンタルバランスを崩して精神疾患を発症した場合,その精神疾患が労災と認定されるおそれがあります。労災と認定されますと,企業は,従業員の健康等への配慮義務を欠いていたとして,数百万円単位の損害賠償をしなければならない可能性があります。
 また,近年,労働安全衛生法の精神疾患に関する改正が検討されていることからも,企業は,今後ますます従業員のメンタルに配慮する必要が出てくると考えられます。

2 受診を命令することはできる? 
 労働安全衛生法によりますと,企業は,常時雇用している従業員に対して,雇入れ時及び1年に1回の定期健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条第1項,労働安全衛生規則第44条第1項)。そして,従業員も,この定期健康診断を受診する義務があります(労働安全衛生法第66条第5項)。
 もっとも,御相談の件は,この定期健康診断以外で診察を受けるように命じたいとのことなので,別に考える必要があります。

3 就業規則に規定を設けること! 
 この点に関して,最高裁は,就業規則において受診義務に関する規定があり,その規定に合理性・相当性が認められる場合には受診を命令することができると判示しています(最高裁昭和61年3月13日 労判470号6頁)。
 奇特な言動が目立ってきた等,メンタルの不調が疑われるような従業員に対して,企業が受診を命じることができるという規定は,一般的に合理性,相当性が認められると考えられます。
 そこで,御社についても,就業規則に,そのような旨の規定を設けていれば,受診させることができると考えられます。
 もっとも,受診の結果を企業が知るためには,従業員から診断書等の任意提出を受けるか,あるいは,従業員の同意のもとで受診した医師から受診結果について聴取することになります。

4 従業員のメンタルに配慮すること 
 従業員がメンタルバランスを崩して精神を患うと,企業に損害賠償責任が生ずるおそれだけではなく,職場の雰囲気が悪くなり,士気が低下するおそれもあります。   
 また,このようなことで裁判になってしまうと,マスコミによって報道される結果,企業のレピュテーションが低下してしまう可能性もあります。
 このように,従業員のメンタルバランスは,従業員個人にとって重要なのはもちろんですが,企業にとっても重大なものであるといえます。

5 メンタルに配慮した制度設計を 
 従業員のメンタルに配慮した制度設計のみならず,就業規則そのものについて何かお悩みがあるようでしたら,弁護士にご相談されることをお勧めします。

従業員のけんかによる傷害

(質問)
 当社の従業員であるAとBは、同じ職場で働いていますが、普段から仲が悪く、顔を合わせるたびに口論となっていました。
 そうしたところ、先日、勤務時間内に職場で、業務の配分を巡って、AとBが殴り合いをしてしまい、その結果、Bは全治1週間の怪我を負いました。
 当社にも法的責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 安全配慮義務違反
 ご質問のケースの場合、貴社には、安全配慮義務違反と使用者責任の有無が問題となってきます。
 安全配慮義務違反とは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務をいいます。
 会社の安全配慮義務違反の有無が問題となった訴訟で、普段から顔を合わせれば暴力沙汰になっていたとか又はそうなりそうであったという状況が存在したのであれば、会社において喧嘩の発生は予見可能であり、したがって、両者の接触を避けるような人員配置を行うなどの義務があると判断された裁判例があります(神戸地方裁判所姫路支部平成23年3月11日判決)。
 この裁判例を前提としますと、ご質問のケースでは、普段からAとBは、顔を合わせるたびに口論となっていたのですから、貴社は、本件の喧嘩の発生を予見できたとして、両者の接触を避けるようにする人員配置を行う義務があり、その義務に違反したと判断される可能性があります。

2 使用者責任 
 使用者責任とは、被用者の不法行為が会社の事業の執行を契機として生じて、それが事業の執行と密接な関連を有する場合に生ずる責任です。
 ご質問のケースでは、業務の配分を巡って殴り合いが発生しているので、使用者責任を問われる可能性があります。

3 職場環境の重要性 
 今後、同じ事件が起きないようにするには、普段から職場の状況を管理することです。従業員の労務管理体制に不備はないか、部や課ごとの相互のコミュニケーションがとれているかなどを普段からチェックすることが大切です。
 また、軽い喧嘩が起きた場合には、今後のトラブル防止のために、口頭の注意をしたり懲戒処分を示唆するなどして、社内の綱紀粛正を図るべきです。 
 職場の環境を整えるということは、従業員の士気にも影響するだけではなく、安全配慮義務違反リスクの軽減の上でも重要なことです。

4 回答 
 本来的には、加害者のAがBに対して損害賠償責任を負うことになりますが、Aに資力がないというリスクがあります。
 その場合は、貴社には、安全配慮義務違反、又は使用者責任が認められるので、怪我を負ったBの治療費や慰謝料を支払う必要が生じると考えられます。

業務に支障を出している妊娠中の女性従業員を注意したらマタハラになるのか?

(質問)
 妊娠している女性従業員の当日欠勤・早退が頻繁にあり,業務に支障が出ています。
 その女性に注意をしたらマタハラになるのでしょうか。

(回答)

1 マタハラとは 
 最近,テレビ等でマタハラという言葉をよく耳にするようになりました。マタハラとは,マタニティ・ハラスメントの略語で,女性が妊娠・出産を理由に職場で精神的・肉体的嫌がらせや不利益を受けることをいいます。
 2014年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれる等,一般の方にも広く認識されるようになってきました。 
 社会が,女性が妊娠・出産したのを機に退職を強制したり降格させたりすることは,昔から存在している問題ですね。

2 マタハラの裁判例 
 このマタニティ・ハラスメントについて,最近注目すべき最高裁判決が出されました。
 この判決事案は,病院に副主任として勤務していた理学療法士の女性が第2子妊娠にあたり,労働基準法65条3項に基づき,軽易な業務への転換を希望したところ,病院が岩が軽易な業務への転換とともに副主任を免ずる措置を行い,育児休業後に職場復帰しても副主任に戻れなかったというもので,副主任を免ずるという降格措置が男女雇用機会均等法9条3項に違反するかが争われたものです。
 最高裁は,均等法の趣旨に照らして,女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として均等法9条3項の禁止する取扱いに当たり無効となると判断した上で,例外的に有効になる場合として,事業主が当該労働者について降格の措置を執らずに軽易な業務へ転換させることに人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合などで,降格措置について均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しない特段の事情が存在するときをあげています。

3 最高裁判例の安易な解釈には注意を 
 しかし,この最高裁判決がいう特段の事情が認められるケースというのは実際にはあまりないと考えられます。
 最高裁の判例は今後の同種事件の先例となりその影響力が大きいものです。今後生じうる類似事件について,事件の背景事情を一切考慮せず,不利益な措置をすべて無効にしてしまうのは妥当ではない場合も考えられます。そのため,事案に応じた解決ができるよう例外が認められる余地を残すということがあるのです。
 このように考えると,最高裁が例外を認める余地があると判示している場合であっても,例外が広く認められると安易に解釈すべきものではありません。
 そのため,今後,妊娠を理由として解雇,降格等不利益な措置を講じることは原則として,無効とされることになることに十分注意していただきたいところです。

4 ハラスメントのリスクにご注意を 
 近時マタハラ,セクハラ等を含むハラスメントに対する企業の責任について,厳しい責任が問われる傾向が強くなっています。
 ハラスメントに対する対応は一つ間違えると,法的紛争へ発展するリスクがあるのみならず,会社の社会的信用まで失いかねません。
 ハラスメントへの対応にお困りでしたら,弁護士にご相談されることをおすすめします。

パワハラの法的責任

(質問)
 当社のある従業員Yは、いつも注意されているにもかかわらず事務作業で何度も同じミスを繰り返したり、業務時間の最中にどこに行っているか分からないことが多々あるなどの問題行動を起こしていました。そのため、上司が、当該従業員に対して、これらのことについて指導したところ、当該従業員はこれはパワハラになりますと言ってきました。
 当社に何らかの法的責任が生じるリスクはあるでしょうか。

(回答)

1 パワハラに関する相談は依然として増加している。
 ご質問の内容が貴社の言われるとおりであるとすれば、誠に腹立たしい限りで、私もこのような相談を中小企業から受けたことがあります。
 都道府県労働局等に設置されている総合労働相談コーナーに寄せられる相談において、パワハラに関する相談件数は、依然として増加しているようです。
 都道府県労働局に寄せられたパワハラの相談件数は、平成26年度は62,191件、平成27年度は66,566件、平成28年度は70,917件とのことで、前述のセクハラの相談件数と異なり、増加の一途を辿っています。

2 パワハラに対する企業のスタンス 
 企業が、職場の秩序を維持するためには、従業員に対して一定の指導等を行うことは必要です。
 会社の管理職等がパワハラになることをおそれて指導することを委縮してしまう状態は、健全な職場とはいえませんし、職場の秩序を維持することができません。
 しかし、指導がついつい行き過ぎて、パワハラになってしまうリスクがあることに注意する必要があります。

3 パワハラにおける加害者・使用者の責任
 労働者には職場秩序遵守義務があり、使用者には職場環境配慮義務があります。
 したがって、使用者も労働者もお互いがバランスを取って、快適な職場の中で仕事をしていく必要があり、使用者は業務の改善に向けた一定の指導を行うことは当然ですが、その指導が度を超えてしまうとパワハラ(不法行為)になるリスクがあることに注意する必要があります。
 パワハラを行った者は、不法行為に基づく損害賠償責任のほか、名誉毀損罪(刑法第230条第1項、法定刑は3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金)、傷害罪(刑法第204条、法定刑は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)等の犯罪に該当する可能性があります。
 また、会社は使用者責任又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うリスクがあります。

4 回答 
 ご質問のケースでは、貴社は、Yに対して、いつも注意しているにもかかわらず、事務作業で何度も同じミスを繰り返すとか、業務時間の最中にどこに行っているか分からないことが多々あるなどの事情があるようです。
 そこで、貴社とすれば、当該Yに対して指導する必要がありますが、 一般的な指導の程度であれば、およそパワハラには該当しないと考えられます。

セクハラの申告に対する初動対応

(質問)
 当社では、女性従業員Yが上司の課長から何度もしつこく食事に誘われて困っている、ときどき肩を触れられたりして不快感を感じているというセクハラの相談を受けました。
 当社は、どのように対応すれば良いでしょうか。 

(回答)

1 セクハラの件数
 都道府県労働局雇用均等室に寄せられたセクハラの相談件数は、平成25年度は9,230件、平成26年度は11,289件、平成27年度は9,580件とのことです。
 しかし、これは、実際のセクハラ事案の氷山の一角と考えられます。
 実際、私は、中小企業からさまざまなセクハラの相談を受けたことがあります。

2 事業主が講じなければならない措置
 男女雇用機会均等法第11条では、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と規定されています。
 また、厚生労働大臣の「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号、最終改正は平成28年8月2日厚生労働省告示第314号)では、事業主が講じなければならない措置として、次の事項が定められています。
 ①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、③職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応、④①から③までの措置と併せて講ずべき措置(以上、具体的内容は省略)。
 そして、事業主が上記の措置を十分に講じていない場合は、使用者責任(民法第715条)や安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負い(同法第415条、第709条)、また企業名の公表という制裁を受けることがあります(男女雇用機会均等法第30条)。

3 回答 
 貴社は、Yからセクハラに関する事実関係の調査を行った上で、加害者である上司にその内容を確認することになります。そして、Yと上司との間で事実関係が一致していれば、上司への懲戒処分を検討することになります。
 ただし、実際は、Yと上司との間で事実関係が一致しない場合が多くみられます。その場合は、5W1Hについて、Yと上司の言い分のどこがどのように食い違っているかを明確にして、一つ一つ事実関係を筋道、条理に基づいて認定していかなくてはなりません。
 ケースによっては、Yが嘘を言っている可能性もゼロではないことを踏まえ、予断を持たずに周りの関係者からも事実関係を聴取して、事実認定を行うことになります。
 そして、セクハラの事実関係が認められれば、上司の懲戒処分、Yの被害が深刻であれば会社と上司とで慰謝料の支払を検討することになります。

健康診断拒否に対する受診の強制

(質問)
 当社は、毎年3月に、全従業員を対象として定期健康診断を実施しています。しかし、毎回放射線の影響を心配しているとのことで、胸部X線検査の受診を拒否する者がいます。
 当社が受診を強制することはできますか。

(回答)

1 会社の定期健康診断実施義務 
 中小企業において、従業員の健康管理は、労災の防止にもつながり、会社の安全配慮義務の履行にもなります。
 労働安全衛生法の規定によると、会社には、常時使用するすべての労働者に対し、雇い入れ時と年に1回の定期健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条第1項、労働安全衛生規則第44条第1項)。
 この「常時使用する労働者」とは、行政通達によると、期間の定めのない労働契約により使用され(期間の定めがある場合は、1年以上使用されることが予定されている者及び更新により1年以上使用されている者)、かつ、1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上とされている者です。
 ただし、健康診断の受診に要した時間の賃金については、事業者が支払うことが「望ましい」とされており、支払義務まではありません。

2 従業員の健康診断受診義務 
 一方で、従業員にも、健康診断を受診する義務があります(同法第66条第5項)。それでは、受診を拒否した従業員に対して、会社は、受診を命じたり、懲戒処分を行ったりすることができるでしょうか。
 この点に関して、病気治療によるX線暴露が多く、これ以上のX線暴露を避けたいとの理由でX線検査を拒否した教職員に対し、校長が職務命令としてX線検査受診命令を出したがこれに従わなかったため、懲戒処分を行ったという事案で、最高裁は、この懲戒処分を適法として判断しました。つまり、会社は、受診を拒否した者に対して、受診を命じたり、懲戒処分を行ったりすることができるのです。
 しかし、従業員の医師選択の自由まで奪うことはできません(同条同項ただし書)。会社が指定する医師の受診を拒否し、従業員が選択する医師に診断してもらうことは可能です。ただ、この場合にも、従業員には、診断結果を会社に提出する義務があります。

3 回答 
 ご質問にあるように、時々放射線とか電磁波等に過敏になる方がいらっしゃるようです。
 しかし、貴社には、従業員に対して定期健康診断実施義務があり、従業員には受診義務があるので、貴社は従業員に受診を命じることができますし、従業員がそれを拒絶した場合は懲戒処分を行うことができます。
 健康診断受診を拒否する従業員については、これを放置せず、受診義務があることを十分に説明した上で、受診を促すことが、結局のところ会社と従業員双方の利益に資するといえます。

休職命令を出すことの可否

(質問)
 当社は従業員から,発熱,咳,関節痛の症状があるとの連絡を受けました。もしかするとインフルエンザかもしれません。
 社内で流行しては困るので,就業規則上の規定はありませんが,休業命令を出したいと思っています。その場合,従業員に賃金を支払う必要はあるのでしょうか。

(回答)

1 インフルエンザの恐れのある従業員への休職命令
 労働者が伝ぱの可能性のある疾病等にかかった場合などの場合は、当該労働者及び他の労働者の健康・安全を確保するため、使用者の判断によって就業を禁止しなければならないとされています(労働安全衛生法第68条、安全衛生規則第61条)。

2 業務命令権の濫用 
 しかし、必要性・合理性を欠いた業務命令、不当な動機・目的をもってなされた業務命令、業務上の必要性と比較して労働者の職業上・生活上の不利益が著しく大きい業務命令は、権利の濫用として無効になるとされています。
 インフルエンザの強い感染力、流行性、症状等からすると、職場における安全配慮義務を負う使用者としては、インフルエンザの可能性がある労働者の職場への立入りを制限し、自宅で静養させる必要性は高いといえます。
 したがって、休業又は自宅待機の業務命令が無効となる可能性は低いと考えられます。

3 休業手当支払の要否
 使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合、使用者は、休業手当として賃金の6割以上を支払わなければなりません。
 労働者がインフルエンザに感染したことによる休業は、使用者の責めに帰すべき事由による休業には当たらないため、休業手当を支払う必要はないと考えられます。 
 ただし、医師の診断よりも長期にわたる休業や、インフルエンザかどうか分からないのに、一定の症状があることだけを理由に休業させるという場合は、使用者の自主的判断に基づく休業なので、休業手当の支払は必要であると考えられます。

4 回答 
 ご質問の状況では、未だインフルエンザの診断書は提出されていないと考えられますが、貴社は業務命令権に基づき、休業命令を出すことができます。
 その上で、貴社はなるべく早期に従業員からインフルエンザの診断書を提出してもらうべきです。
 インフルエンザの診断書の提出後は、貴社は休業手当を支払う必要はなくなると考えられます。

退職日までの有給休暇の請求について

(質問)
 この度,当社の従業員が退職を申し出てきたうえ,退職日まで有給休暇を請求してきました。
 会社としては,業務の引継ぎをしてもらわなくては困るので,引継ぎに必要な期間については出勤してもらいたいと考えています。どのような方法をとればよいですか?

(回答)

1 有給休暇の請求を認めないことができればベストだが・・・ 
 労働者が有給休暇を請求してきた場合に,使用者としてこれを適法に拒否できる根拠としては,時季変更権(労働基準法39条5項)を行使することが考えられます。
 この時季変更権とは,労働者が請求するとおりに有給休暇を認めると,会社の正常な事業運営が妨げられてしまう場合に,労働者の有給休暇取得日を別の日に変更することができるものです。
 しかし,この時季変更権は,別の日に有給休暇を取得させることができることができることを前提としています。そのため,ご相談の事案のように従業員が退職してしまう場合,別の日に有給休暇を与えることはできませんので,結論として,時季変権は行使できません。

2 有給休暇の買取り? 
 そうすると,会社としては,有給休暇を買い取ることによって,従業員の有給休暇の請求を認めないという主張をしたいところですが,結論として,有給休暇の買取りは認められません。
 というのも,有給休暇は,現実に労働者を休ませることを目的として認められたものであるにもかかわらず,有給休暇の買取りを認めてしまうと,この目的を達成することができなくなるからです。

3 結局,任意に協力を求めることしかできない 
 こうしてみると,会社としては,結局従業員に事情を説明したうえで,引継ぎの協力をお願いすることしかできないと思われます。
 ただし,単に引継ぎの協力をお願いしても,従業員からすると,協力することによる利益が何もないのであれば,まず協力することはないでしょう。
 そのため,会社としては,従業員が引継ぎに協力することによるメリットを提示する必要があります。
 このメリットとしては,経済的な利益を与えることが考えられます。すなわち,従業員が有給休暇の請求をやめてくれるのであれば,給料だけではなく,謝礼も支払うと提案するのです。どの程度の経済的利益を与えるかは,その引継ぎの内容の重要性(労働者の協力を必要としている程度)によって異なってきます。
 会社としては,このような予定外の出費を余儀なくされてしまいますが,法律上やむを得ない面がありますので,そもそもこのような事態を避けるために,日ごろから従業員に有給休暇を取得させておくことや会社に対する忠誠心を醸成しておくことが大切だろうと思われます。