月別アーカイブ: 2017年8月

継続的契約と解除の制限について

(質問)
 当社は製造業を営んでおりますが、この度、材料の仕入れ先の一部を変更しようかと考えています。ただ、これまで取引している会社とは、前の社長の代から30年以上にわたって取引を続けていることもあり、契約終了について簡単に納得してもらえそうにありません。
 このような場合、法律上、契約を一方的に終わらせることはできるのでしょうか。補償金などを支払う必要はあるのでしょうか。

(回答)

1 継続的契約の法理 
 契約の解除や違約金については、契約の条項がどのようになっているのか、まず契約書を確認する必要があります。
 もっとも、契約で解除条項や契約期間が定められていても、長期間にわたって継続することを予定した契約については、解除や更新の拒絶が制限されることがあります。
 これは、学説や裁判例で認められているもので、継続的契約の法理などと呼ばれることがあります。
 具体的には、信頼関係が破壊されたと客観的に認められる等の「やむを得ない場合」でないと契約の解除・更新拒絶ができないとする考え方や、原則として契約条項にしたがった解除・更新拒絶ができるが、例外的に信義則に反すると認められる場合は制限されるとする考え方があります。
 また、契約の終了には一定の予告期間(又はそれに代わる損失補償)を必要とするという考え方もあります。
 法律に明文の規定はなく、学説や裁判例も分かれているため、実務的に統一的な基準がないのが実情です。
 

2 どのような場合に解除が制限されるか
 継続的契約といってもその内容は様々ですので、解除が制限されるか否かについては、当該契約の内容や保護の必要性に応じて個別的に判断されることになります。
 契約期間が長期であるというだけで制限されるわけではなく、一方当事者が契約の継続を前提として多額の設備投資をしたり、当該契約に依存している等の諸般の事情から、契約の一方的な解除を認めることが信義則に反するといえるかがポイントとなってきます。
 本件でも、単純な売買契約を長期間繰り返してきたというだけでは、解除が制限されることにはならないと考えられます。
 

3 解除の際の補償金
 継続的契約の解除が制限される場合でも、未来永劫その契約を続けなければならないということにはなりません。結局、裁判等で争われた場合には、契約終了までの一定の予告期間を置くか、それに相当する損害賠償が必要という判断になるでしょう。
 裁判例をみると、予告期間は、長い場合でも1年間程度ものが多い印象です。
 下級審の裁判例ですが、海外のワインメーカーとの間で18年間にわたって当該メーカーのワインを独占的に輸入・販売することを内容とする販売代理店契約を締結していた事例では、1年間の予告期期間をおくべきと判断されています。
  
 今回のような継続的契約の解除の問題は、個別具体的な検討が必要であり、一般論では語れない部分があります。もっとも、ありふれた問題でありながら、法律に明文がない論点ですので、相談を受けた際などには注意が必要です。
  

騒音被害と受忍限度について

(質問)
 先日,騒音を注意しようとした男性に自動車を衝突させるなどして殺害しようとしたとして,ある女性が逮捕されたというニュースを聞きました。
 騒音被害と受忍限度について教えてください。

(回答)

1 増加する騒音問題
 騒音が原因で,殺人未遂容疑という,非常に重大な罪名での逮捕者が出たことに大変驚きました。
 近隣トラブルにおいて,騒音はよくある原因です。最近では,保育園の騒音も近隣トラブルの原因となっているようで,逮捕者もでているようです。ある男性が,園児を迎えに来た保護者に手斧を見せ,地面に数回振り下ろすなどして脅迫したとして,暴力行為処罰法違反の疑いで逮捕されているのです。
 働く女性を支援すべく保育園の設置は急務ではありますが,近隣住民の反対などを受けて保育所開設を断念した事案もあるようで,保育園と騒音は,非常に興味深い議題です。
 そこで,今回は,どのような場合に,そもそも騒音が違法となるのかについて考えた上で,保育園の騒音をめぐってなされた訴訟につき,裁判所がどのように判断をしたのか,ご紹介したいと思います。

2 受忍限度論
 まず,ある人が騒音を出したからといって,直ちに違法となるわけではありません。日常生活において,一定の騒音というものはつきものであり,騒音の全てを違法と言ってしまっては,日常生活を送れなくなります。
 そこで,「受忍限度」を超えた騒音のみが,他人の権利を侵害したとして違法と評価されます。この受忍限度を超えているか否かの判断は,侵害行為の態様,侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等の比較検討,地域環境,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,被害防止措置の有無とその内容,効果等の諸般の事情を総合的に考慮して決定されます。

3 受忍限度の基準の具体例
 先の基準を少し敷衍いたしますと,次のようになります。
 まず,侵害行為の態様は,騒音を発生させている行為の具体的な内容,騒音の性質,発生の頻度や発生時間帯,継続時間、継続期間等が考慮されます。
 また,被侵害利益の性質と内容は,例えば,被害者が難聴を発症する等の被害者に身体的変調が発生すると,受忍限度を超えたと認められやすくなる傾向にあります。他方,被害を裏付ける証拠がない場合や,証拠があっても具体性に欠ける場合には,受忍限度内とされることがあります。
 更に,地域環境としては,元々の周辺環境のいわゆる騒音レベルが高い場合は,受忍限度の判断は,被害者側に厳しいものとなるとされています。
 また,加害者が被害者から苦情を申し立てられたにもかかわらず,加害者が真摯に対応しなかった場合や,騒音や振動を容易に防止できる措置があったのにそれを講じなかった場合は,加害者に不利に判断される傾向にあります。

4 騒音トラブル訴訟の具体例-保育園の騒音
 では,具体例として,保育園の騒音をめぐって訴訟になった事例を見てみましょう。

 【事案】
  訴訟を起こした男性は,その男性宅の南側敷地から約10メートル離れた距離に保育園北側敷地があるという位置関係でした。  男性は,本件保育園が開設される前に勤めを終えており,1日を自宅で過ごすことが多かったようです。
  他方,本件保育園は,定員数が概ね120名であり,開園日が月曜から土曜まで,保育時間は,通常保育が午前8時から午後5 時半まで,特例保育や延長保育を併せると,午前7時から午後7時までとなっていました。本件保育園は,近隣住民との間で,複 数回にわたり協議を重ね,近隣住民の意見を踏まえて,防音壁を設置する等の工事をしていたようです。
  男性は騒音の測定を行ったのですが,その結果は,園児が園庭で遊んでいるとき等の騒音が,市の騒音基準を上回るというもの でした。なお,市の騒音基準は,私人間の騒音トラブルに直接適用するための基準ではなかったのですが,裁判例では参考になる と言われています。

 【判断】
  このような事例につき,裁判所は,次のように判断をしました。
  確かに,男性宅の騒音レベルは,「騒音基準を上回るものである。また,被告は,日曜及び祝日を除くほぼ毎日,特例保育及び 延長保育時間帯を除いた午前8時から午後5時半までの通常保育の時間内で園児を園庭で遊戯させていることからすると,昼間の 時間帯において…騒音が原告の生活空間に流れ込むこととなり,一日の大半を原告宅で過ごすことの多い原告にとってみれば,その 影響は決して小さくないものといい得る。」
  ただ,「受忍限度を超えるか否かの判断においては,当該騒音が被侵害者に対して及ぼす影響の程度を検討すべきであって,そ の及ぼす影響の程度は,騒音源である敷地の境界線で測定された騒音レベルに加え,騒音源と被侵害者の居宅との距離,騒音の減 衰量等をも踏まえて検討するのが相当である。」とし,右諸点を考慮した結果,「直ちに,本件保育園からの騒音レベルが受忍限 度を超えているということはできない」としました。
  その上で,「本件保育園から発生する騒音は,主に園児が園庭で遊戯する約3時間であって,通常保育の時間(午前8時から午 後5時半まで)において断続的に発生するものではなく,原告において環境基準が前提とする昼間の時間帯の屋内騒音レベル45d Bを下回る騒音レベルを維持することを必要とする特別の事情があるとは認められない上,被告は,本件保育園の設置に際し,本 件保育園の近隣住民に対する説明会を1年ほどかけて行い,その間,本件保育園から生じる騒音の問題に係る原告を含めた近隣住 民からの質問・要望等に対して検討を重ね,既設の保育園で測定した騒音結果から本件保育園の騒音の推定値を算出した上で,遮 音性能を有する本件防音壁…を設置し,一部の近隣住民に対して被告の負担において二重サッシに取り換えることを提案・合意する などして騒音対策を講じるよう努めてきたこと,最終的に原告とは折り合いがつかなかったものの,被告側から原告宅敷地境界線 における防音対策による問題解決の提案がされたこと」を認定し,男性の請求を棄却しました。

4 まとめ
  今回は,保育園の勝訴となっていますが,その騒音レベルや保育園の対応次第では,違法となった可能性も否めません。
  通常の生活においては,騒音は,お互い様という面もありますので,互いによく話し合い,注意をして,良好な関係を築きたい ものです。