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会社の定期健康診断以外に,精神疾患の疑いのある従業員に対して,診察を受けるよう命じるのは法的問題があるか?

(質問)
 当社は,毎年3月に定期健康診断を実施していますが,この定期健康診断以外に,精神疾患の疑いのある従業員に対して,診察を受けるように命じようと考えています。
 このことに関して問題はあるでしょうか?

(回答)

1 メンタル問題が急増している! 
 近年,従業員のメンタルヘルスに関する問題が急増しています。従業員が過度の仕事によってメンタルバランスを崩して精神疾患を発症した場合,その精神疾患が労災と認定されるおそれがあります。労災と認定されますと,企業は,従業員の健康等への配慮義務を欠いていたとして,数百万円単位の損害賠償をしなければならない可能性があります。
 また,近年,労働安全衛生法の精神疾患に関する改正が検討されていることからも,企業は,今後ますます従業員のメンタルに配慮する必要が出てくると考えられます。

2 受診を命令することはできる? 
 労働安全衛生法によりますと,企業は,常時雇用している従業員に対して,雇入れ時及び1年に1回の定期健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条第1項,労働安全衛生規則第44条第1項)。そして,従業員も,この定期健康診断を受診する義務があります(労働安全衛生法第66条第5項)。
 もっとも,御相談の件は,この定期健康診断以外で診察を受けるように命じたいとのことなので,別に考える必要があります。

3 就業規則に規定を設けること! 
 この点に関して,最高裁は,就業規則において受診義務に関する規定があり,その規定に合理性・相当性が認められる場合には受診を命令することができると判示しています(最高裁昭和61年3月13日 労判470号6頁)。
 奇特な言動が目立ってきた等,メンタルの不調が疑われるような従業員に対して,企業が受診を命じることができるという規定は,一般的に合理性,相当性が認められると考えられます。
 そこで,御社についても,就業規則に,そのような旨の規定を設けていれば,受診させることができると考えられます。
 もっとも,受診の結果を企業が知るためには,従業員から診断書等の任意提出を受けるか,あるいは,従業員の同意のもとで受診した医師から受診結果について聴取することになります。

4 従業員のメンタルに配慮すること 
 従業員がメンタルバランスを崩して精神を患うと,企業に損害賠償責任が生ずるおそれだけではなく,職場の雰囲気が悪くなり,士気が低下するおそれもあります。   
 また,このようなことで裁判になってしまうと,マスコミによって報道される結果,企業のレピュテーションが低下してしまう可能性もあります。
 このように,従業員のメンタルバランスは,従業員個人にとって重要なのはもちろんですが,企業にとっても重大なものであるといえます。

5 メンタルに配慮した制度設計を 
 従業員のメンタルに配慮した制度設計のみならず,就業規則そのものについて何かお悩みがあるようでしたら,弁護士にご相談されることをお勧めします。

従業員のけんかによる傷害

(質問)
 当社の従業員であるAとBは、同じ職場で働いていますが、普段から仲が悪く、顔を合わせるたびに口論となっていました。
 そうしたところ、先日、勤務時間内に職場で、業務の配分を巡って、AとBが殴り合いをしてしまい、その結果、Bは全治1週間の怪我を負いました。
 当社にも法的責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 安全配慮義務違反
 ご質問のケースの場合、貴社には、安全配慮義務違反と使用者責任の有無が問題となってきます。
 安全配慮義務違反とは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務をいいます。
 会社の安全配慮義務違反の有無が問題となった訴訟で、普段から顔を合わせれば暴力沙汰になっていたとか又はそうなりそうであったという状況が存在したのであれば、会社において喧嘩の発生は予見可能であり、したがって、両者の接触を避けるような人員配置を行うなどの義務があると判断された裁判例があります(神戸地方裁判所姫路支部平成23年3月11日判決)。
 この裁判例を前提としますと、ご質問のケースでは、普段からAとBは、顔を合わせるたびに口論となっていたのですから、貴社は、本件の喧嘩の発生を予見できたとして、両者の接触を避けるようにする人員配置を行う義務があり、その義務に違反したと判断される可能性があります。

2 使用者責任 
 使用者責任とは、被用者の不法行為が会社の事業の執行を契機として生じて、それが事業の執行と密接な関連を有する場合に生ずる責任です。
 ご質問のケースでは、業務の配分を巡って殴り合いが発生しているので、使用者責任を問われる可能性があります。

3 職場環境の重要性 
 今後、同じ事件が起きないようにするには、普段から職場の状況を管理することです。従業員の労務管理体制に不備はないか、部や課ごとの相互のコミュニケーションがとれているかなどを普段からチェックすることが大切です。
 また、軽い喧嘩が起きた場合には、今後のトラブル防止のために、口頭の注意をしたり懲戒処分を示唆するなどして、社内の綱紀粛正を図るべきです。 
 職場の環境を整えるということは、従業員の士気にも影響するだけではなく、安全配慮義務違反リスクの軽減の上でも重要なことです。

4 回答 
 本来的には、加害者のAがBに対して損害賠償責任を負うことになりますが、Aに資力がないというリスクがあります。
 その場合は、貴社には、安全配慮義務違反、又は使用者責任が認められるので、怪我を負ったBの治療費や慰謝料を支払う必要が生じると考えられます。