月別アーカイブ: 2018年1月

刑事手続(捜査)の概要について

(質問)
 刑事手続きの流れについて教えてください。

(回答)

1 最近話題の刑事事件
 最近,ワイドショーを賑わせているニュースというと,日馬富士の貴ノ岩に対する暴行問題(以下「本件」といいます。)があります。このニュースは,様々な視点から論じられていますが,その中で,貴乃花親方が日本相撲協会の聴取に協力する時期が話題になっていました。貴乃花親方は,当初は「警察」の捜査が終わった時点と仰っていたようですが,後になって,貴乃花親方が「警察」と「検察」の意味を取り違えていたことが判明したというものです。
 法律家の視点から致しますと,貴乃花親方が警察の捜査終了後に相撲協会の聴取に協力すると発言されたことに違和感を感じておりました。後で詳しくご説明しますが,警察が,捜査を終えた後,検察官が更に捜査をし,被疑者を起訴するか否か等の決定をするため,警察の捜査が終わっただけでは,刑事事件は解決をみないからです。
 そこで,今日は,皆様方にあまり馴染みのない刑事手続について,一般的なお話をさせて頂こうと思います。

2 捜査開始から起訴までの大まかな流れ
 警察は,被害届の提出,告訴・告発,自首等の何らかのきっかけを得て,捜査を開始します。捜査のきっかけとしては,圧倒的に被害者(関係者)の届出が多く,約9割を占めます。
 警察は,事件を捜査したときは,原則として,事件を検察官に送致しなければなりません。ただ,この原則には一定の例外があります。例えば,極めて軽微な犯罪(軽微な窃盗や賭博等)については,警察は検察官に事件を送致する必要がなく,月報として検察官に報告すれば足りるとされています(微罪処分)。例えば,万引きをして警察官に注意をされたが,それで終わったというような場合は,微罪処分として処理された可能性があります。
 さて,警察が検察官に事件を送致する場合は,警察が被疑者を逮捕し,被疑者の身柄を拘束したまま送致する場合と,被疑者を逮捕せず,在宅で取り調べて(或いは身柄拘束を解いた後)送致する場合(書類送検)とがあります。本件では,日馬富士は,書類送検されていました。日馬富士という社会的地位があり,マスコミの注目も浴びている人物が,本件を理由に逃亡をしたり,或いは貴ノ岩を脅迫する等の証拠隠滅行為をするとは思えないため,逮捕(身柄を拘束)をする必要がないと判断したものと思われます。
 検察官は,警察から事件が送検された後,捜査を実行します。そして,検察官は,捜査が終了すると,被疑者を起訴するか,不起訴にするか等の判断をすることになります。
 日本の刑事訴訟法では,検察官に,被疑者を起訴するか否かの裁量を与えています。つまり,仮に,犯罪の嫌疑が明白であっても,被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により,起訴しない(起訴猶予)ことができるのです。
 検察官が起訴を選択した場合は,裁判が開かれることになり,不起訴を選択した場合は,そこで刑事手続が終了することになります。
 本件で,検察官は,日馬富士を略式起訴する方針を固めたとの報道がありました。
 略式起訴というのは,検察官の請求により,裁判所が,正式裁判によらないで100万円以下の罰金または科料を科す手続です。この手続では,通常の裁判手続とは異なり,裁判への被告人の出頭は必要なく,非公開で行われますので,被告人にとって負担の軽い手続となります。
 本件で,日馬富士は,貴ノ岩の頭部という人体の中でも重要な部分をリモコン等を使って殴り,その結果,頭部を数針縫わなければならないという比較的重い怪我を負わせていますが,他方,日馬富士は,横綱という地位を降りることで,社会的制裁を受けています。検察官は,後者の事情その他情状を考慮し,略式起訴をするという判断をしたものと思われます。
 傷害罪(刑法204条)の罰金の金額は,50万円以下と定められています。本件の詳細な事情が分からない以上,日馬富士にどの程度の罰金刑が科されるかは予測しがたいのですが,30万円程度になるのではないかと考えています。

3 身柄拘束の時間的制約等
 被疑者の身柄を拘束することは,被疑者の人権を大きく制約することになりますので,法律で,厳格な時間的制約が設けられています。
 まず,逮捕ですが,警察は,被疑者を逮捕した場合は,逮捕後48時間以内に送検しなければなりません。
 次に,検察官は,逮捕された被疑者を引き続き留置する必要があると考えたときには,裁判官に対し,勾留(被疑者の拘禁)の請求をすることになります。検察官は,勾留の請求をするときは,被疑者を受け取ったときから24時間以内に行わなければなりません。加えて,勾留の請求は,逮捕時から72時間を超えることもできません。
 勾留の期間は,原則として10日間であり,検察官は,この期間内に公訴を提起しないときは被疑者を釈放しなければならないとされています。ただ,「やむを得ない事由」があるときは,検察官は,勾留期間を更に10日間延長するよう裁判官に請求することができます。
 なお,先に述べましたように,逮捕・勾留共に被疑者の人権を大きく制約する処分ですので,逮捕・勾留をなすには,被疑者に相当の嫌疑があることや,被疑者が逃亡したり,証拠隠滅行為をすると疑われるときでなければならない等の要件があります。更に,逮捕や勾留をするには,裁判官が発布する逮捕状や勾留状が必要であるという手続的な要件もあります。

4 被疑者に対する弁護活動
 刑事事件の多くは,被疑者が自白している事件です。この場合,弁護人は,少しでも被疑者の処分が軽いもので済むよう弁護活動を行います。
 すなわち,検察官は,被疑者を起訴するか否かを決めるにあたり,情状や犯罪後の情況を考慮します。また,裁判官が被告人の量刑を決める際も,情状を考慮することになります。そこで,弁護人は,例えば,被害者と示談交渉をしたり,被疑者が二度と同じ過ちを犯さないよう援助する等して,被疑者の情状が良いものとなるよう弁護活動を行います。
 被疑者の身柄が拘束されている場合は,先に述べたように時間的制約がありますので,刑事弁護は時間との勝負という側面があります。

5 当番弁護士制度と国選弁護制度
 当番弁護士制度とは,弁護士が,被疑者やそのご家族等からの依頼に基づき,逮捕勾留中に1回限り無料で被疑者に面会に行く制度です。
 また,「死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件」で被疑者が勾留されている場合において,被疑者が「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」は(資力申告書の提出が必要。),裁判官が被疑者の請求により弁護人を付さなければならないとされています。
 以上の制度は,憲法34条で保障されている弁護人に依頼する権利を実質化するための制度です。被疑者の経済状況にかかわらず,弁護人の援助を受けることができるようになっているのです。
 今回は,刑事手続(捜査段階)の概要をお話しました。刑事事件が発生すると,その捜査についての報道がよくなされますが,捜査から起訴等されるまでの流れについてはあまり知られていないように思いましたので,これを機に,理解を深めて頂ければと思います。