月別アーカイブ: 2017年6月

訴訟の提起で懲戒に?ー弁護士の仕事って何?ー

(質問)
 以前新聞で、とある訴訟を提起した弁護士が提訴が問題だったという理由で懲戒審査にかけられたという記事を見ましたが、こういったことはたまにあるのですか?

(回答)
 

1 事件の概要
 アダルトビデオ出演を拒否した20代の女性に所属事務所が約2400万円の損害賠償を求めた訴訟をめぐり、日本弁護士連合会(日弁連)が、所属事務所の代理人を務めた60代の男性弁護士について「提訴は問題だった」として、「懲戒審査相当」の決定をした。
 懲戒請求を行ったのは、男性弁護士や女性と面識がない男性。所属先の弁護士会では提訴は正当とされたが、その後男性は日弁連に異議を申し立て、日弁連が所属先の弁護士会での決定を取り消し、懲戒審査となった。
 

2 弁護士の仕事とは
 弁護士の立場から言わせてもらうと,もし懲戒処分が下ったら非常に憤りを感じます。弁護士っていうのはあくまで依頼者の代理人なんです。国民が持つ「裁判を受ける権利」を代理し,裁判所に判断を求めるのが弁護士の仕事なんです。
 もし提訴や訴訟内容を理由に懲戒されるリスクを弁護士が負うようになり,依頼者に善悪を求めるようになったら悪人は弁護士を雇えないということになりますよね。これでは憲法違反になってしまいます。
 たまに,「弁護士は,有罪だなと思っている依頼者でも無罪を主張するんですか?」という質問をされることがあります。
 全ての弁護士がそうという訳ではないと思いますが,私は,有罪だなという場合,後々辻褄が合わなくなってもいけませんので,私自身納得できない旨を伝えて,問題点についての説明を求めます。その説明も納得がいかないときは,さらにその旨を告げて,且つ裁判所を説得するのは難しいことを説明します。それでも依頼者が無実を主張する場合は,私は辞任しますね。
 

3 弁護士はなぜ犯罪を犯した悪人の弁護をするのか
 悪人かどうかはともかくとして,たまにそのような問いかけを受けます。
 まず,弁護しているその人が本当に犯人かは裁判を通じて初めて決まることです。犯人扱いされた人が実は無実だったという冤罪事件はたまにあります。なので,本当は犯人ではない事実を裁判で明らかにするために,弁護士による弁護活動が必要になります。
 もっとも,そうした冤罪事件はかなり例外で,多くの場合は間違いなく犯人でしょう。  
 しかし,そのときでも,その人が罪を犯すにはそれなりの事情があり,そうした事情や,十分反省していることなどを裁判で明らかにし,過重な処罰を受けないようにすることも大事です。凶悪犯罪を犯したとして社会全体から厳しい非難を受けている人にこそ,唯一の味方ともいうべき弁護士の弁護が必要なのです。
 

4 今回の懲戒問題の今後について
 「弁護士職務基本規程」では一定の制限が設けられています。
 
 弁護士職務基本規程(2005年4月1日施行)
 (不当な事件の受任)
 第三十一条
 弁護士は、依頼の目的又は事件処理の方法が明らかに不当な事件を受任してはならない。

 今後,提訴自体が懲戒対象になっていくのか,それはどういった基準なのか,とても興味深いです。

相続開始後に生じた賃料債権の帰属について

(質問)
 私の父は、知り合いの事業者に不動産を賃貸しており、賃料収入がありました。父が死亡し、私と弟が相続人となったため、遺産分割協議を経て、不動産は弟が相続することになりました。
 しかし、遺産分割協議がまとまるまでに1年ほどかかってしまったため、その間の賃料が発生しています。この賃料も当然に弟が取得することになるのでしょうか。

(回答)
 

1 相続開始後の賃料債権の帰属
 民法909条は、「遺産分割は、相続開始時にさかのぼってその効力を生ずる」と規定しています。
 そうすると、今回の事例では、被相続人の死亡時に弟が賃貸不動産を取得したことになりますので、その後に生じた賃料もすべて弟が取得すべきとも思えます。
 しかしながら、この点については、最高裁判例があり、遺産である賃貸不動産から生じた賃料債権は遺産に属さず、相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するとしています。
 遺産分割が実際に成立するまでは、遺産は、法定相続分の割合で各相続人の遺産共有状態となっていますので、その期間に発生した賃料債権は、相続分の割合に応じて各相続人がそれぞれ単独で取得するということですね。
 今回の事例ですと、相続開始から遺産分割までに発生した賃料は、法定相続分に従って、相談者と弟がそれぞれ2分の1ずつ取得することになります。
 

2 借主側の問題
 さて、賃料債権の法的な帰属の問題は上記のとおりですが、これを、賃貸不動産の借主の立場からみるとどうでしょう。
 この点、相続開始から遺産分割までの間に生じた賃料債権は、各相続人が相続分に応じて単独で取得することになる以上、借主としては、原則として、各相続人に相続分の割合ずつ賃料を支払わなければなりません。
 もっとも、これでは煩雑なので、借主としては、相続人の誰か1人に支払いたいと思うでしょう。実際に、相続人の1人が賃料を受け取って管理し、これを含めて分割協議をするのが通常です。
 しかしながら、上記のとおり、相続開始後に生じた賃料債権は、法的には遺産ではありませんので、他の相続人から、相続分に応じて自分に賃料を支払うよう請求された場合、借主としてはこれを拒むことができません。
 相続人の1人に賃料を支払えば済むようにするには、他の相続人にも了解を得る必要があります。各相続人の了解を得なかった場合には、法律上有効な弁済にはならないのです。
 なお、債権者(相続人)が誰かわからなければ供託するという方法も考えられますが、相続人が判明していれば、債権者不確知を理由に供託することはできません。
 実際には、相続開始後に生じた賃料を含めて遺産分割協議をすることが多く、借主が各相続人に分割して賃料を支払わなければならない事態も通常は生じません。ただし、これは法律的な原則論とは異なることに注意が必要です。

副業が見つかったらクビになる?

(質問)
 私の同僚は,業務時間外に他でアルバイトをしているようです。私も,今の給料で生活ができないわけではありませんが,小遣いを稼ぐために副業をしようかと考えています。
 しかし,先日,上司から,当社では副業を禁止しているので,違反した者は懲戒処分もあり得るというような話がありました。
 実際に副業が見つかった場合には懲戒処分の対象となるのでしょうか。

(回答)
 

1 副業は原則自由
 公務員は法律で副業が禁止されていますが,民間企業には従業員の副業を禁止する法律の規定はありません。
 就業規則に副業禁止を定めている会社は多くありますが,そのような定めがない場合には,原則として副業は制限されません。
 また,就業規則に副業を禁止する定めを設けたとしても,常にその有効性が認められるわけではありません。契約で定められた就業時間外をどのように過ごすかについては,本来,各従業員の自由だからです。
 

2 副業禁止が認められる場合
 副業の禁止が有効であると認められるためには,就業時間外の私的な行動を制限する合理性が認められる必要があります。
 このような合理性が認められるのは,従業員の副業により,会社の社会的な信用や社内秩序を害されるおそれがある場合,秘密漏えいのおそれがある場合,当該従業員の労務提供に支障が生じるおそれがある場合等です。
 そのため,就業規則で副業禁止を定めていたとしても,実際に副業禁止違反を理由として懲戒処分をするためには,上記のような合理性が認められるのかを具体的に検討する必要があるでしょう。
 

3 副業に関する裁判例
 裁判例には,貨物運送会社に勤務する長距離トラック運転手が勤務時間外にアルバイトをすることを会社が認めなかったという事例で,副業終了後会社での勤務開始までが6時間を切る場合は副業を認めないことには,合理性があると判断したものがあります。
 このケースでは,疲労や値不足での交通事故を起こせば,会社のみならず第三者に多大な迷惑を掛けるので,トラック運転手にとっては休息の確保が非常に重要であるというわけです。
 その一方で,同裁判例は,休日のアルバイトを禁止することについて,その休日が法定休日であるということのみを理由として禁止することはできず,労務提供に生じる支障を具体的に検討しなければならないと判断しています。
 近時,働き方の多様化が進み,本業とは別に副業をするサラリーマンも増えているようです。その一方で,会社からすれば,従業員には副業をせずに自社の仕事に専念してもらいたいと考えるのは当然のことです。
 副業禁止違反を理由とする懲戒処分の有効性が問題となるケースでは,制限の合理性を具体的に検討する必要があります。