月別アーカイブ: 2018年6月

就業規則の見直しに当たっての注意事項

(質問)
 当社は、就業規則を全面的に見直そうと考えていますが、どのような点に注意すればよろしいですか。

(回答)

1 就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能
 本書においては、いくつかの場面で就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能としての重要性を説明してきました。以下、重複しますが、特に実務上問題になる点を挙げます。

2 降給に関する規定の不備
 就業規則に降給に関する規定があるからといって、本人の同意なく給与を下げられるというわけではありませんが、降給に関する規定がないと、業績が悪化しても給与が下げにくい可能性があります。すなわち、会社に労働組合がある場合、降給に向けての労働者側との交渉は全く不可能というわけではありませんが、就業規則の根拠がないので、ゼロベースで労使交渉をせざるを得ず、給与を下げにくいというリスクがあります。
 降格、降級に関する規定も同様に必要です。

3 休職関係の規定の不備
 就業規則の中に、会社の休職命令の根拠規定がなかったり、会社が指定する医師の受診命令の根拠規定がないことがあります。
 仮に、かかる根拠規定がないと、労働者の休職の要否、復職の可否、私病かどうか(特にメンタル不調の場合)の判断について、会社が主導権を持つことが困難となり、労働者や労働者の主治医の判断に引きずられることなります。この点、例えば、受診命令の根拠規定があれば、受診命令の拒否の場合に別途懲戒処分も可能となります。
 また、休職期間満了による自動退職の規定がないケースもあります。
 さらに、休職期間との関連で、復職後一定期間内に再度休職した場合には、休職期間を通算する規定を設けるべきです。この規定がないと、1か月復職してまた休職されるリスクが生じ、そうなるとかなり厄介になります。
 会社によっては、稀に、私傷病の場合の休職について、無給とする定めがない場合もあるので、注意が必要です。

4 パートタイマー、有期雇用従業員、派遣労働者のための就業規則の不備
 かかる就業規則がないと、正社員の就業規則の規定がそのまま適用されてしまうリスクがあります。

5 競業避止義務に関する規定の不備
 就業規則において、退職従業員の同業他社への転職を禁止することによって、会社の営業秘密やノウハウを守ることができます。
 また、従業員の独立が想定される場合には、引抜き行為の禁止などを定めることも考えられます。
 ただし、職業選択の自由との関係で、かかる禁止が無制限に認められるわけではないことに注意する必要があります。

6 退職時の引継ぎに関する規定の不備
 民法上は、期間の定めのない雇用についてはいつでも解約を申し出ることができ、申入れから2週間経過により終了と定められています(同法第627条)。
 これが任意規定であるのか強行規定であるのかは争いがあるものの(強行規定説が有力)、就業規則において、十分な予告期間を定め、引継ぎをすることを明示することは重要です。民法の定めが強行規定であるとしても、これは一方的意思表示による契約解除の規定であるので、合意による退職のルールを別途定めるのは有効と考えられるからです。

7 セキュリティ対策、モニタリングに関する規定の不備
 会社の情報端末による私的なメール送受信や私的なネット閲覧の禁止、個人所有の情報端末を許可なく会社の情報端末に接続したり、データを複製することの禁止は、情報漏洩、会社のパソコンのウイルス感染等の防止の観点から必要となります。
 また、機器所持品検査や、メールやPC内のデータの閲覧等のモニタリングも社内不正の調査等の観点から必要となります。ただし、従業員のプライバシー侵害を考慮した上での対応となります。

8 その他必要と考えられる規定
 ①振替休日に関する規定
 ②代休に関する規定
 ③配転命令に関する規定
 ④職種の変更に関する規定
 ⑤出向命令に関する規定
 ⑥自宅待機に関する規定
 ⑦懲戒処分としての出勤停止
 ⑧一定期間出勤しない場合は当然に自然退職となる規定
 ⑨懲戒解雇の場合の退職金の全部又は一部の不支給に関する規定
 ⑩懲戒解雇事由が発覚した場合の退職金の返還規定
 ⑪1か月単位の変形労働時間制における労働日の変更に関する規定等

9 就業規則は事業所ごとに定める必要があること
 就業規則の内容に関する点ではありませんが、就業規則を作っていても、本社にしか置いてないケースがよく見られます。
 これは、労働基準法違反のリスクだけでなく、労働紛争の場合に大きなリスクにつながります。なぜなら、就業規則の周知がないと、労働契約の内容にはならないため、就業規則に基づく処分(懲戒処分や配転命令、休職命令など)ができないリスクがあるからです。

就業規則の不利益変更のリスク

(質問)
 当社では、従前の年功賃金から職能給・成果主義賃金への変更を検討していますが、どのような点に注意すれば良いでしょうか。

(回答)

1 就業規則の不利益変更リスク
 中小企業の中には、従業員のモチベーションを上げるなどのために、年功賃金から職能給・成果主義賃金への変更を図りたいという会社があります。
 しかし、職能給・成果主義賃金制度の導入は、人事考課により、減額となり得る場合もあり、就業規則の不利益変更との関係で問題となります。
 また、賃金が減額となった労働者が不満を持ち、労働組合に加入して、上部団体を巻き込んで、本格的な労使紛争へと発展するリスクも生じます。
 その結果、従業員の相当割合が労働組合に加入して、会社の生産性が落ちるというさらなるリスクに発展してしまいます。

2 就業規則の不利益変更のルール
 労働契約法は、原則として、労働者との合意なく、就業規則を労働者の不利益に変更することはできないとしています(同法第9条)。ただし、例外的に、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働者の合意がなくても就業規則の不利益変更は認められるとしています(同法第10条)。

3 戦略的対応が必要
 従業員の不利益になる労働条件の変更に当たっては、戦略に基づいて慎重に準備することが必要になります。
 ご質問のケースでは、取りあえず職能給・成果主義賃金を導入すること自体に重きを置き、会社の待遇に不満を感じている労働者の賃金が当面は下がらないか、下がるとしてもその下がり幅を極力少なくするか、一定の猶予期間を設けるなどの工夫が必要です。

4 労働者の合意がなくても就業規則の不利益変更が認められる場合
 裁判例では、新給与規定の実施に伴い、当初は調整給を設定し、その後も、賃金減額分の補償措置を設けるなどしていること、同制度の適用により、低評価者には不利益となるが、普通程度の評価者の場合は補償制度もあり、その不利益の程度は小さく、8割程度の従業員の給与が増額していること、企業が赤字経営となり、収支改善のため労働生産性を向上させる必要があったこと、組合とも合意に至らないまでも10数回に及ぶ団交を尽くしていること等を理由に不利益変更を有効としたものがあります(大阪地方裁判所平成12年2月28日判決)。
 中小企業が労働者の合意なしに就業規則の不利益変更を行うときは、この裁判例を参考にして、調整給や賃金減額分の補償措置などを検討すべきです。

5 回答
 中小企業は、労働者の合意が得られない場合には、就業規則を不利益に変更することは、原則的に認められません。
 しかし、それでも、会社の事業継続性のためにあえてリスクを負わなければならない局面もあります。
 その場合は、類似の裁判例などを参考にして、一定のリスクを負いつつも、そのリスクを最小限にする対策を行いつつ、就業規則の不利益変更を検討することが必要となります。

就業規則不作成のリスク

(質問)
 当社は従業員数が10人に満たないので、就業規則を作っていなかったところ、従業員Yが当社の商品を第三者に横流ししていることが判明しました。
 当社は、Yを懲戒解雇できるのでしょうか。

(回答)

1 就業規則の法的性格
 労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して、就業規則の作成を義務づけるとともに(同法第89条)、就業規則の作成・変更に当たり、労働者側の意見を聴き、その意見書を添付して所轄行政庁に就業規則を届け出て(同法第90条)、かつ、労働者に周知させる方法を講ずる義務を課しています(同法第106条第1項)。
 また、就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならず、行政庁は法令又は労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができるものとしています(同法第92条)。
 さらに、労働契約法は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による」としています(同法第12条)。
 中小企業の中には、常時10人未満の従業員しかいない企業も数多くあり、その中には就業規則を作成しておらず、懲戒処分の根拠がない会社もときどき見受けられます。

2 就業規則に懲戒処分に関する規定がない場合
 判例では、就業規則に懲戒に関する規定がないと、懲戒処分ができないとされています(最高裁判所平成15年10月10日判決)。

3 回答
 貴社は、就業規則を作成しておらず、懲戒処分の根拠がないので、懲戒解雇担当事案であっても懲戒解雇ができないという奇妙な結果になります。
 そもそも就業規則を作成するのは、会社にとっては不要な義務ではなく、多数の労働者の労働条件を画一的に管理できるというメリットがあることに加え、会社にとって、戦略的に有利な対応をするための根拠になります。
 したがって、貴社は、このような認識を持って、常時10人未満であったとしても就業規則を作成すべきです。

1人取締役の死亡の場合の会社の意思決定の方法

(質問)
 当社の取締役は1人です。その取締役が突然亡くなった場合は、会社の意思決定はどのように行われるのでしょうか。
 なお、当社の全株式はその取締役が保有しています。

(回答)

1 一時取締役の選任
 中小企業はいわゆる一人会社であることがよくあり、ご質問のケースはまさに経営法務リスクマネジメントの最たるものと言ってもいいと思います。
 貴社において、取締役が死亡すると新たな取締役の選任が必要となります。
 そして、新たな取締役の選任には、株主総会の決議が必要ですが、株主総会の招集は取締役が行うため、取締役が死亡した場合にはそもそも株主総会の招集ができないことになります。
 このような場合のために、会社法では一時取締役(仮取締役)選任の申立てが認められています。
 裁判所は、取締役などの役員に欠員が生じた場合、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時取締役を選任することができます。

2 株式の準共有
 1人しかいない取締役が会社の全株式を所有していた場合、その者が死亡すると、その相続人が全株式を準共有している状態になります。
 この場合、株主総会での議決権行使は、民法の共有に関する規定に従ってなされなければならず、この場合、「共有に属する株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、民法第252条本文により、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決せられるものと解するのが相当である。」とされています(最高裁判所平成27年2月19日判決)。

3 回答
 このように、1人しかいない取締役が死亡すると、取締役の業務執行ができず、一時取締役選任の申立てなど早急に新たな取締役選任に向けた手続を行わなければならなくなり、その後の株主総会招集、株主総会決議まで含め、相当の時間と手間を要することになります。
 会社法では、そうした事態が生じる前に、あらかじめ株主総会で補欠取締役を選任することが認められていますので(同法第329条3号)、あらかじめ補欠取締役を選任しておくべきです。

取締役会決議の是正

(質問)
 取締役会決議に瑕疵があった場合、どのようなリスクがありますか。
 また、その瑕疵は、是正できるのでしょうか。

(回答)

1 取締役会決議の瑕疵の例
 ある取締役会決議の瑕疵のケースは、次のとおりです。
 ①決議の内容が法令・定款や株主総会決議の内容に反していた。
 ②招集通知期間が不足していた。
 ③取締役への招集通知に漏れがあった。
 ④監査役への不通知
 ⑤定足数の不足
 ⑥不十分な審議
 ⑦特別利害関係を有する取締役の参加による決議成立

2 取締役会決議の瑕疵
 何らかの瑕疵がある取締役会決議は原則として無効となり、誰でもいつまででもこれを主張することができます。
 この点、株主総会決議の取消しが、主張権者が限定されていたり決議から3か月以内とされていることと異なります。総会決議の場合は、無効(不備があまりにも重大)や決議の不存在(決議の手続が全く存在しない)でない限り、3か月経てば取り消されることはなくなりますが、取締役会決議は、理論上は何年たっても無効を主張できます。
 ただし、軽微な手続上の瑕疵による場合やその他の事情によっては当該決議が有効と認められることもあります。例えば、取締役会の招集にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠いていたケースで、「特段の事情のない限り取締役会決議は無効になると解すべきであるが、当該取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、当該瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である」とした判例があります(最高裁判所昭和44年12月2日判決)。

3 取締役決議が無効になってしまった場合の法的効果
 取締役会の決議が必要な業務執行を、決議に基づかず、又は無効な決議に基づいて行った場合、当該取引行為も無効となってしまうおそれがあります。
 ただし、常に無効になるわけではありません。例えば、取締役会決議を欠いた重要財産の処分行為につき、判例では、原則として有効ですが、相手方が決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときは無効であるとされています(最高裁判所昭和40年9月22日判決)。

4 回答
 貴社においては、取締役会決議に不備が生じないように最善を尽くすとともに、取締役会決議に何らかの不備があることに気付いた場合、再度取締役会を開催して適法に追認の決議をしておくことが望ましいといえます。

取締役会不開催のリスク

(質問)
 当社は、同族経営なので、取締役会はほとんど開催されていない状況でした。
 そうしたところ、会社が資産を第三者に売却したのは不当であると、ある株主が言ってきました。   
 当社は、どのように対応すれば良いでしょうか。    

(回答)

1 取締役会の開催
 同族会社の中小企業であれば、取締役会設置会社といえども、取締役会が実際に開催されていない企業も相当あるのではないかと思われます。
 ところで、取締役会は取締役全員で構成され、①会社の業務執行の決定、②取締役の職務の執行の監督、③代表取締役の選定及び解職を行う機関です。
 代表取締役は3か月に1回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならないとされています。
 つまり、原則として3か月に1回は取締役会を開催しなければならないことになります。

2 取締役会不開催のリスク
 貴社において、取締役会が招集されておらず、代表取締役の職務執行の状況の報告が行われていなかった場合に、代表取締役の法令、定款に反する行為により会社に損害が生じた場合は、次のようなリスクがあります。すなわち、代表取締役のみならず、他の取締役も、適切に取締役会の開催を請求するなどして代表取締役の職務の執行を監督することを怠ったとして、会社に対して損害賠償責任を負うとともに、代表訴訟を提起されるリスクがあります。

3 必ず取締役会で決議しなければならない事項
 会社法は、一定の事項については、必ず取締役会で決議しなければならないと定めており、これらの事項について取締役に決定を委任することはできません。

 ①重要な財産の処分及び譲受け
 ②多額の借財
 ③支配人(営業に関する一切の裁判上・裁判外の行為をする権限を持った従業員のこと)その他の重要な使用人の選任及び解任
 ④支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
 ⑤社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
 ⑥内部統制システムの構築に関する決定
 ⑦定款の定めに基づく取締役会決議による役員及び会計検査人の会社に対する責任の免除
 ⑧その他の重要な業務執行の決定

4 重要な業務執行とは
 何が重要な業務執行に当たるかは、会社毎の具体的な事情により異なってきますが、重要な経営課題についての方針決定、例えば年間事業計画、年間予算、主力製品の決定・変更などは、これに含まれると考えられます。
 一般的に、「重要な財産の処分及び譲受け」のメルクマールとして総資産の1%という目安が示されることがありますが、これはあくまで目安にすぎません。
 重要かどうかこの判断が難しい事項については、念のため取締役会の決議を経ておくのが安全です。
 しかし、あまりにも決議事項の範囲を広げてしまうと、それが会社の慣行となり、今度は、取締役決議の瑕疵の主張を許す範囲を広げることになるので注意を要します。

5 回答
 貴社は、売却した資産が重要な資産である可能性があれば、改めて取締役会を開催し、会社資産の譲渡の承認の議決を採っておくべきです。

株主総会議事録作成義務違反リスク

(質問)
 株主総会議事録作成・備置義務に違反した場合のリスクを教えてください。

(回答)

1 過料の制裁リスク
 株主総会の議事については、議事録の作成義務があり(会社法第318条第1項)、株主総会の日から10年間本店に、その写しを5年間支店に備え置かなければならず(同条第2項、第3項)、株主、全債権者らの閲覧、謄写に供されることになっています。
 株主総会議事録の作成、備置義務に違反すると、100万円以下の過料の制裁リスクがあります。過料は刑罰ではなく、行政上の秩序罰です。
 過料の裁判は、代表取締役が裁判所に呼び出されることもなく、またその言い分や弁解を聴かれることもなく、一方的に裁判所によって出されるのが通常です。
 因みに、登記官は、過料に処せられるべき者があることを職務上知ったときは、遅滞なく管轄地方裁判所に通知しなければならず(商業登記規則第118条)、その通報を受けた裁判所は、相当であると認めるときは、当事者の弁解等陳述を聴かないで直ちに過料の裁判をすることができることになっています(非訟事件手続法第164条)。
 ある日突然、裁判所から、「被審人を過料金○○万円に処する。本件手続費用は被審人の負担とする。」等と書かれた裁判書が送られてくる、という事態もあり得るので、注意が必要です。

2 登記への影響
 株主総会議事録は登記の際の添付書類となることから、実際の総会の内容と異なることが総会議事録に記載されていた場合には、総会の決議内容と異なった登記がなされてしまうリスクがあります。

3 決議の証拠になるものがない。
 株主総会議事録は、総会決議の成立や内容についての重要な証拠の一つとなるので、その不作成や内容の不備等により、決議の成立や内容が争われる裁判等において、挙証上の困難が生じるリスクがあります。

4 架空の議事録等による登記のリスク
 中小企業の中には、実際には適法に行われていない株主総会や取締役会の議事録あるいは就任承諾書などを作成して登記だけ済ませてしまうということもあるやに聞いたことがあります。
 しかし、これは紛れもない虚偽の登記申請行為であり、公正証書原本等不実記載罪に当たります(刑法第157条第1項、法定刑は5年以下の懲役又は50万円以下の罰金)。過料の制裁どころか犯罪になってしまうので、このような安易な手段は絶対に採ってはいけません。

株主の質問に対する議長の対応

(質問)
 取締役会設置会社である当社の株主総会では、剰余金の配当に関する事項だけが議題となっていました。
 代表取締役であり株主総会の議長であるYが、「この議題につき何か質問のある人はいますか」と問うたところ、株主Zが、「最近ある人から、Yの女性問題が乱れているとの話を聞いた。このような人間は代表取締役として適切か。」という質問をしてきました。
 この場合、Yは、どのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 株主総会の運営
 中小企業の株主総会は時に、議長の仕切りが不慣れのため、議場が混乱するリスクがあります。
 株主総会の議長は、株主総会の開会から閉会に至るまでの間、総会における議事の進行、議事の整理、採決、秩序維持等に関する一切の事項に関する権限を有しています(会社法第315条第1項)。
 議長は代表取締役社長がなり、同人に事故があったときは、あらかじめ取締役会で定めた順序により他の取締役がこれに代わる旨の定款を定めている会社が多いと思われます。

2 取締役等の説明義務のリスク
 取締役等は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、その事項につき必要な説明をしなければなりません(同法第314条本文)。
 もっとも、取締役等はこのような説明義務を無限定に負っているわけではありません。株主総会の議題に関しないものや説明をすることにより他の株主の共同の利益を著しく害する場合等は、説明義務を負いません。
 また、説明義務の範囲及びその程度については、株主が合理的に判断するのに客観的に必要な範囲での説明を、平均的な株主であれば合理的に理解し判断しうる程度に説明すれば足りるとされています(東京地方裁判所平成16年5月13日判決)。
 なお、株主からの質問が議題に関する適切なものであったにもかかわらず、取締役等がこの質問に応じなかった場合は、株主総会決議が決議取消の対象となったり、取締役等が100万円以下の過料の対象(同法第976条第9号)になるリスクがあるため、注意が必要です。

3 回答
 貴社の株主総会における議題は、剰余金の配当に関する事項であるため、これに関係する事項についての質問についてのみ、代表取締役Yは説明義務を負うことになります。
 このため、Zによる上記質問は、説明義務の対象にはならないので、Yは上記質問に応じる必要はありません。質問を無視して決議に入って差し支えありません。

取締役の突然解任

(質問)
 当社は、取締役設置会社ですが、事実上、代表取締役Yのワンマン経営の会社で、取締役会は一度も開催されていませんでした。
 Yは、取締役のZを解任しようとして、株主総会を開催して、突然Zを解任する議題を提出して、Zを解任する決議を行いました。
 この決議は有効でしょうか。

(回答)

1 株主総会の権限の範囲
 まず、非公開会社とは、株式を証券取引所に上場していない会社のことではなく、発行するすべての株式にいわゆる譲渡制限が付いている会社のことです。
 招集権者は、原則として、各取締役(代表取締役を定めた場合は、当該代表取締役、3%以上の議決権を有する株主(招集請求を経る必要有り、会社法第297条第1項、第2項、第4項)です。
 招集通知は、株主総会の1週間前までに行うのが原則(同法第299条第1項)で、例外的に、定款で定めた場合は、1週間を下回る期間でも可能(同項かっこ書)です。
 招集通知には、株主総会の日時・場所・議題・提出議案を記載します。議題は、例えば、利益処分率承認の件など株主が招集通知を見て、株主総会で何が決議されるかが分かる程度で足ります。議案の要領は、役員の選任、報酬等重要な事項については、議案の要領を記載する必要があります。

2 招集手続の省略
 株主全員の同意があり、かつ、書面投票等を採用しない場合は、招集通知をせず、株主総会を開催することができます。

3 招集通知送達のリスク
 貴社においては、株主全員の同意があるなどの招集手続を省略することのできる事情がない以上、株主総会を開催するためには招集手続を経る必要があります。
 貴社は取締役会非設置会社であるため、招集通知は書面によっても口頭によっても可能であるところ(同法第299条第2項第2号参照)、貴社では、各株主に対し普通郵便による通知を行うという方法を選択しています。
 普通郵便という方法自体は、もちろん適法ですが、株主総会開催前に 株主全員に送付し、各株主が通知を了知したという証拠が残らないため、株主から招集通知を受け取っていないというクレームを受けるリスクが生じます。
 こういったリスクをヘッジするためには、普通郵便ではなく書留郵便を用いるなどして招集通知の事実を証拠化しておくことが必要です。

4 回答
 貴社は、Yに対して株主総会招集通知が送達されたことを立証しない限り、株主総会決議取消事由があることになるので、株主総会をやり直す方が望ましいといえます。
 経営法務の実践に当たっては、時には、引き返す決断も必要ということになります。   
   

株主総会不開催のリスク

(質問)
 当社は、株主の大部分が代表取締役社長の身内である同族会社であったことから、会社設立時から現在まで株主総会を開催したことがありませんでした。
 かかる状況で、ある少数株主は、なぜ株主総会を開いていないのかと当社に言ってきました。
 当社とすれば、どのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 中小企業の株主総会の開催状況
 中小企業の多くは同族会社です。このような会社は、株主の多く又は全部が身内であるため、株主総会を開催したことがないとか、議事録だけ作成して株主総会を開催したことにするという例も多いのではないかと考えられます。
 しかし、会社法上、株式会社は毎事業年度に1回は定時株主総会を開催しなければなりません(会社法第296条第1項)。

2 株主総会を開催しないことのリスク
 では、貴社のように株主総会を一度も開催したことのない会社は、一体どんなリスクを負うのでしょうか。
 第一は、取締役が会社から報酬を得る場合、報酬額につき定款の定めがないときは株主総会の普通決議によって定めることが必要となるところ(同法第361条第1項、第309条第1項)、株主総会を開催していなければ今まで得た報酬が遡って法律上の原因のないものとされてしまうリスクがあります。その上で、今まで得た報酬の合計額が会社の損害にあたるとして、他の株主から損害賠償責任を追及されたり、取締役の不当利得に当たるとして会社に返還義務が生じたりするリスクがあります。
 第二は、取締役を選任する場合は、株主総会の普通決議が必要となります(同法第329条第1項、第309条第1項)。そのため、株主総会を開催していない場合、適法な選任手続を経ていない取締役による業務執行が行われたとして、今まで取締役が行ってきた行為が覆されてしまうリスクを負うことになります。
 第三は、100万円以下の過料に処されるリスクを負います(同法第976条第18号)。
 これらは、いずれもそういったリスクを負う可能性があるというレベルにとどまります。しかし、同族会社における株主総会の開催コストはそれほど大きくかからないといえますので、余計なリスクを回避しうるメリットと比較衡量すれば、株主総会を開催する方がコストパフォーマンスは高いといえます。

3 回答
 貴社は、株主総会を早急に開催する必要があります。
 なお、過去の株主総会決議事項については、遡って議決しておく必要があります。