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「残業・転勤拒否でマイナス評価は違法?」〜人事評価の落とし穴と法的対処法〜

(質問)
 当社では、若手社員が「私用がある」という理由で残業命令を拒否するケースが増加しています。
 また、業務上必要な地方工場への転勤命令に対し、「家庭の事情」を理由に拒否する社員が複数発生しています。
 これらの命令拒否者に対し、人事評価においてマイナス評価とすることは法的に問題ないのでしょうか。

(回答)
 昨今、働き方改革や従業員の権利意識の高まりを背景に、残業や転勤の命令に対する拒否事例が増加しています。
 テレワークの普及やワークライフバランスの重視、ハラスメント防止の観点も相まって、「指揮命令権とは何か」が改めて問い直される時代となりました。
 この問題は、現代においても相変わらず企業を悩ませる問題であるといえるでしょう。

1 見極めろ!マイナス評価の法的境界線
 労働契約法上、労働者は使用者の指揮命令に従う義務を負いますが、すべての業務命令に従う義務があるわけではありません。
 業務命令の有効性は、①労働契約の範囲内か、②裁量権の濫用に当たらないか、という二つの観点から判断されます。
 業務命令が無効であれば当然、人事評価においてマイナス評価とすることはできません。
 一方、有効な業務命令に従わなかった場合は、「正当な理由のない業務命令拒否」として、マイナス評価の対象となり得ます。
 ただし、デジタル時代の到来により、「その指示は本当に必要か」という観点から命令の合理性が問われる事例が増えていくでしょう。

2 残業拒否は評価ダウン?36協定がカギを握る
 残業命令の有効性については、労働基準法に基づく判断が必要です。
 同法では、原則として時間外労働は禁止されており、例外的に36協定が締結されている場合にのみ、その範囲内で残業を命じることができます。
 36協定未締結の場合や協定の限度時間を超える残業命令は無効です。
 近年はクラウドツールの発達により「オフィスでの残業が本当に必要か」という新たな視点も登場し、「リモートで代替可能な作業の残業命令」の必要性が厳格に審査される傾向が増大するものと考えられます。

3 「転勤イヤです」は通る?通らない?判断の分かれ道
 転勤命令については、使用者の「業務上の必要性」と労働者の「不利益」の比較衡量が重要です。
 雇用契約や就業規則等で勤務地を特定の地域に限定する合意がある場合、その範囲外への転勤命令は原則として無効です。
 子どもの教育問題や配偶者の就業といった一般的な家庭の事情だけでは、通常、転勤命令を拒否する正当理由とはなりませんが、要介護状態の家族の存在など特別な事情がある場合に備えて、「なぜ物理的移動が必要か」という説明ができるようにすると良いでしょう。

4 中小企業の人事担当者必見!トラブル回避の秘訣
 限られた人材で事業を運営する中小企業にとって、円滑な人事異動や時間外労働の指示は事業継続の生命線となることも少なくありません。
 デジタル化が進む今日では、紙の記録だけでなくチャットログやメール履歴などデジタル証拠の保全も重要になっています。
 就業規則等で変更可能性を明記することは基本ですが、さらに一歩進んで「評価基準の透明化」にも取り組むべきです。
 なぜその命令が必要か、拒否がどのように評価されるのかを明確にすることで、紛争リスクを大幅に軽減できます。

5 まとめ
 残業・転勤命令拒否に対する人事評価は、当該業務命令が有効である場合にのみマイナス評価とすることが法的に許容されます。
 しかし現代では「命令の必要性」をデータや客観的事実で裏付けられるかが重要となっています。
 また、最終的には、指揮命令が「強制」ではなく「納得と共感」に基づくものへと変化することが、法的リスク回避と人材定着の両立につながることでしょう。
 従業員の残業・転勤拒否トラブルでお悩みの方は、弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。