月別アーカイブ: 2017年10月

敷金をめぐる法律問題②

(質問)
 私は現在借家住まいですが、転勤で引越しをすることになりました。
 住んでいた期間も短く修繕費もかからないと思うのですが、解約について大家さんに告げたところ、入居の際に差入れた賃料5か月分の敷金のうち、3か月分は敷引きとして差し引くことになると言われました。
 敷金は全額返ってこないのでしょうか。

(回答)

1 敷引特約の問題点
 前回のコラムでは、敷金は未払い賃料や修繕費等を担保するためのものであること、いわゆる通常損耗の修繕費については、特約がない限り貸主負担であることをお話しました。
 もっとも、賃貸借契約においては、無条件に敷金の全部または一部を返還しない「敷引き」があらかじめ定められていることがあります。
 これについては、個人が消費者として賃貸借契約を締結する場合には、消費者契約法との関係で有効性が問題となります。同法10条は、信義則に反し一方的に消費者の利益を害する条項は無効であると定めているためです。

2 敷引特約の有効性
 最高裁は、敷引特約が消費者契約法10条によって無効となるかが問題となった事案で、敷引特約も一般的には有効であると判断しています。
 これは、①敷引金額が契約書に明示されている場合には、賃借人の負担については明確であること、②通常損耗等の補修に充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意をしている場合には、賃料には補修費用は含まないという合意があるといえるので、補修費用を二重負担することにはならないこと、③補修費用に充てるための金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止する観点からあながち不合理とはいえないこと等が理由とされています。

3 敷引きが無効となる場合
 敷引が契約の際に明示されていない場合、当事者間に敷引きの合意があるとはいえませんが、契約書に明示されていたからといって常に有効になるわけではありません。
 上記の最高裁判決では、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の有無及びその額に照らし、敷引金の額が高額過ぎる場合には、特段の事情のない限り、敷引特約は消費者契約法10条により無効となると判断しています。
 このように、消費者契約である賃貸借契約に付された敷引特約も原則は有効ですが、敷引額が高過ぎる場合には無効となり得ます。
 賃料の金額や礼金・更新料との兼ね合いもあり明確な基準があるわけではありませんが、上記の最高裁の事例では、賃料月額9万6000円で、敷引金額が賃料の3.5倍程度の敷引き特約を有効と判断していることが参考になります。
 敷金をめぐる問題は身近な法律問題ではありますが、敷引特約は地域によっても様々な慣習があり、意外と複雑な問題を孕んでいます。賃貸借契約書を作成する際などには、裁判例の傾向にも注意したいですね。

敷金をめぐる法律問題①

(質問)
 私は現在借家住まいですが、仕事の関係で他県に転居することになっています。
 部屋はきれいに使っていますので修繕は特に必要ないと思うのですが、差入れた敷金がきちんと戻ってくるか心配しています。
 また、敷金は家賃の2か月分でしたので、退去までの最後の2か月分の賃料を敷金から差し引いてもらうことはできるのでしょうか。

(回答)

1 敷金とは
 敷金とは、賃借人の賃貸人に対する賃料債務その他一切の賃貸借契約による債務を担保する目的で、賃借人から賃貸人に交付される金銭であって、賃貸借契約の終了する際に、賃貸人から賃借人に返還されるべきものとされています。
 このような性質の金銭であれば、名目が何であっても(保証金など、敷金とは異なる名称であっても)、法的には敷金となります。

2 敷金返還請求権は明渡し時に発生
 敷金は、明渡し時までに生じた賃借人に対する賃貸人の一切の債権を担保するものです。そのため、敷金返還請求権は、明渡し完了後に未払賃料や修繕費等を控除して残額がある場合にはじめて発生します。
 したがって、今回の相談のように、契約期間中(物件の明渡し前)に、賃借人の方から、未払いの賃料や修繕費などについて敷金から充当してもらうよう請求することはできません。
 一方で、敷金は賃貸人の債権を担保するものですから、契約期間中であっても、賃貸人の方から未払賃料や修繕費に敷金を充当することは自由です。
 なお、敷金返還請求権が明渡し時に発生するものである以上、賃借人は、敷金を返還するまでは物件を明け渡さないと主張することはできません。

3 敷金から差し引かれるもの
 賃貸借契約終了に際して、どのようなものが敷金から差し引かれることになるのでしょうか。この点、賃借人は善管注意義務、原状回復義務を負っていますから、賃借人が故意・過失で壊した設備の修繕費が敷金から控除されることは当然です。
 これに対して、通常の使用の範囲で生じる劣化や価値の減少(通常損耗)や経年劣化については、賃借人の原状回復の範囲には含まれないと解されています。
 目的物を使用することによって生じる通常損耗については、使用の対価として賃料を得ている賃貸人が負担すべきものだからです。
 したがって、通常の生活によって生じるような傷み、例えば、家具を置いていたことによるカーペットの凹み等については、その修繕費を敷金から差し引くことはできません。
 もっとも、原則とは異なる特約をすることも可能です。場合によっては、賃貸借契約書で、一定の範囲で通常損耗が賃借人の負担となっている場合がありますので、注意が必要です。