危険な「当たり前」──「みんなやってる」が命取りになる人事評価の罠

(質問)
 当社では、「電話は若手が取る」「新人は早めに出勤する」等の暗黙のルールがあります。
 しかし、最近入社したある社員がこうしたルールに従わず、他の社員から不満が出ています。
 当該社員の仕事上の能力に問題はありませんが、職場の雰囲気が悪くなっていることは見過ごせません。
 このような場合、協調性がないことを理由に人事評価を下げることを検討していますが、問題ないでしょうか。

(回答)
 ご相談のような「暗黙のルール」トラブルは近年急増していますが、安易に協調性不足を理由として人事評価を下げることは、深刻な法的リスクを招く可能性があります。

1 急増する「そんなの聞いてない」トラブル
 「社内イベントの幹事は若手が担当」「先輩社員は後輩の昼食代を出す」など、多くの企業には明文化されていない慣行が存在します。
 特に中途採用者がこうしたルールを知らずに入社した場合、既存社員との価値観の衝突が生じるケースが増えています。
 ただし、暗黙のルールに従わない社員に対し、協調性不足を理由に人事評価を下げる対応は法的に非常に危険です。

2 見落としがちな3つの法的リスク
 労働行政研究所の調査(令和3年)では、協調性評価を昇格に反映する企業は26.7%存在しますが、問題はその基準の曖昧さです。何を改善すべきかが不明確な評価は、合理性を欠く人事権の濫用と判断される可能性があります。
 また、「掃除は女性社員が行う」「会議室の準備は新人が担当」などの慣行は、性別や立場による差別的取扱いとして、ハラスメントに該当する可能性があります。
 さらに、評価基準の不透明性は労働者側に格好の攻撃材料を与え、退職時に「不当な人事評価による精神的苦痛」を理由とした損害賠償請求に発展するケースも生じないとも限りません。

3 実践的な「見えないルール」撲滅法
 対策は3段階で進めます。
 まず、現状の見える化として、社内の暗黙のルールを洗い出し、業務上の合理性と法的問題の有無で分類します。
 継続すべきもの、修正すべきもの、廃止すべきものを明確に区分することが重要です。
 次に、具体的な行動基準への転換です。継続・修正すべきルールは具体的な行動基準として再定義することが必要です。
 例えば「電話は若手が取る」を「積極性の発揮:率先して来客・電話対応を行い、スキル向上に努める」と表現し直します。
 重要なのは「なぜそれが必要なのか」を明確にすることです。
 最後に、プロセス重視の評価体制の構築です。結果だけでなくプロセスを評価する仕組みづくりにより、「暗黙のルール」に馴染めない社員でも別の形で組織貢献できる道筋を用意することが、多様性のある職場環境の実現につながります。

4 中小企業ならではの機動力を活かす
 中小企業には「社長の一声で変わることができる」強みがあります。
 定期的な全社員ミーティングで職場のルールについて議論することで、健全な組織文化を醸成できます。
 また、中途採用者にはオンボーディング期間(新人の職場適応支援期間)を設け、会社独自の価値観や期待される行動を丁寧に説明することで、トラブルを未然に防ぐことも重要です。
 現在の労働市場では、画一的な価値観を押し付ける企業よりも、多様性を受け入れる企業の方が優秀な人材を引きつけます。
 「暗黙のルール」の見直しは、法的リスクの回避だけでなく、採用力強化という戦略的メリットも生み出します。

5 まとめ
 「暗黙のルール」の改革は一朝一夕には進みませんが、明確で合理的な基準に基づく評価制度の構築は、法的リスクを回避し、全社員が能力を発揮できる職場環境の実現につながります。
 変化を恐れず、時代に適応した組織文化を築いていくことが、中小企業の持続的成長の鍵となるでしょう。
 人事評価や労務管理でお悩みの方は、弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。