テクトロン事件に学ぶ経営法務

(相談)
 従業員による経費の不正受給が発覚しました。
 賃金の減額や懲戒解雇をする際に企業が気を付けるべきポイントを教えてください。

(回答)

1 はじめに
 従業員による経費の不正受給が発覚した際、多くの経営者はまず解雇を検討されることと思います。
 実際に令和7年7月18日判決(テクトロン事件)は、このような懲戒解雇を有効と判断しています。
 もっとも、同じ裁判で、会社は従業員に対し一定額を支払うことを命じられています。
 そこで今回は、この判決を題材に、賃金の減額や懲戒解雇をする際に企業が気を付けるべきポイントをお話しします。

2 事案の概要
  被告は、医療関係のソフトウェアやシステムを取り扱う株式会社であり、原告ら2名は被告の正社員で、営業部門の管理職の地位にあった者です。
 本事件では、①原告らが業務命令違反で譴責処分となったこと、②その翌月、配転命令により役職が変更され、役職手当も減額されたこと、③その約3カ月後、接待交際費の不正受給を受けていた事実が発覚し、懲戒解雇されたこと、④被告が③の事実を取引先に伝えたことという4つの点が問題となりました。
 なお、未払割増賃金の有無も争点となりましたが、この点は棄却されています。
 裁判所は、①と③については、会社の処分を有効と判断しました。裁判所は、虚偽の申請により金銭の支払いを受ける行為は詐欺を構成し、企業秩序を著しく害すると指摘しています。また、長期間にわたり反復されていたこと、申請書という文書を作成していたこと、反省が認められないことに加え、会社が客観的な裏付けを得たうえで複数回の弁明機会を与えていた点も、有効性を支える事情として評価されています。
 これに対し、②と④については原告らの主張が一部認められていますので、その理由を検討していきます。

3 内規は労働契約の内容にならない
   まず、裁判所は、配置転換自体は人事権の行使として有効と判断しました。ところが、降格に伴う役職手当の減額は無効とし、原告らの役職手当減額分の差額賃金の支払いを会社に命じました。
 その理由は、同社の賃金規程には手当の支給対象が定められているのみで、役職ごとの金額を定めた規程が置かれていなかったことにあります。原則として、労働契約上の根拠がない限り使用者が一方的に賃金の減額を行うことはできません。そこで、会社は取締役間で共有されていた「職能給テーブル」を根拠として主張しました。
 しかし、裁判所は、就業規則や賃金規程に定められたものではないこと、従業員が利用できるイントラネット等に掲示されておらず、就業規則や賃金規程と一体のものになっていたともいえないことから、役職手当を減額するための根拠にはならないと判断しました。
 内規のみでは役職手当を減額する根拠とならない点に注意が必要です。役職手当の金額が賃金規程に明記されているか今一度ご確認ください。

4 懲戒解雇の事実を口外してよいか?
   本事件では、原告らが懲戒解雇されたことなどを、被告から人材紹介会社であるA社と被告の顧客であるB社に対し情報提供した行為の適法性も問題となりました。そして、裁判所は、A社に対する行為は適法と判断する一方で、B社に対する行為は違法と判断しました。
 A社とB社の決定的な違いは、既に懲戒事由となる事実を把握していたか否かにあります。つまり、A社が既に事実を把握していたと判断されたのに対し、B社については、「原告の接待交際費の不正受給や懲戒解雇の事実まで認識していたと認めるに足りる証拠はない」と判断されました。
 また、情報提供をする業務上の必要性の判断にも違いがあります。A社は、懲戒解雇後に原告を紹介した会社から紹介手数料の支払いを中断されており、退職理由について情報収集の関心がありました。これに対し、B社については、「原告の個人名を挙げて同人が接待交際費の不正受給により懲戒解雇になった事実まで伝える業務上の必要性は見いだし難い。」と判断されています。
 このように、処分理由が事実であっても、伝える相手や伝え方次第で会社が責任を負う点に注意が必要です。

5 さいごに
 本裁判例は、不正の悪質性が明白であっても、社内制度の不備や情報の取扱いによっては会社が責任を問われる可能性を示しています。
 就業規則や賃金規程といった社内規程の確認、有事の際の適切な対処法については弁護士にご相談ください。