社員50人の中小企業です。これまで社員の昇給は、社長と総務部長が相談して個別に決定していました。今後はA~Dの4段階の相対評価を取り入れ、Dは現給据え置き、標準評価のCは従来の平均的な昇給額の8割程度、Bは従来並みの昇給とし、Aは個別に決定――という仕組みにしたいと考えています。従来は明確な昇給制度はなかったのですが、実際には全員が年功的に昇給しており、昇給額の個人差はほとんどありませんでした。こうした変更は不利益変更に当たるのでしょうか。
(回答)
1 就業規則の不利益変更
ご質問のように労働条件を変更するには、個別に労働者の合意を取り付けるほか、就業規則の変更による方法が、実務上、一般的に取られてきました。
この点につき、これまでの判例を踏まえ、労契法は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」(9条本文)と、原則として労働者の合意を取り付けるべきとしつつ、「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」(10条本文)として、合理性を要件として、就業規則による労働条件の不利益変更を認めています。
不利益変更であれば、この労契法10条本文の定める合理性の要件を満たさなければならないことになります。
2 不利益変更に当たるか
ご質問のケースでは、一種の成果主義的な賃金制度が導入されることになっています。従来は、個別決定とはいえ全員について年功的な昇給がなされていたところ、新制度での賃金改定は、A~Dの相対評価により、Aは個別に決定、Bは従来並みの昇給とされていますが、Cについては従来の平均的な昇給額の8割程度、Dは現給据え置きとなるとのことです。当然従来の昇給よりも不利になるわけではなく、Aになれば従来よりも高額になり得るわけでしょうから、不利益変更といえるかが、そもそも問題となります。
この点について判例では、賃金制度の改定により、評価の結果で不利益になる可能性があれば、次のとおり不利益変更に当たるものとされています(ノイズ研究所事件 東京高裁 平18.6.22判決、最高裁三小 平20.3.28判決)。
「(前略)本件給与規程等の変更は、年功序列型の賃金制度を上記(編注:略)のとおり人事考課査定に基づく成果主義型の賃金制度に変更するものであり、新賃金制度の下では、従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や、その後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合には、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より顕著に減少した賃金額が支給されることとなる可能性があること、以上のとおり認めることができる。本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、上記の可能性が存在する点において、就業規則の不利益変更に当たるものというべきである」
3 合理性の要件を満たすか
そこで、ご質問の変更を就業規則の変更という形で行う場合、合理性の要件を満たすかが問題となります。ご質問のケースでは、具体的にどのような必要性があったのかは分かりませんので、成果主義的賃金の導入による不利益変更について、一般的な考え方を見ていくことにしましょう。
前述のノイズ研究所事件で、東京高裁は、「(前略)市場がグローバル化し、日本国内において海外メーカーとの競争が激化して、売上げ、営業利益が減少し、税引き前損益が損失に転じたという経営状況の中で、事業の展望を描き、組織や個人の実績に見合った報奨でインセンティブを与えて積極的に職務に取り組む従業員の活力を引き出すことにより労働生産性を高めて控訴人(編注:企業)の競争力を強化し、もって、控訴人の業績を好転させるなどして早期に技術ノウハウの開発が可能な企業を目指すこととして、賃金制度の変更を検討することとしたというのであり、これによれば、本件賃金制度の変更は、控訴人にとって、高度の経営上の必要性があった」と認定しています。
一般に、賃金・退職金など重要な労働条件に関する不利益変更は、大曲市農業協同組合事件(最高裁三小 昭63.2.16判決)などの判例にみられるように、高度の必要性に基づいた合理性がある場合に限り労働者を拘束するとされ、厳しく判断される傾向があるのですが、成果主義的賃金の導入の際の必要性の判断は比較的緩やかとみることができます。
次に、労働者の受ける不利益についても、前掲ノイズ研究所事件の東京高裁判決では、「(前略)本件賃金制度の変更は、従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく、賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであり、また、個々の従業員の具体的な賃金額を直接的、現実的に減少させるものではなく、賃金額決定の仕組み、基準を変更するものであって、新賃金制度の下における個々の従業員の賃金額は、当該従業員に与えられる職務の内容と当該従業員の業績、能力の評価に基づいて決定される格付けとによって決定されるのであり、どの従業員についても人事評価の結果次第で昇格も降格もあり得るのであって、自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、昇給することができるという平等な機会が与えられている(後略)」という点を重視し、最終的に合理性を認めています。
ご質問のケースでも、このような性質を持つものであれば、合理性が認められる可能性は高いものといえます。
