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明渡断行の仮処分

(相談)
 私(X)は、老朽化した雑居ビルが建っている土地の所有者であり、ビルの跡地に大規模な商業施設を建設する予定です。
 ビル内の全テナントとは合意解約または期間満了による退去手続きを完了していますが、1店舗(飲食業)を営むY氏だけが、解約手続が完了しているにもかかわらず、立ち退きたくないと主張して退去を拒否し、現在も不法に占有を続けています。
 来月からビルの解体工事を開始し、再来月には大手ゼネコンとの間で締結済みの建築工事請負契約に基づき、新築工事に着工する予定です。
 もし着工が遅れれば、ゼネコンへの多額の延滞違約金が発生するだけでなく、既に入居が決まっているテナントへの補償など、損害は1日あたり数百万円に上る見通しです。
 通常の建物明渡請求訴訟を提起していては、判決確定まで1年以上かかると聞き、それでは到底間に合いません。
 何か強制的に、かつ迅速に立ち退きを実現する方法はないでしょうか。

(回答)

1 明渡断行の仮処分の定義と性質
 相談事例の場合、建物明渡しの断行の仮処分を裁判所に申し立てることが考えられます。
 建物明渡しの断行の仮処分とは、民事保全法に定められた仮の地位を定める仮処分であり、本案訴訟の判決を待つことなく、暫定的に明渡しの強制執行をすることができる手続きのことです。
 通常の建物の明渡手続では、まず建物明渡請求訴訟を提起し、勝訴判決を得た後、その判決が確定し、ようやく強制執行の申立てと明渡執行に至るという長いプロセスを経る必要があります。
 これに対し、仮処分は裁判所が最終的な勝訴判決を待たずに、債権者(建物所有者)の権利実現に必要な状態を暫定的に作り出す救済手段です。
 民事保全法第23条第2項に基づき、債権者に重大な損害や急迫の危険が生じると認められる場合にのみ認容されます。
 この制度により、最終的な判決を得る前であっても、裁判所の命令に基づいて執行官による明渡執行を進めることが可能になります。

2 明渡断行の仮処分の要件
 断行の仮処分が認められる要件として、被保全権利と保全の必要性の要件を充足する必要があります。
 まず被保全権利とは、仮処分によって保全されるべき法的権利を指します。
 建物明渡断行の場合、その核心となるのは賃貸借契約の終了に基づく明渡請求権や、所有権に基づく明渡請求権です。
 民事保全法の趣旨に鑑みると、当該権利関係が存在し、かつその内容が争いの対象となっている場合であっても、裁判官が一応確からしいと判断できる程度に疎明されていれば足りるとされています(事案によります)。
 相談事例においては、契約解除の通知や賃料滞納の事実を証明する資料、契約満了に伴う明渡請求権の存在を示す書面、さらにはYによる違法な利用状況を裏付ける調査資料などによって、債権者側の権利内容が一応明確であることを立証する必要があります。
 次に、保全の必要性ですが、民事保全法第23条第2項では、仮処分を認める要件として債権者に著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要であることを求めています。
 このことから建物明渡しの断行における保全の必要性は、訴訟における証明とほとんど差のない程度の相当高度の疎明が要求され、その判断は、個別事情を基礎として総合的に判断されることになります。
 具体的には、明渡しが遅延することによって債権者が受ける損害の内容・程度と、仮の明渡しを求める緊急の程度等を総合考慮して決定されます。
 相談事例では、まず、明渡しが遅延した場合、Xは再開発事業の実施が不可能となり、解体工事および新築工事の開始が妨げられます。
 その結果、ゼネコンへの延滞違約金の発生や、入居予定テナントへの補償など、1日あたり数百万円規模の損害が生じる見込みであり、これらは事後的な金銭賠償によって十分に回復することが困難です。
 したがって、Xが被る損害は著しいと評価できます。
 また、工事開始時期がすでに具体的に定められており、損害の発生が差し迫っています。
 他方、通常訴訟によれば、判決確定までに相当期間を要し、その間に損害が拡大し続けるおそれがあります。
 さらに、Yの占有は解約手続の完了後も正当な権原なく継続されており、その違法性も高いといえます。
 もっとも、断行の仮処分は、事実上、最終的な権利実現と同視し得る強力な効果を有するものであるため、最終的には裁判所の判断に委ねられることとなり、保全の必要性が認められるためのハードルは極めて高いといえます。
 したがって、相談事例においても、直ちに認容されることが当然に期待できるわけではなく、個別具体的事情に即した慎重な判断がなされることになります。

3 さいごに
 建物明渡しの断行の仮処分は、通常の訴訟とは異なり、迅速に実力的な解決を図ることができる非常に強力な法的装置です。
 一方で、その強力さゆえに認容されるためのハードルは極めて高く、申立てにあたっては慎重な準備が不可欠となります。
 不動産の明渡し等でお困りの際には、専門家である弁護士にご相談ください。