敷金をめぐる法律問題②

(質問)
 私は現在借家住まいですが、転勤で引越しをすることになりました。
 住んでいた期間も短く修繕費もかからないと思うのですが、解約について大家さんに告げたところ、入居の際に差入れた賃料5か月分の敷金のうち、3か月分は敷引きとして差し引くことになると言われました。
 敷金は全額返ってこないのでしょうか。

(回答)

1 敷引特約の問題点
 前回のコラムでは、敷金は未払い賃料や修繕費等を担保するためのものであること、いわゆる通常損耗の修繕費については、特約がない限り貸主負担であることをお話しました。
 もっとも、賃貸借契約においては、無条件に敷金の全部または一部を返還しない「敷引き」があらかじめ定められていることがあります。
 これについては、個人が消費者として賃貸借契約を締結する場合には、消費者契約法との関係で有効性が問題となります。同法10条は、信義則に反し一方的に消費者の利益を害する条項は無効であると定めているためです。

2 敷引特約の有効性
 最高裁は、敷引特約が消費者契約法10条によって無効となるかが問題となった事案で、敷引特約も一般的には有効であると判断しています。
 これは、①敷引金額が契約書に明示されている場合には、賃借人の負担については明確であること、②通常損耗等の補修に充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意をしている場合には、賃料には補修費用は含まないという合意があるといえるので、補修費用を二重負担することにはならないこと、③補修費用に充てるための金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止する観点からあながち不合理とはいえないこと等が理由とされています。

3 敷引きが無効となる場合
 敷引が契約の際に明示されていない場合、当事者間に敷引きの合意があるとはいえませんが、契約書に明示されていたからといって常に有効になるわけではありません。
 上記の最高裁判決では、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の有無及びその額に照らし、敷引金の額が高額過ぎる場合には、特段の事情のない限り、敷引特約は消費者契約法10条により無効となると判断しています。
 このように、消費者契約である賃貸借契約に付された敷引特約も原則は有効ですが、敷引額が高過ぎる場合には無効となり得ます。
 賃料の金額や礼金・更新料との兼ね合いもあり明確な基準があるわけではありませんが、上記の最高裁の事例では、賃料月額9万6000円で、敷引金額が賃料の3.5倍程度の敷引き特約を有効と判断していることが参考になります。
 敷金をめぐる問題は身近な法律問題ではありますが、敷引特約は地域によっても様々な慣習があり、意外と複雑な問題を孕んでいます。賃貸借契約書を作成する際などには、裁判例の傾向にも注意したいですね。