認知症高齢者が起こした鉄道事故裁判の意義について

(質問)
 認知症高齢者が起こした鉄道事故裁判について,認知症の高齢者が起こした事故の賠償責任を,介護してきた家族が負うべきかについて,最高裁が否定するという判断を示したと聞きましたが,この裁判の意義を教えてください。

(回答)

1 事案の内容 
 2007年、認知症の91歳男性が徘徊中に列車にはねられて死亡しました。JR東海は列車の遅延などを理由に、男性の妻と長男に対して、約720万円の損害賠償を求めた裁判。
 一方、妻らは、駅係員の監視が不十分であったとし、JR東海に安全確保義務違反があったと主張しました。
 妻自身も93歳とご高齢で要介護1の認定を受けており、長男やその妻、妹など親族総出で男性の介護を行っていたとのことです。
 しかも死亡した男性が外出したのは、家族が目を離したほんの数分でした。

2 一審,二審,最高裁で判決がバラバラだった 
 一審…男性の妻と長男に対して全額の支払いを命じました。
 二審…妻にのみ半額(約360万円)の賠償責任を認めました。
 最高裁…一審、二審の判決が覆り、家族側が逆転勝訴しました。

3 判決が変わった理由 
 一審は「妻には709条,長男には714条の類推の責任がある」というものでした。つまり,妻は夫が線路内に迷い込むことを予想することが可能であったし,長男は事実上の監督義務者であったため,両名に責任があるとしました。
 次に,二審は「妻は監督義務者にあたるから714条の責任があるが,長男には責任はない」としました。
 そして最高裁では「妻も長男も714条の監督義務者にはあたらない。あたらなくても事実上,責任無能力者の監督を行っており,監督義務を引き受けたと考えられる事情があるなら714条が類推適用されるが,今回の場合,妻や長男には類推適用はされない」と判断しました。

4 責任能力 
 714条の1の前二条とは,民法第712条,第713条の責任能力のことを指します。
 そもそも712条,713条では,「未成年者で自分の行動の善悪の判断がつかない者」や,「認知症など,病気により自分の行動の善悪の判断がつかない者」による違法行為は,責任を問わないとしています。
 つまり,民法の扶助義務は家族相互に適用されるものであり,第三者に対する賠償責任を意味したものではないとし,家族に監督義務は生じないとの判断を最終的に下したわけです。

5 JR東海の安全確保義務違反 
 駅係員の監視の不十分さや男性が線路に下りたとされるホームのフェンス扉が施錠されていなかったことを主張していたのですが,二審で男性の行動が証拠上明らかではなかったこと,フェンス扉は施錠されていなかったとはいえ閉じられていたことから,JRに安全確保義務違反があったまでは認められないとしました。
 しかし,二審で妻への請求が半額になっていることから,事実上の過失相殺のような扱いをされていますね。

6 今後身近に起こりうる介護に関する問題 
 認知症の方は2012年に高齢者の7人に1人の割合だったのが,2025年には5人に1人になると言われています。
 本人の希望や金銭問題で簡単に施設に入ることも難しいかもしれません。
 そうなるとご家族が介護をせざるを得ないですが,今回の事件でも言われていたように一瞬のすきなく監視することは難しいですね。
 現在は個人ができる対策として民間の「個人賠償責任保険」がありますが,一定の条件でしかカバーできないので,今後は国が関わる公的な救済制度を考えるべきだと思います。