月別アーカイブ: 2018年6月

メンタルヘルス不調の休職者の復職に対する対応

(質問)
 当社ではメンタルヘルス不調により休職中の従業員Yから、休職期間満了間近に、復職可とする主治医の診断書が提出されました。
 しかし、Yと面接した限りでは、到底仕事に復職できる状況ではなさそうに見えます。
 当社としてはどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 主治医の診断の重要性
 復職の要件である「治癒」とは、「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したときをいう」と考えられています。Yの主治医の「復職可」という診断は、Yの意向を色濃く反映したものになりがちで、中小企業の経営者は不満を感じることもしばしばあるようです。
 これは、主治医は、診療を踏まえた従業員の現況は把握しているものの、職場における従業員の担当業務の内容、必要とされる業務遂行能力、配置可能な他の業務等については、直接知り得る立場にないためです。
 もっとも、休職期間満了時に休職者が本来業務に就く程度には回復していなくても、ほどなくそのように回復することが見込まれる場合には「治癒」していないとして休職期間満了により労働契約を終了させるのではなく、可能な限り軽減された業務に就かせるべきであると考えられています。

2 産業医の受診を命じることができるか。
 中小企業の主治医の診断に納得できない場合は、産業医への受診を勧 めることになります。
 産業医は、健康診断等の実施、作業環境の維持管理、作業の管理、労働者の健康管理等の職務を行うこととされており(労働安全衛生法第13条、労働安全規則第14条)、休職者の職場の状況を把握しています。 
 会社として復職の判断をする際には産業医の診断も重要になるので、Yに働きかけて、産業医に受診してもらうことになりますが、Yが産業医への受診を拒む場合には、業務命令として産業医への受診を命令することが考えられます。
 なお、就業規則に定めの有無にかかわらず、Yが産業医への受診命令に従わない場合には、休職者を無理やり産業医のもとに連れて行くわけにはいきませんので、復職の判断の際にその事実を考慮するしかないと思われます。
 仮に、産業医の診断書が提出されて、中小企業とすれば、主治医の診断と異なった場合は、中小企業が産業医の診断に従って復職の判断をすることも合理的理由があります。

3 回答
 貴社は、Yの主治医の診断書に違和感を感じている以上は、Yに対して産業医への受診を命じることになります。

解雇無効確認訴訟のリスク

(質問)
 当社は、他の従業員と全く協調性がなく、取引先としばしばトラブルを起こし、何度注意しても改まらない従業員を懲戒解雇しようと考えていますが、その従業員は反省するどころか、解雇は不当だから争うとか、解雇無効確認訴訟を提起すると言っています。
 当社はどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 懲戒解雇を巡る状況
 中小企業の従業員の中には、非違行為について何度注意しても改めようとしないタイプとか、自らの非を決して認めようとせず、自己の権利主張ばかりを繰り返すタイプの人が見られます。
 中小企業にとっては、そのような役に立たない従業員を養う経済的余裕はないどころか、このような従業員の存在は、社内の士気低下といったより深刻なリスクも招きかねません。

2 解雇無効確認訴訟のリスク
 解雇無効確認訴訟においては、従業員は、会社側に有利な客観的証拠がなければ、自己の勤務懈怠や会社の改善のための指導の事実を全面的に否定するリスクがあります。
 また、会社側の解雇理由が不明確であったり、解雇に至る手続が曖昧であったりすると、訴訟等において解雇無効の判断が下されるリスクがあります。
 そして、訴訟等において、当該解雇が無効であると判断されてしまうと、判決確定までの給料の支払等の財産的損害のみならず、当該従業員の職場復帰といった最悪のリスクも生じかねません。
 このため、従業員の業務命令違反等の非違行為、それに対する改善のための指導の状況等は書面に残し、後日の紛争に備えた証拠化を是非行っていただきたいと考えます。

3 解雇に対する中小企業経営者のスタンス
 中小企業の経営者の中には、「社長の言うことを聞けないのならクビだ」といった強硬派から、解雇をしてもどうせ訴訟では敗訴し、働いてもいない従業員に多額の給料相当額を取られてしまうから解雇はしたくないという超消極派までいますが、どちらも駄目です。
 中小企業経営者とすれば、従業員の非違行為に対して、感情的にならずに、冷静に客観的な証拠に基づき、判例の分析を踏まえながら、解雇の合理性と相当性とを検討することを心がけるべきです。

4 回答
 貴社にとっては、解雇をめぐる訴訟の結果は、予想がつきにくく、敗訴すればその後の不利益も大きいと考えざるを得ません。
 しかし、弁護士の意見も踏まえて、解雇の方針を決定した以上は、仮に、訴訟等になった場合も、当該従業員の非違行為を証拠に基づき、主張、立証していくことになると考えられます。

業務命令違反の場合の懲戒処分における注意事項

(質問)
 当社の従業員は、社長や部長の業務命令に従わないどころか、何故そんなことをしないといけないのかなどと喰ってかかることが度々あったため、懲戒解雇か退職勧奨を検討しています。   
 どのようなことに注意すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 問題従業員の存在
 中小企業においては、このような権利意識が強く、業務命令に対してパワハラなどと主張して従わない問題従業員のケースはしばしば見られます。このような従業員を放置しておくと、社内の規律が緩くなったり、他の真面目な従業員の士気の低下にもつながりかねません。
 そこで、中小企業とすれば、注意、指導を指導書、警告書などといった書面を用いて行うとともに、従業員が注意、指導を録音しているリスクも踏まえて対応するとともに、懲戒解雇も視野に入れた懲戒処分を検討することになります。

2 解雇権行使の要件
 解雇権の行使には、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が必要です(労働契約法第16条)。
 「客観的に合理的な理由」とは、解雇基準が合理的か、非違行為がその解雇基準に合致するか、非違行為による業務上の支障はどの程度であるのかなどを総合的に考慮して判断されますが、裁判例をみると、「著しい成績不良」とか、「著しい就労能力の欠如」を要求する傾向があるように思われます。
 また、「社会通念上の相当性」とは、解雇事由を改善すべく、企業側が合理的な対応をしたかどうかが重視されます。

3 解雇権行使のリスク
 客観的に合理的な理由も社会通念上の相当性の要件も、使用者側がここまでやったら大丈夫という明確な線引きができるものではなく、後で労働者側の言い分が認められて、ひっくり返されるリスクがあります。
 このため、使用者としては、労働能力や労働意欲を欠いた従業員やご質問のような業務命令に従わない問題従業員に対して強く出られないというジレンマがあります。

4 退職勧奨のリスク
 中小企業とすれば、解雇については、その有効性が不明確なため、問題のある従業員に対して、退職を勧奨することになります。
 しかし、退職勧奨が不法行為とされるリスクがあります。
 例えば、傷病休職者の復職の際に、上司5名が約4か月間に約8時間にわたったものを含め30数回の面談を行い、「能力がない」、「別の道があるだろう」、「寄生虫」などと発言したほか、大声を出し、机を叩くなどし、労働者の同意なく寮に赴いたなどの場合に、慰謝料として、80万円の支払いを命じたケースがあります(大阪高判平成13年3月14日判決)。
 この裁判例の事案はいささか極端な感じがしますが、中小企業としては、行き過ぎた退職勧奨にはリスクがあることを十分に理解する必要があります。

5 回答
  貴社は、業務命令違反の事実確認とその証拠化、当該従業員への注意とその改善への指導等を踏まえ、戒告、減給等の懲戒処分を段階的に行った上で、懲戒解雇を検討すべきです。
  また、懲戒解雇は後で無効と判断されるなどのリスクがあるので、懲戒解雇をちらつかせながら、退職勧奨も検討すべきです。  

所持品検査と監視カメラの設置要件

(質問)
当社では、従業員が倉庫内の商品を領得するという業務上横領事件を起こしたため、警察沙汰になってしまいました。今後、同様の犯罪を防ぐため、従業員の所持品を検査したり、職場に監視カメラを設置したりすることは可能でしょうか。 

(回答)

1 所持品検査
 所持品検査は、金品の不正隠匿を摘発・防止や、現金などの貴重品を扱う従業員が現金などの紛失等が発生した場合に、身の潔白を証明するための機会を保障するために行う必要が生じます。
 この所持品検査は、①これを必要とする合理的な理由に基づき、②一般的に妥当な方法と程度で、③制度として従業員に対して画一的に実施される場合に、④明示の根拠に基づくのであれば認められるとされています(最高裁判所昭和43年8月2日判決)。
 所持品検査が適法であれば、貴社はそれを拒絶した従業員に対し、懲戒処分を行うことが可能になります。

2 監視カメラの設置
 ビデオカメラやコンピューターによって職場内の従業員について、モニタリングすることについては、原則として、①その実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に従業員に通知すること、②個人情報の保護に関する権利を侵害しないように配慮すること、③常時のモニタリングは労働者の健康および安全の確保又は業務上の財産の保全に必要な場合に限定して実施すること、④モニタリングの導入に際しては原則として労働組合等に対し事前に通知し、必要に応じ協議を行うことなどが要求されます。
 ただし、犯罪その他の重要な不正行為があるとするに足りる相当の理由があると認められる場合には、従業員への事前の通知等を行わず、監視カメラを設置できると考えられます。
 なお、以上の点については、個人情報保護法施行前の指針ですが、労働省(現厚生労働省)の「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12年2月)を参考にしています。

3 監視カメラと個人情報保護法
 監視カメラの映像により、特定の個人が識別できるのであれば、利用目的の通知、公表等(個人情報保護法第18条第1項)が必要となります。
 しかし、一般的に、防犯目的のために監視カメラを設置する場合は、個人情報の利用目的は、取得の状況からみて明らかであるので、利用目的の公表は必要ではないと考えられます(同法第18条第4項第4号)。

4 回答
 貴社が今後の防止策として、所持品検査を行う場合は、所持品検査を行う旨が規定されている社内規程に基づき、目的の合理性、方法の妥当性、画一的な実施に基づき、行うことができます。
 また、監視カメラの設置については、同じく、社内規程に基づき、事前に労働者や労働組合に通知した上で行うことができます。

未払残業代請求の労働審判のリスク

(質問)
 当社は、ある元従業員から未払残業代について労働審判が申し立てられました。どのように対応すべきでしょうか。

(回答)

1 労働審判とは
 中小企業も当然のことながら労働審判を申し立てられるリスクはあります。
 労働審判では、裁判所に設置された労働審判委員会が、期日における非公開の審理を経て(労働審判法第16条)、心証を形成します。
 委員会を構成する労働審判官(裁判官)1名と、労働関係に関する専門的な知識経験を有する市民から選ばれた労働審判員2名は、平等の議決権を有し、決議は過半数でなされます(同法第12条)。
 労働審判は、申立てから原則として40日以内に第1回期日が指定されます(同法規則第13条)。労働審判委員会が心証を形成するのは、大体この第1回期日です。そして、原則として3回以内の期日で審理は終了し、長引く例外はほとんどありません。
 大体のイメージですが、第1回目で事実審理、第2回目で調停の協議、第3回目で調停成立か審判というのが一般的です。

2 労働審判への対応
 中小企業とすれば、もしも十分が準備ができないまま第1回期日を迎えてしまうと、労働審判委員会の心証は事実上第1回で決まってしまうことが多いため、いわば後はないのです。ここが、労働審判を申し立てられた場合の、中小企業にとって一番のリスクなのです。
というのは、中小企業においては、上場企業のように必ずしも顧問弁護士がいない、知り合いの弁護士がいてもその弁護士が労働審判の経験があるとは限らないし、迅速に対応してくれるかわからないからです。
 このように労働審判は、中小企業にとっては早期決着という点ではメリットが大きいものの、複雑な案件では、短い期間に準備に追われ、場合によっては十分な防衛活動ができないといったリスクがあることに注意する必要があります。
 労働審判期日には、申立書、答弁書、証拠書類等を踏まえ、労働審判委員会から会社側関係者に質問がなされ、さらには申立人やその代理人から直接質問がなされることもあります。この質問は、会社側にとって不利な点を突くようなものも多くあります。このため、どのような質問が来るか想定し、リハーサルをしておく必要があります。
 なお、本ケースのような未払残業代が問題となっているケースにおいては、いわゆる生の証拠をそのまま提出するだけではなく、一覧表を作成するなど労働審判員にも分かりやすい説明を行うなどのテクニックも必要となります。

3 和解の可能性
 労働審判では、第1回期日から調停が行われ、労働審判委員会から金銭解決の和解の可能性について意見を求められることもよくあります。
 和解をする心づもりがあるかについては、事前に十分に検討の上、その場で答えられた方が良いですし、弁護士とよく相談の上、解決金の上限額の心づもりもある程度はつけておく必要があります。

4 異議申立
 なお、労働審判告知から2週間以内に異議が申し立てられれば、労働審判はその効力を失い、自動的に訴訟手続に移行します(同法第21条第1項・第3項、第22条第1項)。

5 回答
 貴社は、労働審判が申し立てられた以上、早急に顧問弁護士と打合せを行って、認否反論の準備を行うとともに、第1回期日に誰を同行して何を供述するかを、綿密かつ戦略的に決定する必要があります。
また、それと同時に、全く労働者の言い分に理由がない場合を除いて、いわゆる「落としどころ」も併せて検討するのが望ましいと考えます。

年俸制導入による残業代の支払義務

(質問)
 当社では、人材確保と割増賃金の抑制、労働時間管理の事務軽減のため、年俸制の導入を検討しています。
 どのような点に注意して、年俸制を導入すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 年俸制の誤解
 中小企業の経営者から年俸制の導入について相談を受けることがあります。ベンチャー企業などで、従業員に労働時間をあまり気にしないで頑張ってもらいたいといったことで導入を検討されるようです。
 ところで、中小企業の経営者の中には年俸制だから残業代等の割増賃金の支払は不要と考えている方がいらっしゃいますが、それは全くの誤解です。
 また、中小企業経営者の中には、1年に1回年俸を支払えば良いと考えている方がいらっしゃいますが、これも誤解で、1か月に1回は年俸を12で割った賃金を支払う義務があります。
 年俸制を導入したからといって、人件費を抑制できるのではなく、むしろ、人件費が硬直化したり、運用によっては、割増賃金が上昇するリスクがあるので、個人的には、中小企業に対しては、年俸制はあまりお勧めしていません。

2 年俸制の導入
 どうしても年俸制を導入したいという場合は、年俸制といえども労働時間をきちんと管理しなければならず、法定労働時間を超えた時間については、残業手当の支払義務があります。
 そこで、企業とすれば、面倒な労働時間の管理を省くため、固定残業代制度を採り入れた年俸制を導入することが考えられます。

3 固定残業代制度
 これは1か月に想定される残業代を基本給にプラスして支払う制度で、例えば、1か月当たり30時間分の残業をしたものとして定額残業代7万円を支払うというものです。
 会社は、従業員の労働時間が月30時間未満の場合は固定残業代7万円を支払わなければならず、また、月30時間を超えると固定残業代以外に別途割増賃金を支払わなければなりません。
 しかし、この固定残業代制度は基本給と残業代の部分が明確に区分されていること、その固定残業代部分には何時間の残業代が含まれているかが明確にされていること、実際の残業時間がその時間を超えている場合は、別途割増賃金を支払うことが就業規則で明確に規定されて実行されることが必要です。

4 回答
 貴社は、固定残業代制度を導入して、基本給と固定残業代を合わせた月額を12倍して年俸制とすれば良いと考えますが、固定残業を超えた残業が発生していれば別途残業代の支払義務があることに注意すべきです。

営業職に一定額の営業手当を支払っている場合のリスク

(質問)
 当社では、取引先回りを行う営業職に、毎月7万円の営業手当を時間外手当として支払っています。
 しかし、ある営業職のYから、会社の業務命令で遠くまで営業に行き、移動時間中も会社からいろいろ携帯電話やメールで指示を受けたり、取引先に電話をすることがある上、会社に帰ってからも日報を作成して、毎日帰宅が午後10時になるので、実際の時間外労働時間に基づく時間外手当を支払ってほしいと言われました。
 当社とすれば、Yはあまり営業の実績を出していないし、会社の外で何をしているのかわからないので、毎月7万円以上の営業手当は支払いたくないのですが、どうすれば良いのでしょうか。

(回答)

1 営業職の移動時間は労働時間か。
 一般的には、出張の移動時間は、通勤時間と同じで、労働時間にならないと考えられています。
 しかし、貴社のように、従業員の移動中も会社がいろいろ業務の指示を出していたり、従業員が取引先に電話をするという状態であれば、移動時間といえども貴社の指揮命令下にあることになるので、労働時間になるものと考えられます。

2 営業手当と時間外手当の関係
 貴社では、営業手当を時間外手当として取り扱っているようですが、Yの基本給をベースにして、7万円の営業手当が何時間分の時間外手当に相当するのかをきちんと計算する必要があります。
 その上で、Yの実際の時間外労働時間が7万円に相当する時間外労働  時間を超える場合は、残業代を追加して支払う義務があります。

3 事業場外のみなし労働時間制
 外勤の営業職など事業場外で業務に従事した場合で、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間、労働したものとみなされます。ただし、その業務を遂行するためには所定労働時間を超えて労働することが通常必要な場合には、その業務の遂行に通常必要とされる時間、労働したものとみなされるという制度です(労働基準法第38条の2第1項)。
 そして、業務の遂行に通常必要とされる時間は、事業場の過半数労働組合、労働組合がない場合は労働者の過半数代表者との労使協定により定めることとされています(同条第2項)。例えば、事業場外での業務を遂行するために通常は10時間かかるとすれば、事業場外の労働時間は10時間とみなされるという制度なので、実際に10時間を超えると貴社は残業代の支払義務を負うことになります。
 ただし、この制度が適用になるのは、会社の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難なときとされているので、携帯電話やメールなどによって会社の指示を受けながら事業場外で勤務している場合や、事業場で訪問先、帰社時刻等の業務の具体的指示を受けた後、指示どおりに業務に従事して、その後、事業場に戻る場合には適用されないことに注意する必要があります。

4 回答
 貴社とすれば、一定額の営業手当を時間外手当として支払うことは、追加の残業代を請求されるリスクがあります。
 また、事業場外のみなし労働時間制度を適用するためには、Yに対し、貴社の具体的な指揮監督が及ばないように注意する必要があります。
 会社は、携帯電話やメールなどで、事業場外にいる従業員に対して、容易に業務命令を出せることになったので、出張のための移動時間など事業場外の業務が労働時間とされるリスクに注意する必要があります。

横領に対する会社の対応

(質問)
 当社の従業員Yが数年間にわたり合計約3,000万円の横領を行ったことが判明しました。Yは領収書の金額を改ざんするなどして横領を繰り返していたようです。
 当社としてはどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 社内犯罪の会社に与えるリスク
 中小企業から経営法務の相談を受けていると、横領等の社内犯罪の対応にはよく出くわします。新聞等にはいちいち出ませんが、数的にはそこそこ多い中小企業の経営法務リスクといえます。
 従業員の横領等により、会社資産と収益の減少、通常業務への支障、社会的信用の低下等のさまざまなリスクが考えられますが、やはり最も大きなリスクは、会社内で犯罪者を出してしまったことによる従業員の動揺、士気の低下、上司等の監督責任が問題になることであると考えられます。

2 社内犯罪の調査方法等
 貴社は、Yが横領行為をしたという相応の情報を得た場合は、Yによる証拠隠滅行為を阻止する必要があるので、社内における設備、備品等(書類、パソコン、携帯電話等)をYが使用することをいったん禁止し、その上で、Yの業務に関連する書類やパソコン等を収集し、Yやその上司、部下その他の関係する社員に対して事情聴取を行います。
 また、初期の段階で、Yが横領を自認するのであれば、後日供述を覆さないよう、始末書といった形でY自ら不正行為の内容を記述させ、署名をさせておくことが有効です。

3 告訴の要否
 横領等は犯罪行為であることから、発覚後のYの対応(事実を否認している、確認作業に協力しない、被害弁償を行わない等の場合)や被害の実態、規模によっては、刑事告訴を検討する必要があります。
 この場合、業務上横領罪を裏付ける証拠の入手と分析が必要となります。その上で、関係者やYから事情を聴くことになります。
 Yが被害弁償をしてきた場合に、告訴するかどうかは難しい問題があります。告訴しないことを条件に、Yの親族が被害弁償の提案を行ってくることもあるので、ケースバイケースですが、会社とすれば、他の従業員に対して示しをつける意味でも、できるだけ告訴に踏み切った方が良いかもしれません。
 最後に、貴社は、Yの横領の原因を分析して、今後、かかる横領等の犯罪が起こらないように犯罪の「機会」を断ち切るための体制を整えていく必要があります。

4 回答 
 貴社は、Yの業務上横領罪を裏付ける証拠の収集等を行うことになります。 
 そして、Yの横領が証拠上明らかになれば、Yとの被害弁償の交渉、場合によっては、Yの刑事告訴を検討することになります。

従業員が実際に業務に従事していなかった時間の残業代

(質問)
当社の従業員Yは、始業時間よりも早く出勤して、終業時間を超えて残 業をしています。早朝は特に仕事をするわけでなく、知り合いの女性と携帯電話で話しているようで、終業時間後の残業も業務に従事することなく、漫画を読んでいるようです。
このような場合も当社は残業代を支払わないといけないのでしょうか。

(回答)

1 時間外労働とは 
 時間外労働とは、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働をいいます。
 所定労働時間とは、労働契約又は就業規則において定められる始業時から終業時までの時間から休憩時間を差し引いたものをいいます。所定労働時間が法定労働時間を超えることは許されませんが、所定労働時間を超えて法定労働時間以内の場合に時間外労働手当を会社が支払わなければならないかどうかは労働契約又は就業規則の規定によります。
 労働基準法上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」とされています(最高裁判所平成12年3月9日判決)。労働時間かどうかのポイントは、「指揮命令下にあるかどうか」ということになります。
 したがって、始業前の準備や手待時間や休憩時間であっても、指揮命令下と評価されれば労働時間になります。
 したがって、いわゆるダラダラ残業は、企業にとっては、作業の実績に見合わない賃金を支払わされるリスクがあることになります。

2 残業代のリスク 
 残業時間の計算については、企業の指揮命令にあったかどうかが訴訟で争点になることがありますが、この点については、従業員の日記やパソコンのログ履歴等により、容易に認められるリスクがあります。
 特に、タイムカードにより労働時間管理がなされている場合は、特段の事情がない限り、タイムカードの非刻時間を基準に労働時間を推定するという裁判所の傾向があることに注意する必要があります。
 未払残業代の消滅時効は2年間ですが、ケースによっては付加金も加えた金額が1,000万円近くになることもあります。仮に、数人が残業代を請求してきたら、キャッシュに余裕のない中小企業にとっては大打撃になってしまいます。
 以上の次第で、未払残業代のリスクは中小企業にとっては、比較的よくあり得るリスクであり、かつ、ダメージも大きいといわざるを得ません。

3 ダラダラ残業への対策 
 かかるリスクを回避して、未払残業代を請求されないためには、①労働者の労働時間を正確に管理すること、②悪質なダラダラ残業に対抗して、不要な残業をさせないことが必要です。

4 回答 
 貴社は、Yが女性と携帯電話で話しをしていたり、漫画を読んでいた時間については、残業代の支払義務はありません。しかし、Yがそれに不服で訴訟を提起してくるリスクがあります。その場合、Yが会社内にいる以上は、貴社が、指揮命令下にないことを反証しないと、実質的に貴社の指揮命令下にあったとか、貴社がYの業務を黙認していたと認定されるリスクがあります。
 以上を踏まえると、貴社は、従業員を業務時間外にむやみに会社に居残りをさせないこと、そして従業員が会社にいる時間は会社が指示した業務に完全に服するよう、確実な労務管理を行う必要があります。

形態模倣リスクについて

(質問)
 ライバル社であるY社から、商品の形態を当社が模倣したという内容の警告書が届きました。
 当社はどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 形態模倣の有無の調査
 貴社は、まず、不正競争防止法違反(形態模倣)の有無を判断するため、両商品の現物を確認することが必要となります。
 その上で、同法第2条第1項第3号において、保護の対象外となる「当該商品の機能を確保するために不可欠な形態」にY社の商品が該当しないかどうかを検討することになります。
 次に、商品の形態の模倣については、ありふれた商品の形態は該当しないので(同法第2条第4項)、Y社の商品がありふれた形態でないかどうかについて、検討することになります。
 その際には、Y社の商品が「機能を確保するために不可欠な形態」やありふれた形態であることを示す証拠資料(他社商品に先行して販売開始されていた同種の商品に関するパンフレットや同種商品の現物等)を収集しておく必要があります。

2 販売開始時期の確認
 Y社の商品の販売開始(又はサンプル出荷等の広告・営業活動開始)から3年以上経過していた場合には、Y社の商品は保護期間(同法第19条第1項第5号イ)を満了しているため、同法違反の問題は生じません。
 Y社の商品の販売開始から3年以内の場合であっても、貴社の商品の方が先に販売等を開始している場合には、違法な模倣行為(同法第2条第1項第3号、同条第5項)に当たらないと判断される可能性があります。

3 自社商品の企画・開発
 不正競争防止法上違法とされる「模倣」は、他人の商品の形態に依拠して、実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいいます(同法第2条第5項)。
 したがって、貴社の商品開発の過程において、他社商品を参考にすることなく、独自の視点・観点から研究・開発等を行ったと言うことができれば、同法上違法とならない可能性があります。

4 形態模倣リスク
 形態模倣による不競法違反が争われている事案においては、相手方から差止請求(同法第3条)や損害賠償請求(同法第4条)がなされるリスクがあります。
 そして、損害賠償請求においては、侵害している会社が当該商品の販売により得た利益をもとに賠償すべき損害額が推定されます(同法第5条)。
 貴社は、商品の製造過程において実際にY社の商品の模倣を行ったかどうか、相手方商品が当該商品の機能を確保するために不可欠な形態かどうか等の検討を行うべきです。
 その上で、形態模倣と判断されるリスクが高い場合には、差止め、損害賠償等のリスクを考えて、和解を視野に入れた交渉を行うべきであり、逆にそうでなければ根拠を示しつつ形態模倣でない旨の反論を行うべきです。