投稿者「kobayashi」のアーカイブ

賃借権は相続されるか

(質問)
 夫が亡くなりました。賃貸の家に住んでいたのですが,夫名義で借りていました。
 今の家を出ていかなければならないのでしょうか?

(回答)

1 賃借権の相続 
 相続される財産というと,現金や預金といったイメージがありますが,他にも例えば,賃借権も相続できます(賃借権:賃貸借契約に基づき,賃借人が契約の目的物を使用・収益する権利)。
 したがって,夫が死亡した場合でも,妻や子どもは同じ家に住み続けることができます。
 ただし,内縁の妻の場合は,相続権がありませんので,賃貸人から明け渡しを求められる可能性があります。

2 生命保険金の相続 
 例えば,交通事故で亡くなったような場合は,遺族が加害者に対して損害賠償請求できますが,亡くなった方の慰謝料請求権を相続したとして,慰謝料の支払いも請求することもできます。
 では,このような場合に支払われる生命保険金は,相続できるでしょうか。
 実は,生命保険金は,相続財産に含まれないと考えられています。保険会社が受取人に支払うものですので,亡くなった方の財産が相続されているわけではないからです。
 同じように,会社から支払われる死亡退職金や遺族年金も相続財産に含まれないと考えられています。
 他には,仏壇やお墓なども相続財産には含まれません。

3 借金の相続 
 では財産ではなく,借金などの負の遺産はどうでしょう。
 借金は,相続されます。借金の場合は,死亡と同時に相続分に応じて分割されます。  
 例えば,夫が1000万円の借金を残して死亡し,妻と子ども1人がいる場合,妻と子どもはそれぞれ500万円ずつの借金を相続することになり,弁済を求められる可能性があります。
 同様に借金の連帯保証債務も相続されるのですが,責任の範囲が不明確な身元保証などの場合は,相続されされないと考えられています。
 相続される財産より借金の方が多い場合は,3か月以内であれば,相続を放棄できます。

4 早めな対応が必要 
 上記のように3か月という短い期間が決められている場合もありますので,不安な場合は,早めに弁護士にご相談されることをお勧めします。

内縁関係の夫婦の相続はどうなる?

(質問)
 内縁の妻は,内縁の夫が死亡した場合,その財産を相続することができますか?

(回答)

1 内縁関係とは 
 内縁関係とは「事実上の夫婦関係であるが,婚姻成立要件を欠くため,法律上の夫婦と認められない男女の関係」をいいます。類義語で事実婚という言葉もあります。 

2 内縁の妻の相続権 
 まず,内縁の妻ですが,法律上相続権は認められていません。
 では,内縁の妻は内縁関係を解消した場合は財産分与を受けることができるのでしょうか。
 2人で築いた共有財産がある場合には,内縁の解消により財産分与の対象になります。基本的には法律上の夫婦が離婚した場合に準じて考えることになっています。 
 当事者で話し合いがつかない場合には,内縁関係での財産分与請求の調停又は審判を申し立てることができます。
 しかし,法律において,離婚による解消と当事者の一方の死亡による解消とを区別し,前者の場合には,財産分与の方法を用意し,後者の場合には相続により財産を承継させることで処理するものとしており,内縁の妻は夫の財産を相続することは原則としてできません。

3 内縁の夫が亡くなり,内縁の妻が相続できる場合 
 内縁の妻は,内縁の夫が亡くなった場合,必ずしも財産を取得できないわけではありません。
 2つの場合に分けて考えてみましょう。まず,①戸籍上の妻と子供がいる場合,次に,②戸籍上の妻も含め,その他誰も相続人がいない場合です。
 ①の場合は,前述のとおり,内縁の夫の財産を相続することはできません。
 ただし,内縁の妻は,労災保険法や厚生年金法では,戸籍上の妻と同等の保護を受けることができます。
 しかし,財産形成に貢献した内縁の妻が全く相続する権利を主張できないのは不合理であるため,不動産の取得費用を拠出したとか,生計を助けて貯蓄をして家を買ったというような,特別な事情がある場合,その実質を見て所有権を確定する,つまり共有を認めるという考え方が認められています。
 次に②ですが,相続人がいないことになるので,原則として,夫の財産は国に帰属することになります。しかし,例外的に,内縁の妻は,「特別縁故者」として,家庭裁判所で財産分与を受けることができます。
 特別縁故者とは,亡くなった人と特別の縁故があったということを理由に,相続人がいないことが確定した際,相続財産の分与請求をすることによって家庭裁判所から相続財産の分与ができる者のことをいいます。
 例えば,亡くなった人と生計を同じくしていた者,亡くなった人の療養看護に努めていた者,その他亡くなった人と特別な縁故があった者です。
 なので,亡くなった人と生計を同じくしていたと言えれば,内縁の妻も特別縁故者と認められると思います。

4 内縁の妻が確実に財産を相続するには 
 戸籍上の妻といった相続人がいる場合,内縁の妻が財産を確実に相続するには,遺言で内縁の妻に遺贈するという遺言を残してもらうことです。
 ただし,法定相続人の遺留分を侵害すると遺留分減殺請求を受けることがあります。

斜線が引かれた遺言書は無効?

(質問)
 遺言書が見つかりましたが斜線が引かれていました。
 この遺言書の効力はないのでしょうか?

(回答)

1 裁判例 
 平成27年11月20日,赤ペンで斜線が引かれた自筆証書遺言の効力に関して,最高裁判所の判断が出されました。
 この事案は,文字の上に,左上から右下にかけて赤ボールペンで大きく斜線が引かれていた自筆証書遺言の効力が争われていたものです。
 当該遺言書は財産の大半を長男に相続させるという内容であったため,相続の対象から外れた長女が「父が書き損じた年賀状にも同じように斜線が引かれている」,「遺言書は無効」と主張し提訴していたものです。
 1審・2審では,斜線を引いたのは被相続人である父親であると認定したものの,「文字が読める程度の消し方では遺言を撤回したとはいえない」として,遺言書は有効であるとしていたため,最高裁判所の判断が注目されていました。

2 遺言の撤回とは 
 まず,民法1022条では,「遺言者は,いつでも,遺言の方式に従って,その遺言の全部又は一部を撤回することができる。」と規定されています。
 そして,民法1024条では,「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは,その破棄した部分について,遺言を撤回したものとみなす。」と規定されています。
 赤い斜線がこの「破棄」に該当するかが問題となります。
 黒く塗りつぶしたりして文面を読めないような状態であれば,「破棄」にあたると考えられていましたが,本件の斜線のように文面が読める状態で消した場合まで「破棄」にあたるかが学説上争われていたのです。
 このように学説上争われていた理由は,民法968条2項とのバランスにあります。すなわち,民法968条2項は「自筆証書中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない。」として,「加除その他の変更」については,「付記」「署名」「印」という厳格な手続きを要求していることとの均衡の問題があるのです。
 今回の最高裁判決は,「一般的な意味に照らして,遺言の効力を失わせる意思の表れ」として,遺言書の無効を認めたので,本件問題点は解決をみたといってよいと考えられます。

3 相続を争族にしないためには? 
 このように今回は最高裁判所の判決で遺言書が無効とされましたが,そもそも,斜線は誰が引いたのかという前提問題において被相続人が引いたと認定されない可能性もあります。
 そのため,自筆証書遺言を撤回する場合には,物理的に破り捨てるか,撤回する旨を記載して日付・署名・押印をする必要があります。
 自筆証書遺言は,手軽に費用をかけずに作成できる点がメリットではありますが,遺言書の文言を巡って争いになったり,撤回の有無で問題となったりする可能性があります。   
 費用はかかりますが,公正証書遺言を作成しておけば後の紛争を予防できる可能性が高くなりますので,公正証書遺言の作成をお勧めします。
 遺言作成に関して,分からないことがある場合には弁護士にご相談下さい。

遺言書を隠匿したらどうなる?

(質問)
 父が亡くなり、遺言書が見つかりました。しかし、あまりにも私に有利な内容の遺言であったことから、兄や弟と揉めるのも嫌なので、遺言書を隠してしまいました。
 遺産分割は兄弟全員で協議して行ったのですが、後になって、遺言書があったことを知った兄が、私が遺言書を隠匿していたのだから相続欠格者であると言い出しました。
 私はどうすればよいでしょうか。

(回答)

1 相続人資格を失う場合 
 遺言がある場合でも、それと異なる遺産分割を禁止するものでない限り、相続人が協議によって分割することは自由です。
 今回の相談では、遺言書があるにも関わらず、一部の相続人がそれを隠したまま遺産分割をしようとしたことが問題となります。
 この点、民法では、一定の相続欠格事由がある場合には、相続人としての資格を認めないものとしており、被相続人らの生命を侵害する行為や、詐欺・脅迫によって遺言を作成させたり、これを妨害するなどの行為が定められています。
 また、被相続人の遺言書を偽造・変造、破棄、隠匿する行為も欠格事由と定められています。
 今回のケースでは、相談者は、遺言書を隠匿したといえますので、少なくとも形式的には、相続欠格事由に該当することになります。

2 相続欠格事由の二重の故意 
 ところで、相続欠格の要件として、民法の定める相続欠格事由に該当する行為のほかに、このような行為によって不当な利益を得ようとする動機ないし目的(いわゆる二重の故意)を要するか否かという議論があります。
 この点、判例は、自己に有利な遺言書を破棄又は隠匿した相続人について、相続に関して不当な利益を得ることを目的とするものでなかったときは、相続欠格者にはあたらないものと判断しています。
 これは、遺言書の破棄・隠匿を相続欠格事由とする趣旨は、遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して民事上の制裁を科すことにあるところ、遺言書の破棄・隠匿が不当な利益を得る目的でなかったときにまで相続人資格を失わせるという厳しい制裁を科すことは、相続欠格事由の趣旨に沿わないという理由です。
 そうすると、今回のケースでは、自己の不当な利益を得る目的で遺言書を隠匿したわけではありませんので、相続欠格者にはあたらないということになりそうです。

3 遺言書の偽造・変造の場合 
 押印がないため無効であった自筆証書遺言に相続人が押印して有効な外形を作出した事案でも、相続欠格が否定されたものがあります。
 形式的には遺言書の偽造・変造にあたるものの、相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現するためにその法形式を整える趣旨で押印行為をしたにすぎず、遺言に関し著しく不当な干渉行為をしたとはいえないことが理由です。
 以上のように、判例実務では、形式的な欠格事由だけでなく、不当な利益を得ようとする目的(二重の故意)が必要であると解されています。条文には書かれていない要件ですので、注意する必要があります。

親子は法律上縁を切ることができるか?

(質問)
 私の娘は,中学校に入学した頃から悪い友人と交際するようになり,頻繁に家出をしたり警察に補導されたりするようになりました。成人した後も仕事をせず,どこに住んでいるのかわかりませんが,暴力団関係者の男と同棲しているようです。
 また,色々なところからお金を借りているようで,一度は500万円の借金を私が肩代わりしたこともあります。
 将来,このような娘に先祖伝来の土地を相続させるわけにもいきませんし,娘とは親子の縁を切りたいと思っています。
 法律上縁を切ることはできるでしょうか?

(回答)

1 法律上,「勘当」という制度はない 
 日常では,親子の縁を切るという意味で,「勘当する」という言葉が使われることがあります。
 しかし,法律上は,このような制度を定めた法律はありません。
 養子縁組に基づく親子関係であれば,離縁することで解消することができますが,実親子については,法律上の親子関係を解消する方法はないのです。

2 親子関係の修復 
 今回の相談内容のようなケースでは事実上難しいかもしれませんが,親子関係の悪化に何か原因がある場合,冷静に話し合うことで親子関係が修復できる場合もあります。   
 そのための一つの方法として,家庭裁判所に対して,親子関係調整の調停を申し立てることが考えられます。
 調停委員や裁判官などの第三者に言い分を聞いてもらうことで,互いの誤解やわだかまりが解け,意外にすんなりと和解ができる場合もあるのです。

3 排除とは 
 今回のケースで,どうしても娘に遺産をやりたくないと考える場合,どうすればよいでしょうか。
 まず,「娘には遺産を相続させない」旨の遺言書を作成する方法が考えられます。 
 これは最も簡便な方法ですが,この場合,遺留分まで奪うことはできないので,遺留分減殺請求がなされると一定の遺産は娘のものになってしまします。
 そこで,「相続人の廃除」という方法があります。これは,将来相続人となる者が,被相続人を虐待・侮辱したり,著しい非行がある場合に,相続権を失わせる制度で,廃除された推定相続人には遺留分も認められません。
 もっとも,相続人の廃除をするためには家庭裁判所の一審が必要となります。今回のケースでは,「著しい非行」にあたると判断される可能性は十分ありますが,被相続人の意思だけで相続人の廃除が認められるものではない点に注意が必要です。

4 親子関係は厄介なことも 
 親子関係というのは,通常,強い絆で結ばれている分,一度悪化すると厄介なものです。  
 法律の専門家に事案に応じた適切な法的アドバイスを受けることをお勧めします。

遺言書と遺留分はどちらが優先される?

(質問)
 母の遺言書には私には一切相続させない旨の記載がありました。
 遺留分という言葉は知っているのですが,遺言書と遺留分はどちらが優先されるのですか?

(回答)

1 遺留分 
 遺留分とは,一定の相続人が法律上最低限取得することを保証されている相続財産の一定の割合をいいます。
 被相続人は自分の財産を遺言で自由に処分できるのが原則です。しかし他方で,相続人は被相続人の相続財産を取得できるという期待を抱くのももっともな部分があるので,遺留分という制度が民法上規定されています。
 遺言の内容よりも遺留分が優先されます。

2 遺留分減殺請求 
 遺留分は民法で保証されているものですが、だからといって自動的に相続人の元にやってくるわけではありません。
 遺留分を受け取るには、「遺留分減殺(げんさい)請求」をする必要があります。
 しかも、この遺留分減殺請求は「相続開始または減殺すべき贈与または遺贈があったことを知った日から1年以内」に請求しないと、権利を失くしてしまいます。
 遺留分を侵害されていることを知らなかった場合は、相続開始から10年以内であれば請求できますが、10年を経過すると請求ができなくなります。

3 遺留分減殺請求は弁護士にご相談を 
 上記に述べたとおり、遺留分減殺請求は請求期限もありますので、お早めに弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

遺言の方式とは?

(質問)
 遺言の方式とは具体的にどのようなものですか?

(回答)

1 遺言の作成形式 
 遺言の作成形式については、民法で厳格に規定されており、これらの規定に違反して作成された遺言は、原則として無効になります。
 この規制の趣旨は、遺言者の生前の意思を正確に反映させるためですが、無効となった際の影響が大きいため、作成形式について正確に理解しておく必要があります。

2 特別方式 
 遺言の方式には普通方式と特別方式があります。
 特別方式は、死亡直前の緊急時遺言を除き、伝染病による隔離や船舶遭難等一般的ではない事態を想定していますので、関与することも稀だと考えられます。

3 普通方式 
 他方、普通方式には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。
 公証人が関与する公正証書遺言には相応の費用が必要となるというデメリットもあることから自筆証書遺言の利用も多く、平成23年度の司法統計によれば、裁判所で検認した自筆証書遺言の数は年間1万5676件であり、しかも年々増加する傾向にあります。そこで、今回は特に自筆証書遺言に注目して御説明します。

4 自筆証書遺言の自署とは 
 自筆証書遺言では、遺言者が本文、日付及び氏名を自書し、押印することが必要となります(民法968条第1項)。
 ここで、自書要件について興味深い判例を御紹介しましょう。
 それは、遺言書を複写式のカーボン紙を用いて作成した場合において、自書したと言えるかが問題となった事案ですが、裁判所は、カーボン複写も辞書の方法として許されないわけではないと判断しました(最高裁平成5年10月19日判決)。 
 もっとも、偽造することが容易であることや後の筆跡鑑定で真正な筆跡か否かの判断が困難であるなどの理由から、カーボン複写方式は辞書にあたらないとしてこの判例を批判する見解も多く存在します。
 したがって、判例上、カーボン複写方式が認められていますが、実務上は慎重を期して、自筆の遺言書を作成しておくことをお勧めします。

5 書き損じの遺言の効力 
 では、うっかり書き損じた場合はどう対処すべきでしょうか。民法上、加除・訂正についても厳格な方式が要求されており、注意が必要です。通常の取引文書等に見られるような、二重線の上訂正印を押印するという方法では足りないのです。
 具体的には、変更の場所を指示・変更した旨を付記・変更についての署名を行う・変更場所への押印の4点を全て満たす必要があります。
 これらの要件を満たさない場合、加除・訂正部分のみが無効となるとの見解が一般的ですが、遺言自体を無効とすべきとの考え方もあります。
 このように、遺言方法については数々の制約が存在することから、作成の際には慎重すぎると言われる方がいいのかもしれません。

認知症の母は遺言書作成できない?

(質問)
 認知症の母がいるのですが,母が遺言書を作成することはできないのでしょうか。

(回答)

1 遺言が有効に成立するための条件 
 高齢化社会の進行や遺言の有効性が認知されてきたことに伴い、遺言、特に公正証書遺言の数は年々増加する傾向にあります。そこで、今回から数回にわたり、遺言書作成上の留意点を御説明いたします。
 まず、遺言が有効に成立するためには、遺言者に遺言能力があること、遺言の内容が法的に認められていること、法廷の遺言方式に則っていることが必要となります。

2 遺言能力 
 遺言能力が認められるためには、遺言時に15歳以上で意思能力があればよいとされています(民法961条・963条)。
 そして、一般の法律行為と異なり、未成年者や成年被後見人等制限行為能力者の法律行為を制限する規定の適用はありません(同法962条)。
 制限行為能力者であっても遺言が有効とされているのは、遺言者の意思の尊重という観点や遺言が遺言者の死後に効力を生じるものであり、制限行為能力者制度をそのまま適用する必要がないことなどの理由からです。
 遺言能力の有無を巡って問題となる事例の多くは、高齢者の意思能力を巡るものとなります。例えば、認知症の症状が見受けられる高齢者が遺言者となって遺言書を作成した場合などが典型例として想定されます。
 遺言能力の有無の判断基準としては、一般的に、遺言時における遺言者の精神状態、遺言内容、遺言に至る経緯(遺言の動機、受遺者や相続人との関係も含む。)等といった事情を総合的に考慮することとなりますので、このような事情について個別に検討する必要があります。
 ここで、通常、遺言能力が疑わしい遺言者の場合には、医師の診断を参考にすると考えられます。しかし、先に述べたように、遺言能力の判断には遺言者の精神状態以外の要素も考慮されますし、遺言能力の有無は最終的には法的な判断となりますので、医師の判断が絶対的であるというわけではありません。

3 遺言能力の判断の困難さ 
 このように、遺言能力の判断は遺言者本人の状況以外にも様々な事情の総合判断にならざるを得ないため、判断が難しい場面にも多く遭遇すると思いますが、遺言の有効性に関わる非常に重要な要件であることから、遺言書作成の際には、医師の診断を受けさせることはもちろん、後で遺言が無効となる事態を避けるために、それ以外の判断要素についても特に慎重に検討した上で、遺言書作成を行う必要があります。

結婚の要件と効果とは?

(質問)
 結婚の要件と効果とは何ですか?

(回答)

1 結婚の要件 
 結婚するときは,婚姻届を出します。これは,形式的な要件ですね。
 民法では,「婚姻は戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる」とされています(民法第739条1項)。
 婚姻届を出さなければ,法的に結婚したことにはなりません。
 他に実質的な要件として,①婚姻意思の合致と②婚姻障害事由の不存在が必要とされています。
 民法では,婚姻することができない場合を定めています。この婚姻することができない事由つまり,婚姻の有効な成立を障害する事由を「婚姻障害事由」といいます。
 具体的に,まず,婚姻できる年齢に達していなければなりません。男性は18歳,女性は16歳ですね。
 他には,既に結婚している人とは結婚できませんし,近親者との結婚も禁止されています。
 どのような範囲の近親者と結婚が禁止されているかというと,まず,直系の血族,つまり,血のつながりのある親,祖父母,子ども,孫ですね。
 そして,三親等内の傍系血族,兄弟,姉妹,甥,姪,叔母,叔父です。
 他には,配偶者の親や祖父母とも結婚できません。離婚や死別しても結婚できるようにはなりません。
 他には,再婚禁止期間を過ぎていることも結婚の要件になります。女性は前の結婚が解消されてから6か月経過した後でなければ,結婚できません。
 どうして女性にだけ再婚禁止期間があるのかというと,父親が誰であるかをはっきりさせるためと言われています。
 民法には,「婚姻の成立の日から200日後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定」するという規定があります(民法722条2項)。 
 つまり,離婚後300日以内に生まれた子供は,前の夫の子と推定され,再婚後200日経ってから生まれた子は再婚相手の子と推定されます。
 この推定を受ける期間が重ならないように,再婚までの期間を6か月開けておけば十分だろうということで,6か月間は,再婚が禁止されるわけです。
 しかし,最近は,離婚から300日以内に生まれた子を前の夫の子であると推定する規定自体も問題となっています。いわゆる離婚後300日問題ですね。
 法律的に離婚できないまま,新しい生活を始めて,別の男性の子供を産んだ場合に,前の夫の子と推定される問題です。前の夫の子となってしまうために,子どもの出生届が出せないケースが増えているようです。何の責任もない子どもが無戸籍となるのは問題ですね。

2 抜本的な解決が必要 
 子供を法律上,再婚相手の子とするためには,認知調停という手続もありますが,もっと抜本的な解決が必要です。
 まずは弁護士にご相談ください。

有責配偶者からの離婚請求は認められる?

(質問)
 私は20年前に現在の夫と結婚しました。子どもはいません。
 ところが,1ヶ月ほど前,夫が浮気をしていることがわかり,そのことを責めると,夫は不倫相手のところへ行くと言って家を出てしまいました。夫は,不倫相手と結婚するつもりだから私とは離婚する,離婚届にサインしないなら裁判をしてでも別れる,と言っています。
 私は離婚するつもりはないのですが,夫から裁判を起こされると離婚が認められるのでしょうか。

(回答)

1 踏んだり蹴ったり判決 
 今回は,不貞をした配偶者からの離婚請求で,いわゆる,「有責配偶者からの離婚請求」といわれる問題ですが,これについては,昭和27年に有名な最高裁判決があります。
 夫Xが妻Y以外の女性と性的関係を持ち,その後,Xは家を出て不倫相手の女性と暮らし,2年の別居の後,Xから離婚訴訟が提起されたという事案です。
 これに対して,裁判所は,「婚姻関係を継続し難いのはXが妻たるYを差し置いて他に情婦を有するからである。――結局Xが勝手に情婦を持ち,その為最早Yとは同棲出来ないから,これを追い出すということに帰着するのであって,もしかかる請求が是認されるならば,Yは全く俗にいう踏んだり蹴ったりである。法はかくの如き不徳義勝手気侭を許すものではない」と判示して,離婚請求を認めませんでした。
 これは,婚姻関係が破綻していると客観的に評価できるような場合に離婚請求を認めるという「破綻主義」を前提として,破綻について有責な者からの離婚請求を認めないという立場であり,「消極的破綻主義」と呼ばれています。

2 有責配偶者からの離婚請求が認められる場合は? 
 昭和27年の判例は,有責配偶者からの離婚請求であるという一事をもって請求を認めないというものですが,現在もその考え方が厳格に貫かれているわけではありません。
 消極的破綻主義の考え方について判示したもう一つの有名な判例として,昭和62年の判決があります。
 この判決では,有責配偶者からされた離婚請求であっても,①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間の及び,②その間に未成熟の子が存在しない場合には,③相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り,離婚が認められる場合があると判示されています。
 これは,どのような場合でも有責配偶者からの離婚請求を認めないとすると,既に破綻した形骸的な婚姻関係が残り続けるだけで,現実の夫婦関係と法律上の夫婦関係とがかけ離れたものとなってしまうという問題もあるためだと考えられます。

3 やはり結論はケースバイケース 
 今回のケースでは,未成熟子はいませんが,別居期間はわずか1か月であり,やはり,有責配偶者である夫からの離婚請求は認めらないでしょう。
 とはいえ,昭和62年判例のとおり,一定の場合には有責配偶者からの離婚請求も認められることがありますので,事案毎に具体的な事実に即して検討する必要があります。