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リフォーム工事において,瑕疵があるとされる場合とは

(質問)
 当社はある方から依頼を受けてアパートの改修工事を行いました。
 しかし,工事を完成して引き渡したあとに,「建物が建築基準法上の準耐火建築物になっていない。工事には瑕疵があるから損害を賠償しろ。」と言われています。
 しかし,当社が調べてみたところ,その建物は当社が工事をする前から,準耐火建築になっておらず,建築基準法違反の建物であったことが分かりました。
 当社は損害賠償責任を負担しなければならないのでしょうか。

(回答)

1 リフォームの瑕疵 
 リフォーム工事においては,当該リフォーム契約の内容となっている水準に当該リフォーム工事の内容が達していない場合に「瑕疵」があるとされます。
 したがって,貴社がその方と締結したリフォーム契約において,リフォーム工事によって準耐火建築物にするということが契約内容となっていない限り,貴社が責任負うことはありません。
 すなわち,御質問と類似のケースにおいて裁判所は,「改装工事は建物の内容や設備等を改装することによって本件建物による経営の向上を図ることを主な目的としたものであり,建物の違法部分を建築基準法令に適合させることを主な目的としたものではなかった」として,建築業者の責任を否定しています(東京地裁平成19年3月28日)。

2 注文主の指示をめぐる裁判例 
 ただし,御注意いただきたいことは,リフォーム工事は注文主の言われたとおりにすれば常に免責されるわけではないということです。
 リフォーム工事を行う前は違法ではなかった建物につき,注文者の請求するとおりに工事を行ったところ違法建築物になってしまったというケースでは,建築業者損害賠償責任が認められています(大阪地裁平成17年10月25日判決)。

 大阪地裁の事例:施工前は2階建ての建物で法令違反無し
 依頼者の要望により施工後に3階建てにすると建築基準法違反
 東京地裁の事例:施工前から準耐火建造物になっていないという違反あり
 依頼者の要望は改装により経営の向上を図ることだった火建造物でないという違反は残ったまま

 2つの裁判例から分かることは,フォーム工事契約においては,注文主が依頼した意思内容がどのようなものであるかが重視されているということです。
 すなわち,もともとは適法な建築物がリフォーム工事によって違法になっても良いというのは,とても注文主の意思とは考えられず,建築業者は責任を負います。
 大阪地裁の裁判例はこのケースです。反対に,今回の御質問のケースは,建物が違法であり,それを適法なものに直して欲しいということは注文主の意思となっていなかったからです。

3 建設業者のリスク回避対策 
 以上より,リフォーム工事においては,工事を開始する前に,当該建物には行政法規に照らして違法性がないか,注文主のリフォームの目的はどういったものかなどの点について,事前に注文主とよく話し合っておくことが肝要です。
 そして,事後的に注文主からクレームを言われるおそれがある場合には,受注する工事の内容や範囲について,明確に契約書に規定する必要があります。

建設業者の注文者の意図の尊重の必要性について

(質問)
 当社が担当していたマンション建設工事について,注文者からマンションの支柱を300㎜×300㎜の鉄骨で設計して欲しいという依頼がありました。しかし,構造計算を行ったところ,250㎜×250㎜でも法律上の安全性が確保できることが分かり,結局この鉄骨で建築工事を終えました。
 しかし,注文者は支柱に瑕疵があるとして,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求を提起してきました。構造計算上安全であるにもかかわらず,当社は責任を負担しなければならないのでしょうか?

(回答)

1 民法第634条の「瑕疵」とは 
 民法第634条は,請負契約の目的物に「瑕疵」がある場合には,注文者が請負人に対して瑕疵の修補や損害賠償を請求することができると定めています。そこで,御相談のケースは注文者の意図には反するものの構造計算上は安全性が認められる支柱について,同条の「瑕疵」に該当するか否かが問題となります。
 同条の「瑕疵」とは,一般に,「完成された仕事が契約で定めた内容どおりでなく使用価値もしくは交換価値を減少させる欠点があること」,または「当事者が予め定めた性質を欠くなどの不完全な点を有すること」とされています。そして,建物の建築工事における瑕疵の判断は,まず契約書に添付されている仕様書によって判断され,それにより判断できない場合は,建物の種類,契約締結時の事情,請負代金,法令上の制限,当事者の意図などから判断されます。
 そして,本件のケースにつきましては,類似の事案における第1審と第2審の裁判所は,構造計算上の安全性を重視し,支柱の太さについてそれが注文者との約定に違反していても安全性に問題はないとし,「瑕疵」の存在を否定しました。

2 注文者の意図や契約の内容を重視した最高裁 
 しかしながら,最高裁は「支柱について特に太い鉄骨を使用することが特に約定され,これが契約の重要な内容になっていたものというべきである。」「建物請負業者が,注文主に無断で,上記約定に反し,支柱工事について約定の鉄骨を使用しなかったという事情の下においては,使用された鉄骨が,構造計算上,居住用建物としての安全性に問題のないものであったとしても,当該支柱の工事には瑕疵がある。」と判示しました(最高裁平成15年10月10日判決)。すなわち,最高裁判決は,構造計算上の安全性よりは,「注文者の意図」や「契約の内容」を重視したものです。

3 建設業者の注文者の意図の尊重の必要性 
 この判決により,構造計算上安全性が認められても,「特に約定され,これが契約の重要な内容になっていた」場合には,瑕疵担保責任を問われる場合があることが明確になりました。
 したがって,この判決以後は,工事において注文者としては一般的な安全性よりも注文者の意図を尊重することが求められると言えます。

住民の反対運動に対する会社の対応

(質問)
 先日、当社は住宅地において大型マンション工事に着手しました。
 そうしたところ、付近住民の一人が工事現場までやって来て、現場監督 者に対し「工事がうるさい。ただちに工事を中止しろ。」と怒鳴り、数日後には「工事を中止しないなら裁判所に工事の差止めを求めるぞ。」と言ってきました。
 このような住民の請求は認められるのでしょうか。
 また、当社の工事によって生じる騒音は、法的にはどの程度まで許されるのでしょうか。

(回答)

1 近隣対応・環境リスク
 会社も単に収益を上げるだけではなく、地域との関わりの中で、地域に愛される会社づくりをしていく必要があります。
 しかし、昨今は、クレーマーのところでもお話ししたとおり、行き過ぎた個人主義、利己主義がはびこり、自らの要求だけを押し通そうとする人が増えています。
 会社は、地域社会の調和を図りつつも、地域住民の要求を見極めて毅然とした対応をとることが求められています。

2 受忍限度 
 人が生活する社会において建物はどうしても必要なものです。そして、建物を建てる際に、ある程度の騒音や振動が発生することはどうしても避けることができません。そのため騒音や振動が人に不快感を与えるものだとしても、これを生じさせる工事を行ってはならないということになると、およそ会社が成り立たなくなってきます。
 そこで、法は、付近住民が社会生活上受忍すべき範囲として「受忍限 度」というものを設定し、この「受忍限度」を超えた場合の騒音や振動についてのみ、付近住民に法的な救済を与えるという立場を取っています(受忍限度論)。

3 行政法規 
 また、この受忍限度の判断に入る前段階として、一定の行政的な規制もあります。 
 騒音規制法や振動規制法は、住民が集合している地域を規制対象地域と指定し、その指定地域内で特定建設作業(著しい騒音を発生させる建設作業として政令で定めるもの。具体的には、杭打ち機、びょう打ち機、さく岩機の使用やパワーショベルなどによる掘削作業など)をする際には、市町村への事前の届出義務と規制基準を設け、これに従わない場合は行政罰(改善勧告、改善命令、改善命令に従わない場合には罰金)を適用するとしています。
 また、このような特定建設作業以外の工事についても、地方公共団体が独自に条例で規制を設けている場合もあります。
そして、これらの行政的な規制に抵触している場合は、受忍限度の検討に入るまでもなく工事は修正を求められることとなります。
 他方で、工事業者としてかかる行政的規制をクリアしていても、なお住民側からクレームが出されることがあります。そして、その場合は上記の受忍限度の判断になります。

4 回答 
 貴社が行政上の規制をクリアしている以上は、住民が受忍限度を超えた旨を立証しない限り、住民側の言い分は裁判では認められないと考えられます。
 とは言え、貴社の社会的責任に基づき、貴社は説明責任を果たして、住民側のコンセンサスを得られるよう最善を尽くす必要はあります。

請負契約の解除及び原状回復費用等の損害賠償請求について

(質問)
 当社はあるお客様の依頼で,築50年以上経つ老朽化した2階建ての建物をリフォームしました。当初はこのお客様の呈示された500万円の予算で,1階をギャラリー兼キッチン,2階をアトリエ工房,2階小屋裏にロフトを設置するリフォーム工事請負契約を締結しました。
 その後,お客様の要望で2階小屋裏のロフトは3階部分に変更となりました。本件では,このお客様の要望がデザイン中心だったので,外観ばかりリフォームをして,構造部分についてはほとんど手をつけませんでした。
 そうしたところ,工事終了時にこのお客様から違法建築の欠陥リフォームだとのクレームをつけられ,請負契約の解除及び原状回復費用等の高額の損害賠償請求をされています。    
 当社はこのお客様の要望で今回の工事を行ったのに,責任を負わねばならないのでしょうか?

(回答)

1 注文者の要望による欠陥リフォームとは 
 建築基準法6条では,新築や大規模な増改築には建築確認申請の提出を求めていますが,これに該当しない小規模リフォームには,特段建築確認申請をすることを求めていません。    
 このことから,業者の中には注文主の要望に従って建築基準関係法令に気を使わずに工事を行ってしまい,その結果,構造欠陥のある建物にしてしまった,という事案が発生することがあります。

2 注文主の指示と法令遵守の優位 
 さて,相談の事例についてですが,大阪地裁平成17年10月25日判決で,裁判所は原告の主張を認め,契約解除と債務不履行に基づく損害賠償請求を認めました。
 被告(建築会社)は,(1)構造上の安全は契約内容となっていなかった,(2)注文主の求めに応じた結果として建築基準法違反の状態が生じたのだから,注文主が建築基準法違反を主張することは信義則上認められない,と反論しました。
 しかし,裁判所は,(1)に対して,本件請負契約においては,「既存建物部分の構造も強化して3階建ての建物全体について構造上の最低限の安全性を確保するのは当然の前提であった」とし,(2)に対しても,「原告らの主張が信義則に反するということはできない」として,建築業者のいずれの反論も退けました。
 その結果,契約解除による原状回復請求権に基づく559万円と,債務不履行による損害賠償請求権に基づく解体工事費用および再築工事費用の一部と慰謝料・弁護士費用を合わせた約275万円との合計834万円もの賠償を命じたのです。

3 建築業者の法令遵守リスク 
 この判決では,いかに注文主の要望といえども,建築基準法に違反するような態様でのリフォームまで合意内容とするのは困難であるとの裁判所の判断が示されたといえます。 
 このように,専門家たる建築業者としては,建築基準関連法令に常に注意を払っていないと,たとえ注文主からの要望に応じたのだとしても,大変高額の賠償責任を負わざるを得ない場合があることに,十分注意が必要です。

瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求について

(質問)
 当社は建設業者ですが,中古住宅のリフォーム工事を受注し,工事は完成したのですが,引渡から6年経って,工事に瑕疵があることが発覚しました。
 注文主は瑕疵担保責任に基づき損害賠償を請求すると言ってきているのですが,工事請負契約約款によれば,瑕疵担保責任の期間は5年間とされています。  
 当社は注文主からの請求には応じなくてもよろしいのでしょうか。

(回答)

1 瑕疵担保責任の期間 
 工事請負契約約款や民法637条及び同638条には,瑕疵担保責任についての存続期間(1年ないし10年)が規定されています。
 また,新築住宅については,「住宅の品質確保の促進等に関する法律」が規定されており,瑕疵担保責任の期間が10年と定められています。

2 除斥期間とは 
 そして,これらの期間は,「時効」を定めたものではなく,「除斥期間」を定めたものであるとされています。  
 「除斥期間」とは,一定の期間内に権利を行使しないと,その期間の経過によって権利が当然に消滅する場合の期間をいいます。
 消滅時効と大きく違う点は,①消滅時効の場合は「中断」といって,時効の進行をリセットすることができますが,除斥期間はこの「中断」が認められないこと,②消滅時効の場合は,それによって利益を受ける者が消滅時効を「援用」しなければその効果が認められませんが,除斥期間はこの「援用」がなくても期間の経過により当然に効果が認められるというこの2点です。
 御質問のケースでは,既に除斥期間の5年を経過しているので,基本的には注文主の請求は認められないと考えられます。

3 注文者の損害賠償請求の表明 
 ただし,判例によれば,注文主が,「具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し,請求する損害額の算定の根拠を示すなどすれば,損害賠償請求権が保存される」とされ,「この請求は裁判上の権利行使までは必要ない」とされています(最高裁平成4年10月20日判決)。
 同判決は売買契約の瑕疵担保責任に関するものですが,請負契約の瑕疵担保責任にも妥当するとされています。
 したがって,御質問のケースでも,注文主が引渡から5年経つまでの間に,上記のような損害賠償請求をする旨を表明していれば,注文主の権利が保存されている可能性があります。
 なお,一旦保存された損害賠償請求権は,通常の債権として扱われるので,10年の消滅時効の適用を受けることになります。

給料と損害賠償の相殺は可能な要件

(質問)
 当社の従業員が重過失によって,会社の備品を壊してしまいました。
 その弁償として,当該従業員の給料から備品相当額を天引きしたいと考えていますが,法的に問題はありませんか?

(回答)

1 損害の全額を請求できるか。
 中小企業の経営者の中には、会社の従業員が過失によって、会社の商品を損壊した以上、会社は不法行為に基づき、商品の時価相当額全額を損害賠償請求することができると考えていらっしゃる方がおられます。
 しかし、裁判例では、会社は従業員の労務の提供により利益を上げているということもあり、従業員の行為が故意、重過失でなければ、損害の全額は請求できず、大体2~3割しか請求できないとされています。

2 賃金の全額払いの原則と相殺合意 
労働基準法第24条第1項は、法令に特別の定めがある場合(所   得税の源泉徴収など)などを除き、賃金はその全額を支払わなければならないと規定し、賃金の全額払いの原則を定めています。
 これは、会社が一方的に天引き等をすると、労働者の手取り給料が減   ってしまい、労働者の生活を不安定にしてしまうので、これを防止するためです。
 したがって、ご質問のケースでも、貴社が一方的に給料から商品相当額を相殺することはできないのが原則です。これに違反すると、30万円以下の罰金に処されるリスクがありますので(同法第120条第1号)、注意が必要です。
 もっとも、判例上では、給料からの一定額の相殺について、従業員の合意があり、それが労働者の自由意思に基づいてなされたものであると認められる合理的な理由が客観的に存在する場合には、賃金全額払いの原則に反しないとされています。

3 回答
 貴社は、従業員の給料から損害賠償額を相殺することについて、労働者に十分説明を行って、そのことを労働者に納得してもらった上で、書面による合意書をとっておけば、商品相当額の損害額の天引きが許されることになります。
 そして、損害額が大きい場合は、例えば2万円を10か月に分けて相殺するといった方法が必要になります。

従業員のミスで会社に損害が生じた場合,身元保証人に損害賠償請求できる?

(質問)
 当社では,従業員を採用する際に身元保証人をとるようにしています。
 この度,従業員が職務上ミスを犯し,会社に損害が生じたので,身元保証人に請求をしようと考えています。
 身元保証人に損害のすべてを請求することはできますか?

(回答)

1 身元保証人とは? 
 会社が従業員を採用する際,身元保証人と身元保証契約を締結することがあります。一般的に身元保証契約は,従業員の行為により会社に損害が生じた場合に,身元保証人にその損害を賠償させることを目的とするものであると考えられます。

2 身元保証ニ関スル法律 
 もっとも,労働契約は長期間に及ぶことが多い上,従業員のミスにより会社に多大な損害が生じることもありえますが,身元保証人にこのような長期かつ大きな責任を負わせることは妥当ではありません。そのため,身元保証契約については,身元保証ニ関スル法律(以下「法」といいます)が一定の規制を行っています。

3 期間による規制 
 身元保証契約は,期間の定めのない場合は原則として3年間有効を有し(法1条),期間を定める場合は5年を超えることができない(法2条1項)とされています。また,更新することもできますが,その場合でも更新の時から5年を超えることはできません(法2条2項)。

4 身元保証人に対する情報提供及び身元保証人の解除権 
 身元保証契約は,保証人に予期せぬ責任を負わせる可能性があるため,使用者は,従業員について業務上不適任又は不誠実である事実があり,このため身元保証人の責任が生じる可能性があることを知ったとき,もしくは,任務又は任地を変更したことにより身元保証人の責任を加重し又はその監督を困難にしたときは遅延なく身元保証人に通知する義務があります(法3条)。このような場合,身元保証人は,将来に向かって身元保証契約を解除することができます(法4条)。

5 損害賠償の制限 
 法5条は,身元保証人が負う損害賠償責任について,従業員の監督について使用者の過失の有無,従業員の職務又は身上の変化等その他「一切の事情」を考慮して定めるとしており,身元保証人の責任は,どの程度の責任を保証人に負わせることが公平かという観点から定まります。
 実際の裁判例において,身元保証人に認められた責任の程度は,事案によって幅がありますが、会社に生じた1988万円の損害について,身元保証人の責任を200万とした裁判例等もあります。傾向として,裁判例は,損害額の2割から3割に身元保証人の責任を限定するものが多いようです。
 そのため,ご相談の事案においても,会社に生じた損害の全てを身元保証人に請求することはできないと考えられますので,留意する必要があります。

安全配慮義務違反に基づく損害賠償の内容

(質問)
 当社の従業員が、建設現場で作業中、高所から落下して死亡しました。 
 落下に関しては、当該従業員にも過失があったようです。
 ところで、当社は、すぐに労災保険の手続きをして、遺族には遺族補償給付等が支給されたのですが、この度、遺族から、安全配慮義務違反に基づく損害賠償の請求をされました。
 当社が負う賠償責任は、どのような内容のものなのでしょうか。

(回答)

1 労基法上の責任と民法上の責任
 労災事故が発生した場合の会社に生じる損害賠償責任については、労基法上の責任と民法上の責任の二つに分けて考えなければなりません。
 従業員に労災保険給付が行われた場合、会社は、労基法上の損害賠償責任については免れます。
 しかし、当該従業員に労災保険給付額を超える損害が発生した場合、その超える分の損害については、会社は、民法上の損害賠償責任を免れないのです。

2 損害賠償責任を負う項目は 
 では、会社が免れない損害賠償責任の中身とは、どのようなものなのでしょうか。 
 従業員が死亡した場合の死亡慰謝料や、入通院した場合の入通院慰謝料、入院雑費、通院交通費、後遺症が遺った場合の後遺障害慰謝料、訴訟になった場合の弁護士費用等については、そもそも労災保険給付が行われませんから、会社が全額負担することとなります。
 また、休業損害、死亡逸失利益、後遺症逸失利益、治療費、付添看護費、葬祭費については、これらに対応する労災保険給付があるものの、損害額が給付額を超える場合には、超える分を会社が負担しなければなりません。

3 特別支給金は会社の賠償額の計算において考慮されない。 
 なお、労災事故に関して従業員が受け取るものには、休業特別支給金、障害特別支給金などの特別支給金もあります。しかし、これら特別支給金は、福祉増進のためのもので、損害の填補の性質を有さないとされています。
 したがって、従業員が特別支給金を受けたからといって、会社の賠償額の計算に際して、これらの金額を控除することはできません。

4 過失相殺と労災保険給付の控除の前後 
 ところで、本件のように労災事故に関して従業員に過失がある場合、会社が負うべき賠償額の計算に際して、過失相殺と労災保険給付額の控除のいずれを先に行うべきでしょうか。
 仮に損害額全体が1,000万円、労災保険給付が200万円、従業員の過失割合を25%とした場合に、会社の損害賠償額が、過失相殺後労災保険給付額を控除すると550万円になり、控除後相殺すると600万円になります。この点、判例では、過失相殺後控除を行うべきとされており、会社には有利な判例になっています。

5 回答 
 貴社は、死亡慰謝料、後遺障害慰謝料、労災給付でカバーされない死亡逸失利益、後遺症逸失利益等のさまざまな項目の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことになります。中小企業は、ケースによっては、数千万円の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負い、会社の規模、業績によっては支払いきれない損害賠償額に上るリスクがあります。
 労働災害は、中小企業にとって極めて大きなリスクと捉えて、安全教育・安全措置のさらなる徹底と、労災上乗せの損害賠償責任保険に加入すべきです。

社員旅行での事故

(質問)
 先月の社員旅行で、当社の従業員が温泉で足を滑らせて転び、全治2週間の怪我を負いましたが、これは労働災害になるのでしょうか。
 また、当社は何らかの損害賠償責任を負うのでしょうか。

(回答)

1 注意一秒,怪我一生
 社員旅行を実施している会社は、昔に比べて減ってきているようですが、社員同士の交流を深める手段として、現在も有意義な行事だと思います。
 特に、温泉は、疲労回復にも効果的なので、日頃の疲れをとることもできます。
 もっとも、その旅行で怪我をしてしまっては旅行が台無しになってしまいますし、場合によっては一生に関わる怪我にもなってしまいます。

2 労働災害が発生するとどうなるか。 
 労働災害とは、業務上、又は通勤途上の負傷、疾病などのことです。
 労働災害が発生すると、会社は補償責任を負い、労働基準監督署にその事故を報告する必要があります。
 ご質問のケースは、社員旅行中の事故であり、通勤途上の事故ではないため、業務上発生したことになるかどうかがポイントとなります。

3 社員旅行も仕事なのか。
 業務上発生したかどうかは、業務遂行性と業務起因性という二つの基準によって判断されます。
業務遂行性とは、会社の支配下にあることです。業務起因性とは、その怪我などが業務によって発生したことです。
 通常、社員旅行のような行事は、強制参加になる場合を除いて、会社の支配下のもとで行われるものとは判断されにくいといえます。
 そのため、ご質問の場合も強制参加ではない限り、業務遂行性が認められず、労働災害に当たらないと考えられます。

4 安全配慮義務違反はどうか。 
 仮に、怪我を負った社員が、事故の前に参加社員全員の飲み会に参加させられて、上司などから何度も乾杯をさせられた結果、酔いつぶれてこのような事故を起こした場合には、会社側に安全配慮義務違反や使用者責任が生じる可能性があります。
 ご質問のケースでも、これらの責任が生ずる可能性があります。しかし、社員の不注意が原因であるならば、会社に責任は発生しないと考えられます。

5 回答  
 ご質問のケースでは、従業員の負傷は通常は労働災害にはなりませんし、貴社が安全配慮義務違反を負うリスクも少ないと考えられます。

業務の引継ぎリスクについて

(質問)
 当社の従業員Aは,この度退職しました。
 しかし,Aは業務の引継ぎを十分に行わないで退職したため,職場では大変混乱が生じました。
 そこで,当社はAに対して損害賠償請求をしようと考えていますが,この請求は認められそうでしょうか?
 仮に認められない場合,今後,このようなことを防ぐために当社はどのようにすればいいでしょうか?

(回答)

1 損害賠償請求は認められそう? 
 業務の引継ぎを行うことは,労働契約上の義務に含まれていると考えられています。
 そこで,Aに対して,この義務違反に基づく損害賠償請求,つまり,業務の引継ぎと言う義務(債務)の不履行による損害賠償請求をすることができるかが問題となります。
 債務不履行による損害賠償請求が認められるには,簡単に整理すると,①故意,又は過失によって債務を履行しないこと,②損害が相手に発生したこと,③①と②との間に因果関係が認められることが必要となってきます。
 ご相談のケースでは,職場で大混乱が生じたということですので,御社に損害が生じたことは一応認められそうです。
 しかし,どの程度まで引継ぎのための業務を行えば,十分な引継ぎであるかを説明することは難しい以上,Aの引継ぎが不十分であると認められる可能性は高くないといえます。
 また,仮にAの引継ぎが不十分なものであったと認められたとしても,御社の損害が果たしてそのことのみによって生じたかどうか,つまり,Aの引継ぎ業務と御社の損害との因果関係が認められる可能性も高くないと考えられます。
 結局のところ,Aに対して損害賠償請求をするのは,事実上困難であると言わざるを得ません。

2 懲戒解雇はできる? 
 それならば,御社としては,このような従業員がいたら懲戒解雇をしようとすることで,引継ぎの業務を十分に行わせようと考えるかもしれません。
 しかし,懲戒解雇が認められるには,従業員側に相当悪質な事情があることを要するところ,今回のようなケースでは,いきなり懲戒解雇が認められる可能性は,非常に低いと言わざるを得ません。

3 退職金の減額規定を設ける 
 そこで,就業規則に,業務の引継ぎをしなかった場合には退職金の一部,又は全部を支給しない旨の条項を設けることで,従業員に対して,正常な業務をしない場合には退職金を支給しないという内容の退職金規定を根拠にして,退職する2週間前からほとんど仕事をしなかった従業員に対して退職金を支給しないことも有効と認められます。

4 業務の引継ぎリスクの認識 
 業務の引継ぎが上手くいかないと,取引先からの信用低下や債権管理の失敗等のリスクを招いてしまうことになります。そのため,本件のような問題は,業務を引き継ぐ社員の便宜上の問題にとどまらず,会社全体に多大な影響を及ぼすものと言えます。
 業務の引継ぎを円滑に行うようにするには,上記のような就業規則の規定を設ける等,日頃から対策をするとともに,職場自体がそのようなリスクについての認識を共有することが重要です。

5 日頃からさまざまなリスクを検討する 
 後々の法的トラブルを防止するために,日頃からどのようなことに注意する必要があるのか判断するのは,なかなか難しいことです。もし,そのようなことでお悩みがあるのであれば,弁護士にご相談することを是非お勧めします。