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定年後再雇用の賃金カットのリスク

(質問)
 当社では、高年齢者雇用確保措置として、定年後再雇用を導入しています。
 当社の定年後再雇用では、1年ごとに更新する有期雇用契約にしており、勤務形態は、嘱託社員です。
 業務内容、業務内容及び配置の変更の範囲は、定年前と変わりありませんが、賃金は正社員の場合に比べて概ね3割減っています。
 このような運用で何かリスクはないでしょうか。

(回答)

1 定年後再雇用の労働条件
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律に基づいて、さまざまな高年齢者雇用確保措置が採られていると思われますが、中小企業においては、定年後再雇用の方法を導入している企業が多いものと考えられます。
そして、定年後再雇用においては、一般的に定年前よりも賃金が低減するケースが多いのではないかと思います。

2 労働契約法第20条のリスク
 労働契約法第20条は、簡単に言うと、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間で、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲、その他の事情を考慮して、不合理な労働条件の相違を禁止するルールです。しかし、この規程は、あくまでも不合理な労働条件の相違を禁止するルールであって、有期雇用労働者と無期雇用労働者の同一労働同一賃金を規定するものではありません。
 企業にとっては定年後再雇用の従業員の給料低減が労働契約法第20条違反となるリスクがあることは認識する必要があります。

3 裁判例
この点に関して、定年後に有期雇用契約の嘱託社員として再雇用する場合において、業務内容及び配置の変更範囲が定年前と定年後で変わらない場合には、特段の事情がない限り、賃金を正社員と異なる条件にすることは不合理であり、変更後の賃金の定めは、労働契約法第20条に違反すると判断した裁判例があります(東京地方裁判所平成28年5月13日判決)。
 これに対し、控訴審判決は、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは社会一般に広く行われていること、②年収ベースで賃金の差は2割程度であること、③企業の収支が大幅な赤字であったこと、④各種手当について工夫をしていたこと、⑤労働組合との団体交渉を行って、一定の労働条件の改善を行っていたことから、不合理な差異とはいえないと判示しています(東京高等裁判所平成28年11月2日判決)。
 簡単に言えば、地裁判決は、定年前と定年後の職務の内容等が同じであれば、特段の事情がない限り違法とするのに対し、高裁判決は、職務の内容等とその他の事情を総合的に考慮して違法かどうかを判断しており、判断の手法に相違点があると思われます。

4 回答
 貴社において、定年後再雇用の職員が定年前のときと、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲が全く同じであれば、その他の事情にもよりますが、労働契約法第20条に違反すると判断されて、定年前の賃金との差額を請求されるリスクがあります。
 貴社がかかるリスクを避けるためには、定年後に再雇用する従業員の職務内容等が定年前のものと異なるようにすることを工夫することなどが考えられます。
 他には、定年後の人材確保や従業員のモチベーションアップも考慮して、定年後再雇用ではなく、65歳定年制を採用するとか、定年後も含めた賃金制度を再設計することも考えられます。

競業制限リスク

(質問)
 当社は、退職した従業員が、当社のノウハウなどを使って競業を営んだり、ライバル会社に転職したりすると、当社の利益が侵害されるおそれがあると考えています。
 そこで、退職後、当社の事業と競業する会社への転職や事業を営むことを制限する合意書を締結したいと考えていますが、これはどのような場合に有効になるのでしょうか。
 また、この競業を制限する合意に違反した元従業員に対して、どのような措置が考えられますか。

(回答)

1 競業を制限できる範囲
 従業員には職業選択の自由がありますから、貴社がその従業員の退職後、貴社と事業が競合する会社に就職したり、事業を営まないとの誓約書や合意書さえ作成すれば良いということにはなりません。仮に、同業他社への就職等を今後一切禁止するという内容の誓約書や合意書を作っても、無効となるリスクが高いといえます。
 では、どの程度なら、退職従業員の競業会社への転職等を制限できるのでしょうか。
 この点が争われた裁判例では、一般的に、①競業避止義務を課す目的(必要性)、②従業員の退職前の地位、③競業が禁止される期間、職種、地域の範囲、④代替措置の有無や程度等の諸事情を考慮して、競業避止の合意の有効性を判断しています。
 あるケースでは、当該従業員が、店舗での販売方法や人事管理の在り方を熟知する重要な地位にあること、競業禁止期間が1年間であること等から、競業避止を定めた誓約書は有効であると判断されています。
 逆に、競業禁止期間が1年間であっても、地域や業務に限定がないこと、当該従業員の地位・職務、代替措置がないこと等から、競業禁止規定を無効と判断されたものもあります。 

2 競業行為の差止請求
 競業避止義務違反に対するもっとも直接的な対応としては、競業行為そのものをやめるよう請求することです。
 これについては、退職従業員が、競業関係にある新会社の取締役に就任した事案で、競業行為の差止めを認めた裁判例があります。
 もっとも、競業行為の差止請求は、退職者の職業選択の自由を直接制限するので、競業避止の合意がなされていることが前提で、かつ、その期間や範囲は相当程度限定されている必要があります。
 上記の裁判例も、競業避止期間が2年間という期間で、制限される業種も特殊な分野である事例であったことに留意する必要があります。

3 損害賠償請求
 競業行為をした元従業員や、競業会社に対して、損害賠償を請求することはできるでしょうか。
 法的な根拠としては、競業避止合意違反による債務不履行責任のほか、不法行為による損害賠償請求も考えられるところです。
 ただし、損害賠償請求といっても、元従業員の競業行為によって、具体的にいくらの損害が生じたのかという点は大きな問題です。
 理論的には、元従業員が競業行為をしていなければ得られたはずの利益と、現実に得られた利益の差額が損害ということになりますが、これを裁判で立証するのは一般的に極めて難しいといえます。

4 退職金の減額又は没収 
 退職従業員に対する競業避止義務違反への対応としては、退職金の減額や不支給も考えられます。これについては、就業規則か退職金規定に事前に定めを設けておく必要があります。
 もっとも、実際に減額や不支給が認められるかについては、当該退職金の性質、従業員の契約違反の程度、使用者が被った不利益等の個別具体的事情により、無制限に認められるわけではないことに留意すべきです。

5 回答 
 貴社は、就業規則等において、競業制限に係る一般的な規定を設けることで、競業に対する一般的な警告を行うことになります。
 次に、個別の誓約書において、当該従業員の地位、職務内容等を踏まえ、競業禁止期間や地域が相当程度限定された合理的な競業制限の合意を定めておけば、それに違反した元従業員に対し、競業行為の差止め、損害賠償が可能になる場合があります。
 また、退職金の減額又は不支給を、あらかじめ就業規則や退職金規程で定めておけば、それも可能になる場合があります。
 なお、個別の誓約書の例は、次のとおりです。

 誓約書
(例)
 私は、次の行為を行わないことを誓約します。
 ⑴ 退職後1年間、私が在職中に担当した○○市内における貴社の顧客に対して、貴社の行う事業と同一若し  くは類似のサービス又は商品の勧誘、受注等を行い、又は、第三者にかかるサービス又は商品の勧誘、受注  等を行わせること。
 ⑵ 退職後、1年間、○○市内において、貴社の事業と競合する事業につき、私が貴社で担当した事業と同一  若しくは類似の事業を自ら直接又は間接に行い、又は貴社の事業と競業する事業を行う法人又は個人事業と  の間で労働契約、委任契約若しくはこれに準ずる契約を締結すること。

従業員の退職と競業避止義務について

(質問)
 昨年、当社に長年勤務してきた従業員Aが退職したのですが、先日、取引先からの情報で、Aが当社のライバル会社に転職したことがわかりました。
 当社での経験を利用して、当社の利益に反する行為をするのは、恩を仇で返すようなもので許せません。
 Aの行為は違法ではないのでしょうか。

(回答)

1 退職従業員の競業避止義務 
 就業規則には、従業員の在職中の競業を禁止する規定があるのが通常ですが、仮に就業規則に規定がなくても、従業員には競業避止義務があると考えられています。労働者には、労働契約から生じる信義則上の付随義務として、使用者と利益相反する行為を差し控える義務があると解されるからです。
 もっとも、退職後は、使用者との契約関係がなくなり、逆に、元従業員には職業選択の自由があるわけですから、当然には競業避止義務は生じません。今回のケースでは、ライバル会社に就職しないこと等を内容とした誓約書や合意書を作っておく必要があったといえます。

2 競業を制限できる範囲
 元従業員には職業選択の自由がありますから、誓約書や合意書さえ作ればそれでよい、ということにはなりません。仮に、同業他社への就職を今後一切禁止するという内容の誓約書や合意書を作っても、無効となる可能性が非常に高いといえます。
 では、どの程度なら、退職従業員の競業を制限できるのでしょうか。
 この点が争われた裁判例では、一般的に、①競業避止義務を課す目的(必要性)、②従業員の退職前の地位、③競業が禁止される期間、職種、地域の範囲、④代替措置の有無や程度等の諸事情を考慮して、競業避止の合意の有効性を判断しています。
 大手家電量販店のケースでは、当該従業員が、店舗での販売方法や人事管理の在り方を熟知する重要な地位にあること、競業禁止期間が1年間であること等から、競業避止を定めた誓約書は有効であると判断されています。
 逆に、競業禁止期間が1年間であっても、地域や業務に限定がないこと、当該従業員の地位・職務、代替措置がないこと等から、競業禁止規定を無効と判断したものもあります。 

3 競業避止を定める際のポイント 
 様々な事例をみる限り、「競業禁止の期間が1年程度であれば有効」などといった単純な基準はなく、事案に応じて総合的に判断するしかありません。
 ポイントは、客観的にみて、元従業員の職業選択の自由を制限してまで競業を禁止する必要性が会社にあるか、制限の度合いが職業選択の自由との兼ね合いでバランスが取れているか、ということです。
 たとえば、ある程度重要な地位を有する従業員であっても、会社の市場が岡山県内に限定されていて、他府県への進出する具体的な計画もないのであれば、他府県を市場とする同業他社への転職を禁止する合理性は、通常、認められないでしょう。 
 今回のケースのように、有効な競業避止条項を事前に定めていない場合、退職後に競業行為が発覚しても対抗措置を取ることは困難です。お困りの際は弁護士にご相談ください。

遺産の範囲をめぐる争いについて

(質問)
 父が残した遺産について、兄弟で遺産分割の協議をする必要があるのですが、父名義の土地の分割のことで話が進みません。長男が、土地の購入資金を出したのは自分であり、土地は自分のものだと言い張っているからです。私はどうすればよいでしょうか。

(回答)

1 遺産の範囲をめぐる争い 
 特定の財産が遺産に該当するのか否かということは、しばしば問題となります。
 不動産については、登記簿上の所有名義と実際の所有とは必ずしも一致しませんし、預貯金などでも同様の問題が生じ得ます(預金名義が被相続人であっても、実質的には他人の預金であることもありますし、その逆もあります)。
 遺産分割の方法としては、①相続人間の協議、②遺産分割調停を利用した協議、③調停がまとまらない場合に家庭裁判所が分割内容を決める遺産分割審判、の3つがありますが、今回の事例のように、遺産をどう分割するか以前に、遺産に該当するのか否かに争いがある場合、どうすればよいでしょうか。
 結論としては、遺産の範囲に争いがある場合でも、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立て、調停がまとまらない場合は、遺産分割審判を求めるができます。審判手続においても、家庭裁判所は、遺産分割の前提としての遺産の範囲を判断できると判示した最高裁判例があるためです。

2 審判手続と訴訟手続の違い 
 ところで、家庭裁判所は、遺産分割審判の前提問題として、特定の財産が遺産に含まれるのか否かを判断することができますが、この判断には、既判力が生じないと解されています。既判力とは、裁判所の判断に生じる拘束力のことです(民事訴訟の判決には既判力があります)。
 既判力が生じないということは、遺産分割審判とは異なる判断を求めて、別に民事訴訟を提起することができるということです。今回のケースでいうと、被相続人名義の土地が遺産に含まれるという判断を前提とした遺産分割審判が確定しても、後から、当該土地が遺産に含まれない(長男の所有である)ことの確認訴訟を提起することができます。
 そして、民事訴訟で、当該土地は遺産に含まれないという判断がなされた場合、そちらが優先され、先の遺産分割審判は無効となってしまいます。

3 実務での取扱い 
 上記のように、せっかく審判手続で遺産の範囲について判断しても、後から民事訴訟で覆されると意味がありません。そこで、実務上、家庭裁判所は、遺産の範囲に深刻な争いがある場合には、調停手続や審判手続を一時停止して、訴訟による確定を求めるのが一般的です。
 そのため、今回のケースでも、話し合いによる解決が難しい場合、訴訟提起して、まず遺産該当性の問題に決着をつけることが必要になってくるでしょう。
 今回お話した問題は、相続人の該当性、遺言の有効性、特別受益や寄与分の存否のような遺産分割の前提問題にも同様に当てはまります。お困りの際は弁護士にご相談ください。

債務の相続と遺産分割協議について

(質問)
 先日、父が亡くなりました。母は既に亡くなっているため、相続人は私と兄の二人です。
 遺産は、積極財産としては自宅の土地建物があるのみで、借入債務が1000万円ありました。不動産は先祖伝来のものだったので兄が相続し、その代わり、債務もすべて兄が相続するという分割協議書を作りました。
 ところが、その後、債権者から私に対して、借入債務の半分の500万円を支払えと請求が来ました。私は兄との分割協議を理由に請求を拒めるのでしょうか。

(回答)

1 債務の相続と遺産分割協議 
 遺産分割の対象は積極財産であり、原則として債務は分割の対象にはなりません。被相続人の有していた金銭債務は、相続人が相続放棄などをしない限り、相続分に応じて当然に分割承継されると解されています。
 この点、債務も相続財産であることに変わりはないので、これを遺産分割の対象財産に取り込んで分割協議をすることはできます。
 しかし、法定相続分と異なる債務の分割をしても、その部分については、いわゆる免責的債務引受に該当しますので、債権者には対抗できません(免責的債務引受には債権者の承諾が必要です)。
 今回の事例の遺産分割協議も、弟が法定相続分に従って承継した500万円の債務を兄が免責的に引き受けるというものであり、債権者には対抗できません。
 ただし、このような合意も相続人の内部関係では有効です。相談者は、債権者に債務を弁済した場合、兄に対して求償することができます。

2 遺言による相続分の指定  
 さて、金銭債務は、相続開始と同時に相続分に応じて当然に分割されるとしても、遺言によって、法定相続分と異なる相続分の指定があった場合はどうなるのでしょうか。例えば、今回の事例で、兄に5分の4、弟に5分の1の遺産を相続させるという遺言があった場合などです。
 この場合も、共同相続人間の内部関係では、各相続人は、遺言による指定相続分の割合で相続債務を承継しますが、債権者には相続分指定の効力は対抗できないと解されています。
 その一方で、判例は、債権者の方から、各相続人に対して、指定相続分に応じて債務の履行を請求することも妨げられないとしています。
 そのため、上記の事例では、①相続人の内部関係では兄が800万円、弟が200万円の債務を負担することになるが、債権者から、法定相続分に従って各500万円ずつ請求された場合には、これを拒むことはできない。②ただし、債権者の方から指定相続分に応じて兄に800万円、弟に200万円の請求をすることもできる(兄は法定相続分を理由に500万円しか支払わないとは主張できない)、ということになります。
 以上のように、金銭債務の相続は、相続人の内部関係と債権者等の外部関係を分けて考える必要があるなど、法律関係が意外と複雑ですので、お困りの際は弁護士にご相談ください。
 

ネットを使った虚偽・誇大広告は違法?

(質問)
 ネットショッピングをしていて気になったのですが,「「このお茶を飲むだけで10キロやせます」といった表示をしてもいいのですか?

(回答)

1 ネットを使った虚偽・誇大広告 
 誇大広告等の禁止については,特定商取引法第12条の次のとおり規定されています。
 「事業者は、通信販売をする場合の商品・サービス等の提供条件について広告をするときは、サービスの性能・内容、クーリングオフ・契約解除についての特約や、その他の経済産業省令で定める事項について、著しく事実に相違する表示をしたり、実際のものよりも著しく優良であったり、有利であると人を誤認させるような表示をしてはならない。」
 今回の相談のケースは,「著しく事実に相違する表示」や「実際のものより著しく優良であり,もしくは有利であると人を誤認させるような表示」にあたる疑いが強いです。
 経済産業省が事業者に表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることがあります。これに答えることができなければ,「著しく事実に相違する表示」や「実際のものより著しく優良であり,もしくは有利であると人を誤認させるような表示」であるとみなされます。
 虚偽・誇大広告の表示をした販売業者は100万円以下の罰金や業務停止命令の対象となります(15条,72条3号)。

2 一般の消費者が基準 
 他にはどのような表示があるかというと,すでに新型ではなくなっているパソコンを最新機種と表示したり,実際に農林水水産省と関わりがないのに農林水産省認定と表示したり,偽物を有名ブランドの商品であるかのように誤審させるような表示が考えられます。
 ただし,このような表示が必ず違法であるというわけではありません。前述のとおり,「著しく」に該当するかがポイントです。
 商品を購入する方も多少の誇張がなされているかもしれないことは予想できると思いますが,「著しい」と定められているのは,そのような通常の場合を超えた「著しい」場合のみ違法となるという意味です。
 著しいか著しくないかという判断は,具体的には,個々の広告について判断されますが,例えば,一般の消費者が広告に書いてあることと事実とが違うことを知っていれば,当然,契約することはないような場合は,「著しい」といえます。
 つまり,特定商取引法は,訪問販売など消費者トラブルを生じやすい特定の取引類型を対象に,トラブル防止のルールを定めて,事業者による不公正な勧誘行為等を取り締まることにより,消費者取引の公正を確保するための法律ですので,消費者の目線が基準となります。
 同じように,「誤認するような表示」かどうかの判断も,一般消費者からみて誤認するかどうかを基準とします。

3 契約の解除や取消し 
 虚偽広告や誇大広告を信じて商品を買ってしまった場合,契約の解除や取消しはできるのでしょうか。
 販売業者が故意に虚偽の事実を表示して,消費者を騙して商品を購入させたような場合は,詐欺に当たりますので,取り消すことができます。
 また,ケースによっては,消費者契約法による取り消しも考えられます。
 具体的な事案によって異なりますので,弁護士にご相談ください。

作業効率の大変悪い従業員の解雇の際の注意事項

(質問)
 当社には、作業効率が大変悪く、業務のボトルネックになっている従業員Yがいます。
 他の従業員もYと一緒に仕事をしたがらないどころか、Yがいることで、他の従業員のモチベーションも下がっているようです。
 そこで、当社としては、Yを解雇したいのですが、注意すべき点は何でしょうか。

(回答)

1 退職勧奨が無難だが
 最近、中小企業の担当者から、採用した従業員の中に非常に業務遂行能力が著しく劣っているとか、指示されたことしかやれないといったぼやきを聞くことがあります。
 中小企業とすれば、限られた人員で業務をやりくりしていかなくてはいけないので、業務遂行能力が著しく劣っている従業員については、辞めてもらいたいというのが偽わらざる本音でしょう。そのような場合に最も無難な手段は、退職勧奨を行って本人から退職してもらうことです。
 しかし、一般的に、そのような従業員に限って、退職金の加算などを提案しても、退職勧奨に応じてもらえないことが多いようです。

2 無理な解雇は禁物
 この種の相談を受けていると、中小企業経営者の中には、こういう時のために普通解雇事由で「作業能率が不良のとき」と掲げているのだと、就業規則を持ち出して来られるケースがあります。
 しかし、就業規則で上記のように定められていても、すぐに解雇して良いわけではありません。解雇には客観的な合理的理由と社会通念上の相当性が必要ですから、作業能率が著しく悪いという抽象的な理由で解雇すると、解雇権を濫用したとして、解雇の無効を主張されてしまうリスクが高いことになります。

3 解雇回避努力が重要 
 会社が有効に解雇をするためには、その前に、解雇回避努力を講ずることが必要です。例えば、勤務成績不良を理由とした解雇が有効と判断された裁判例では、従業員を解雇するに当たり、事前に、作業内容がより単純な場所への配置転換や、作業指示、作業結果、作業態度の日誌への記録とそれを基にした指導監督、さらには、当該従業員のみ勤務時間をずらすなどの、さまざまな措置が講じられていました。
 このように、会社が解雇を有効に行うためには、そのプロセスにおいて、解雇を回避するために会社としてできるだけのことを行わなければならないのです。

4 回答 
 貴社は、Yの作業効率がどれくらい他の従業員と比較して悪いのかを数値的なデータで示せないかを検討すべきです。
 また、作業内容がより単純な業務はないか、作業効率向上のための教育、指導等の解雇回避努力を行った上で、それでも是正されない場合に解雇を検討すべきです。
 Yが解雇を無効だと主張し、いわゆる合同労組などに駆け込んでしまうと、争いは泥沼化していきます。
 貴社は、問題のある従業員への対応は、とりわけリスクが高いものとして取り扱い、慎重を期す必要があります。

採用内定の取消しのリスク

(質問)
当社は、Yに採用内定を出しました。
しかし、その後、Yの研修態度を見ていると、協調性がなく、態度も悪いので、内定を取り消したいと考えていますが、可能でしょうか。 

(回答)

1 採用内定の法的性格 
 中小企業においても、新卒者を採用する場合、在学中に採用内定を出しておいて、卒業後に採用するという方法を取ることが一般的です。 
ただ、企業からすれば、採用内定から実際の採用時まで時間が空くので、その間にさまざまな事情が生じ、採用内定を取り消したいと考えるようになることもあり得ます。
 採用内定の法的性質について、判例は、始期付解約権留保付の労働契約であるとしています(最高裁判所昭和54年7月20日判決)。この場合の始期とは、学校卒業後の就労開始時期のことです。また、解約権留保権付とは、会社と新卒者に解約権が留保されているということです。

2 採用内定の取消リスク 
 ここで重要なのは、採用内定によって、労働契約が既に成立しているという点です。そして、貴社の解約権の行使が適法と認められるのは、判例によれば、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的で社会通念上相当と是認できる」場合です。
 中小企業によっては、解雇とは異なり、内定取消を比較的安易に行ってしまうリスクがあるので、この点の注意が必要です。

3 採用内定を取り消せる場合 
 貴社は、Yが協調性がなく、態度が悪いので採用内定を取り消したいとのことですが、この理由はやや主観的、抽象的な理由であるように思われます。業務に支障が出る程度の具体性をもった理由でなければ、客観的に合理的で社会通念上相当な理由とはいい難いと考えます。
 例えば、履歴書に虚偽記載をしており、その内容や程度が重大であることから、従業員としての適格性に問題があることが判明した場合や、学校を卒業できなかったり、病気になったりして働くことができなくなった場合などはこれに当たるでしょう。
 中小企業とすれば、大企業にも増して、会社の将来を担う人材を早期に、そして確実に確保したいと考えるのは当然です。しかし、一方で、焦って採用内定を出してしまうと、それを後で取り消せないというリスクに陥ってしまいます。
 そのリスクを防ぐためには、景気予測や退職者数の予測と、次年度の貴社の事業計画の見通しを十分に行いつつ、的確な採用計画を立てて、過不足のない合理的な採用内定を出す必要があります。

4 回答 
 貴社としては、Yについて、抽象的に協調性がないとか、態度が悪いという理由だけでは、内定取消しが認められないといわざるを得ないので、Yと十分協議の上、内定辞退か内定取消しの合意に持っていくべきです。

免許取消処分の従業員を解雇の可否

(質問)
 当社の従業員は、勤務時間外に飲酒運転をして、第一種運転免許の取消処分を受けました。この従業員は営業職で、自動車を運転できなければ営業の業務ができません。 
 当社は、この従業員を解雇することはできるでしょうか。

(回答)

1 飲酒運転の厳罰化
 中小企業では、大企業と同様、営業に力を入れている会社が多いように思われます。卸売・販売業では、従業員の大半が営業職員である会社も珍しくありません。そこで、従業員が免許取消処分により、自動車での営業ができなくなると、会社にとっては、その従業員は不要ということになります。

2 ポイントは「格別高度の専門性」 
 職種を営業職に限定して採用した従業員が、免許取消処分によってもはや業務ができなくなった場合は、この従業員は、契約上の業務の履行ができないと言わざるをえません。
 しかし、タクシー運転手の職務に必要な普通自動車二種運転免許を喪失したとしてなされた普通解雇が争われた訴訟において、採用した職種が一定の資格を求めるようなものであっても、格別高度の専門性を有しないものであれば、解雇できないと判断した裁判所があります(東京地方裁判所平成20年9月30日判決)。そして、「格別高度の専門性」がある資格としてこの裁判例で例示されているのは、税理士、弁護士、医師等です。すると、普通自動車第一種免許は「格別高度の専門性」がある資格とまでは言えないでしょうから、ご質問のケースでは、貴社は免許取消処分を受けた従業員を解雇できないことになります。

3 就業規則に記載があった場合はどうか。
 会社において、たとえ、就業規則の懲戒解雇の事由として、「酒酔い運転又は酒気帯び運転をしたとき」と記載されていたとしても、プライベートでの飲酒運転で、会社の信用低下等の実害が生じていない場合には、やはり懲戒解雇は認められないと考えられます。

4 回答
 貴社の営業職従業員が自動車の運転を必要不可欠とするとしても、自動車の運転免許は格別高度の資格とはいえないので、解雇することは相当のリスクがあります。
 貴社としては、当該従業員に対し、自動車に乗らなくても営業ができる他の会社への転職を勧めることも検討すべきです。

懲戒処分にあたる事由

(質問)
 当社では、従業員が就業規則に反する行動を行ったため、懲戒処分を考えているのですが、具体的にどのような場合が懲戒処分に当たるのでしょうか。

(回答)

1 適切な懲戒処分を行わないリスク
 中小企業においても従業員が非違行為、すなわち、企業の規律、秩序に違反する行為を行うことは多々あります。
 中小企業は、従業員が非違行為を行った場合に、人間関係の悪化を恐れて、なあなあで済ませていることも多いと思われます。
 しかし、このやり方は、他の従業員もこれくらいのことをやっても許されると思ってしまい、職場の規律がなくなってしまうことや、非違行為を行った当該従業員がまた同じか、より重大な非違行為を行った場合に、解雇といった重大な懲戒処分を行いにくくなるという重大なリスクにつながります。

2 懲戒処分の根拠
 まず、懲戒処分を行うときは、就業規則の根拠の規定が必要となります。就業規則の懲戒事由の規定については、なるべく懲戒事由を具体的かつ網羅的に記載するとともに、労働者がいくら非違行為を行っても、それが懲戒事由に該当しない限り、懲戒処分を行うことはできないため、就業規則の懲戒事由として「その他前各号に準じる行為をした場合」といった一般条項を定めておくことが重要です。
 懲戒処分については、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、懲戒権を濫用したものとして、当該懲戒を無効とする旨が労働契約法第15条に規定されています。
また、解雇についても同様の規定があります(同法第16条)。

3 懲戒処分の合理性 
 これは、従業員の非違行為が就業規則に規定された懲戒事由に該当することです。このとき、単に形式的に懲戒事由に該当するだけでは足りず、実質的に企業の規律、秩序に違反することが要求されます。

4 懲戒処分の合理性・相当性
 実務上よく問題となるのが、懲戒処分の合理性・相当性です。
 これは、当該非違行為等との関係で懲戒処分が重要でないことと、本人に弁明の機会を与えるなど適正な手続を採っていることが要求されます。
 中小企業の経営者の中には、「従業員がこんな問題行動をしたのだから、クビは当たり前だ」と考える方もいらっしゃいますが、懲戒処分の合理性・相当性については、裁判例においては厳しく判断されています。
 懲戒解雇においては、使用者側と労働者側の利害が著しく対立し、労働者側から解雇無効確認の訴訟や、労働契約上の地位保全の仮処分申立てなどを提起されるほか、行き場のなくなった労働者が労働組合に駆け込むといったリスクも考えられます。

5 懲戒解雇が認められる場合と裁判所の姿勢
 従業員の一回限りの非違行為で懲戒解雇が認められるのは、相当重大な非違行為(会社財産の着服など)に限られ、その程度に至らない行為については、始末書の提出、減給処分、出勤停止処分などの段階を踏んだ上で、ようやく懲戒解雇を検討できることになります。
 あくまでも私見ですが、裁判所の懲戒解雇の相当性の認定は使用者側に厳しい感じがします。従業員がある程度の非違行為を行っても、使用者側が指導教育を怠ったことが非であるかのような論理の判決もあります。 
 中小企業に限らず、企業は労働関係で訴訟等を提起されることは、判決の予測不可能性のリスクから、それ自体が失敗であることを認識すべきです。

6 回答
 どのような事由が懲戒事由に当たるかということですが、実務上よく問題になるものとして、例えば、横領等の犯罪行為、重大な経歴詐称、業務命令違反、職場規律違反等多岐にわたります。