投稿者「kobayashi」のアーカイブ

離婚と法律

(質問)
 妻との離婚を考えているのですが、どのような法的問題があるのでしょうか?

(回答)

1 財産の問題
民法では,夫婦別産制を定めています。すなわち,婚姻前に夫婦の一方が取得した財産及び婚姻中に夫婦の一方が自己の名義で取得した財産(例:相続で取得した財産,以下「特有財産」といいます。)は,あくまでその人の財産であり,他方がその財産について権利を有するということはありません。ただ,婚姻後,夫婦で共同生活を営んでいると,夫婦のいずれに属するのかが明らかでない財産というものがどうしても出てきてしまいます。これについては,夫婦の共有財産であると推定されます。
 さて,日本では,夫が外で稼働し,妻が専業主婦として家事労働に従事するという形態が多く見られます。この場合,夫が稼働して得た給与やこれを蓄えた預貯金等(以下「給与等」といいます。)は,夫が会社との雇用契約に基づき得た財産であるとして,夫の特有財産になるのでしょうか。これについては,家庭裁判所の実務上,原則として,夫婦が協力して給与等の財産を形成したのであり,財産形成に対する貢献の程度は,夫婦平等であるとされています。そのため,夫の給与等は,実質的には夫婦の共有財産とされます。
 このように,夫婦の婚姻中に形成された財産は,原則として,夫婦が協力して形成したとして,夫婦の共有財産とされます。そのため,離婚時は,夫婦共有財産をどのようにすべきかを決めなければなりません。これが,「財産分与」の問題(夫婦財産の清算の問題)です。
 財産分与では,夫婦共有財産の清算のほか,離婚後の扶養という要素も加味されます。
 まず,夫婦共有財産の清算ですが,先に述べた考え方により,夫婦は,婚姻後に形成した財産に対して,原則として,相互に2分の1の権利を有します(家庭裁判所の実務)。そのため,財産分与では,夫婦共有財産を等分に分けることで解決を図るケースが多いといえます。このように申しますと,ずいぶんと簡単なことだと思われるかもしれませんが,実際は,夫婦の一方が夫婦共有財産を管理しており,もう一方はそれがどこに,どの程度存在しているかが全く分からないため,適正な財産分与ができない(財産を隠しているとの疑いがある),不動産や自動車などが夫婦共有財産である場合,これらをどのように評価すべきかが難しいなど,様々な問題が発生します。
 次に,離婚後の扶養ですが,婚姻中,夫婦の一方が家事に専念する等の理由で仕事をしていない場合,離婚後,かかる配偶者が,就職するなどして経済的に自立できるまでには時間を要します。そこで,仕事等をしている配偶者は,そうでない配偶者が経済的に自立するまでの間の生活費を負担すべきである(財産分与)と考えられています。もっとも,実務では,夫婦共有財産の2分の1の額で,仕事等をしていなかった配偶者が生活できるのであれば,扶養を考慮した財産分与をする必要がないと判断されることも多くあります。
 このような財産分与につき,離婚時(後)に,夫婦で話し合うことになるのですが,話し合いがまとまらない場合,家庭裁判所に調停又は審判を申立て,第三者を交えた話し合いがなされます。
 なお,財産分与は,離婚後,2年以内にしなければならないという制約があります。

2 慰謝料
夫婦が円満に離婚するのであればよいのですが,夫婦の一方が婚姻の破綻原因を作って離婚する場合は,その離婚原因がなければ離婚しないですんだ他方に対し,離婚することに対する慰謝料を支払う必要があります。
 慰謝料が発生する典型的なものは,不貞行為です。ほかにも,暴力や暴言等があります。
 ただ,夫婦の一方が他方に対して離婚に伴う慰謝料を請求したとき,相手方が素直に応じれば良いのですが,そうでなければ,裁判を起こすしか方法がなくなります。ただ,離婚原因がいずれにあるのかを判断するのは難しく,また,不貞行為等の離婚原因があったとしても,その証拠を取得するのが難しいときもあります。
 そこで,慰謝料に関して話し合いの場を持ち,お互いに譲り合いながら,一定の金額で折り合いを付ける(和解する)ことも多く見られます。

3 公正証書
離婚に関する諸条件につき,当事者間で合意が整った場合,その内容を書面で明らかにすることが非常に重要です。そうしなければ,当事者の一方が合意を反故にしたとき,他方当事者がこれに対抗する手段がない等しいからです。
 そして,書面を作成する場合は,これを公正証書にすることをお勧めいたします。公正証書を作成するには手数料が必要ですが,公証人が書面に記載すべき内容をある程度を整理してくれますし,何より,公正証書の中に強制執行を受諾した旨を記載すると,裁判を経ずとも強制執行が可能になるという大きなメリットがあるからです。

未成年者による契約の取消について

(質問)
未成年の息子が、久々に旧友に会い、いい儲け話があると言われ、学生ローンを組んで勝手に契約し、高額な商品を購入してしまいました。契約を取り消すことは可能でしょうか。

(回答)

1 未成年者は契約を取り消せる?
民法では,未成年者,つまり20歳未満の者は,判断能力が未熟だと考えられて,行為能力,つまり法律行為を自分1人で確定的に有効に行うことができる資格が制限されています。
 具体的には,未成年者が契約などの法律行為をするには,原則として,保護者である法定代理人の同意が必要とされています。そして,未成年者が法定代理人の同意を得ずに法律行為をした場合,当該未成年者とその法定代理人(以下「未成年者等」といいます。)は,法律行為を取り消すことができます。
 法律行為の取消しは,未成年者等が,相手方に対して法律行為を取り消すとの意思表示をすることによって行います。取消しの意思表示は口頭でも有効ですが,意思表示の有無をめぐって後々争いになるのを防止すべく,書面で行った方が安全でしょう。書面を郵送する際は,内容証明郵便で郵送するのが一番確実ですが,多少費用がかさみますので,費用を抑えようと思えば,送付した書面の写しをとった上で,特定記録か書留で郵送することをお勧めいたします。

2 未成年者取消権の効果
法律行為を取り消すと,法律行為が初めから無効であったものとみなされます。そのため,例えば,未成年者が売買契約を取り消したとすると(買主が未成年者),未成年者は,相手方から支払い済みの売買代金の返還を受けることができます。他方,未成年者は,相手方に対し,商品を返還する必要があります。
 なお,未成年者保護の観点から,未成年者は,受け取った商品を「現に利益を受けている限度」で返還すれば足りるとされています。そのため,未成年者が商品の一部使用していたとしても,使用済みの商品を返還すればよいことになります。

3 未成年者であれば誰でも契約を取り消せる?
では,未成年者であれば,無条件でどんな契約でも取り消せるのでしょうか。実は,未成年者が行った契約のうち,いくつか取り消せない場合があります。
① 未成年者が権利を取得するだけか,義務を免れるだけの契約は取り消すことができません。例えば,未成年者が債務免除を受ける場合などです。この場合は,未成年者にとって有利になることはあっても,不利益になることはないからです。
② 法定代理人から処分を許された財産の処分です。例えば,教材を購入するようにと渡された金銭で教材を購入した場合や,お小遣いのように,未成年者が自由に使用することを許された金銭で商品を購入したような場合です。
③ 未成年者が,法定代理人から営業を許された場合は,その営業に関する法律行為は単独で有効に行うことができます。営業を許されたとしても,営業に関する法律行為を単独で有効にできなければ,営業を許された意味がないからです。
④ 未成年者が結婚をしている場合は,成年とみなされますので,未成年を理由とした法律行為の取消しはできません。
⑤ 未成年者が,自己に行為能力がある(成年に達している)と信じさせるために詐術を用いた場合には,契約を取り消すことはできません。このような未成年者は,保護に値しないからです。

4 いつまで取消権を行使できる?
取消権には,行使期間の制限が設けられています。すなわち,未成年者による取消権は,「追認をすることができる時」,すなわち成年に達したときから5年間行使しないと時効によって消滅するとされています。また,「行為の時」から20年を経過したときも同様とされています。
 取消権行使に期間制限があることには注意が必要です。

5 成年年齢の引き下げ
皆様もご存じのことと思いますが,成年年齢を20歳から18歳に引き下げるとの法律は既に成立しており,2022年4月1日から施行されることになっています。そのため,2022年4月1日の時点で,18歳以上20歳未満の方は,その日に成年に達することになります。
 これにより,18歳,19歳の方であっても,親の同意を得ずに,様々な法律行為をすることができるようになります。
 なお,2022年4月1日より前に18歳,19歳の方が親の同意を得ずに締結した契約は,施行後も引き続き,取り消すことができます。

成年後見制度とは

(質問)
私の父親は最近、認知症の症状が出始めてきました。成年後見制度を利用したいのですが、どのような制度ですか?

(回答)

1 認知症の方が行った契約も有効?
 高齢者が,認知機能の低下により,不必要な契約を締結してしまうというケースはよく見られます。後になってご家族が契約に気付き,これを取り消そうとしても,業者が応じてくれず,結局,代金を支払わざるを得なくなったということもよくある話です。
 認知症の方が行った契約は,法的に有効といえるのでしょうか。
契約が有効に成立するには,「意思能力」が必要とされています。意思能力とは,自らの行為の利害得失を判断する能力のことです。一般的に,7歳から10歳程度の者の知力とされています。
そのため,認知症であっても,その方に意思能力があれば,契約は有効になります。逆に,意思能力がなければ,契約は無効となります。
仮に,認知症の方が締結した契約を無効にしたい場合,認知症の方に意思能力がなかったことを証明しなければなりません。この証明は,医師の診断書や締結した契約の内容,契約締結時の状況等,様々な資料を用いて行うことになりますが,過去のある時点において,意思能力がなかったことを証明するのは,非常に難しいと言わざるを得ません。
そこで,このような事態を避けるべく用いられるのが,成年後見制度です。

2 (法定)成年後見制度
 成年後見制度とは,精神上の障害等により,判断能力が十分でない者を保護すべく,その者の行為能力(法律行為を1人で確定的に有効に行うことができる資格)を制限し,これらの者が単独で法律行為をした場合にこれを取り消しうるものとした制度です。
成年後見制度には,次のような種類がございます。
①成年被後見人
成年被後見人とは,精神上の障害によって判断能力を欠くことが普通の状態である者をいいます。
後見が開始すると,成年後見人は,被後見人の財産行為全般について代理権を有します。被後見人が常時判断能力を欠く状態にある以上,財産行為全般において後見人の援助が必要と考えられるためです。
もっとも,被後見人の自己決定権に対する配慮から,被後見人は,日用品の購入その他日常生活に関する事項(以下「日常生活に関する事項」といいます。)については自由に行うことができます。
後見人は,日常生活に関する事項以外で被後見人が行った法律行為につき,取消権を有します。そのため,例えば,被後見人が,高額な貴金属等を購入したとしても,後見人はかかる売買契約を取り消すことができるのです。
②被保佐人
被保佐人とは,精神上の障害によって判断能力が著しく不十分である者をいいます。
保佐が開始すると,保佐人は,法律上定められた重要な財産に関する行為(以下「重要な財産行為」といいます。)につき,同意権を与えられます。つまり,重要な財産行為を被保佐人が有効に行うためには保佐人の同意が必要となり,保佐人の同意なくして当該行為を行った場合は,保佐人及び被保佐人はこれを取り消すことができます。
重要な財産行為は,全部で9個ありますが,主立ったものをあげますと,借財又は保証をすること,不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること(不動産の売買に限らず,不動産に抵当権を設定すること等も含まれる。),相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること,新築,改築,増築又は大修繕をすること等があります。
また,保佐人は,当然には被保佐人の代理権を有するものではありませんが,被保佐人の保護の必要性に応じて,保佐人に代理権を付与することもできます。
③被補助人
被補助人とは,精神上の障害によって判断能力が不十分である者をいいます。
補助は,後見や保佐の場合とは異なり,補助人に付与される同意権や代理権の範囲が法律で定められていません。そのため,補助の申立てを行う際に,補助人に付与してほしい同意権や代理権の範囲を具体的に示す必要があります。

3 成年後見制度の利用の仕方
成年後見制度を利用するには,本人(被後見人,被保佐人,被補助人となるべき者)の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てをすることが必要です。申立ができるのは,本人,配偶者,四親等内の親族等です。
申立をするにあたっては,裁判所備付けの申立書に必要事項を記入するほか,戸籍やご本人の診断書等,いくつかの資料を添付する必要があります。
費用は,家庭裁判所に納める収入印紙や切手代等(1万円弱)のほか,精神鑑定の鑑定料が必要です。鑑定料は,ケースによって異なります。
後見等の開始を申し立てるときは,申立書に,後見人等の候補者を記載することができます。裁判所は,候補者が後見人等になることに問題がないと判断すれば,その者を後見人等に選任します。ただし,候補者が被後見人等のご家族である場合において,その者が後見人になることに反対する親族がいらっしゃったり,管理すべき財産が多額であったりすると,裁判所は,専門家を後見人に選任することが多いといえます。
後見人は,本人の意思を尊重し,かつ本人の心身の状態や生活状況に配慮しながら,財産を適正に管理し,例えば施設への入所契約等,必要な代理行為を行います。そして,それら代理行為の内容を記録すると共に,定期的に家庭裁判所に報告しなければなりません。これらの仕事は,ご家族も行うことができますが,事務の繁雑さや不正防止等の観点から,弁護士等の専門家に依頼されることをおすすめします。

年次有給休暇の取得の義務化について(平成31年4月1日~)

(質問)
平成31年4月1日から、有給休暇の取得が会社に義務付けられると聞きました。会社はどんなことをしなければならなくなるのでしょうか。

(回答)

1 年次有給休暇の取得が義務に
厚生労働省の調査によると、平成30年の日本の有給取得率は平均51.5パーセント。大手旅行代理店の調査では、3年連続で世界最下位の取得率となっており、その取得率の低さが問題視されて来ました。
そのような状況を受け、今般、働き方改革の一環として、有給休暇の取得促進のため、年次有給休暇の取得が義務化されることになりました。この義務は、平成31年4月1日から、すべての企業に対し課せられることになります。

2 会社はどのような義務を負う?
 まず、会社は、従業員に対し、年次有給休暇を付与した日(基準日)から1年以内に、取得時季を指定して、5日の有給休暇を取得させなければならないことになりました。これまで有給休暇は従業員からの請求によって付与するものでしたが、今回、新たに、5日については会社から付与することが義務となったのです。この時、会社は、従業員に対し、取得時季についての意見を聴取しなくてはなりません。
また、時季指定の対象となる従業員及び時季指定の方法を就業規則に記載すること、年次有給休暇管理簿を作成し3年間保存することも義務付けられました。
なお、この制度の対象となるのは、年次有給休暇が10日以上付与される従業員です。管理監督者や有期雇用労働者も含まれるため、注意が必要です。

3 義務違反には罰則も
 これらの義務に違反した使用者は、労働基準監督署の指導を受けることになります。また、有給休暇を取らせなかった従業員1人あたりにつき、使用者に対し30万円以下の罰金を科す規定も設けられています。
そのため、有給休暇の取得を拒否する従業員がいる場合、会社としては、業務命令を発し、強制的に有給休暇を取得させることが必要となります。
また、今回の制度は、従業員に有給休暇を現実に取得させることまでを求めています。そのため、使用者が時季指定を行ったにもかかわらず従業員が勝手に出勤した場合でも、使用者の法律違反となってしまいます。従業員が業務命令に従わず出勤した場合の対処として、懲戒処分を考えることもありうるでしょう。

4 義務化への備え
 このような制度への備えとして、会社には、従業員ごとに有給休暇の消化日数をしっかりと管理することが求められます。まずは従業員(特に管理職)に対し新しい制度を周知し、管理しやすい制度を整えることが大切です。
また、業務への影響を最小限に留めるためには、計画的付与の制度を導入するなど、有給休暇の運用のあり方を改めて検討することも必要となります。例えば、業務の繁閑に差がある企業であれば、閑散期の年休消化を促進し、繁忙期の年休消化を事実上圧縮させる運用を図ることなどが考えられます。

5 生産性UPを目指し運用方法の検討を!
 働き方改革は「休み方改革」とも言われ、今、企業の健康経営の必要性が声高に叫ばれています。
また、同時に、「従業員が出勤はしているものの、心身の不調により十分にパフォーマンスを発揮できない状態」、いわゆる「プレゼンティーイズム」が会社に与える損失の大きさも注目されているところです。従業員に適切に有給休暇を取らせることで心身をリフレッシュさせ、作業効率をアップさせることは、そのような会社の損失を防ぐことにも繋がると考えられます。
実際にどのような方法で有給休暇を取得させるのが適切かは、会社によって様々です。自社に適した運用の方法など、有給休暇をめぐる問題への対処にお悩みの場合は、弁護士などの専門家にご相談されることをお勧めします。

お金の貸し借りにはご注意を!

(質問)
個人間でのお金の貸し借りをめぐる問題点や注意事項について教えてください。

(回答)
1 お金の貸し借りをめぐるトラブル
当事務所も,お金の貸し借りをめぐる相談を受けることが多々ございます。その中で一番多い 相談が,「お金を貸したのに返してくれない」というものです。
このような場合,まずは,借主に対してお金を返すようにと連絡をとるのですが,もう少し待ってほしいなどと言われるのであればまだましな方で,そもそもお金を借りていない,あのお金は貰ったものだ等と反論されることもあります。こうなってしまっては,貸主と借主の人間関係は完全に破壊され,後は,泥沼の争いが待ち受けることになります。
皆様は金の貸し借りをめぐるトラブルの原因は,どこにあると思われますか?安易にお金を貸した方が悪い,借主の不誠実な態度が悪い等,様々なご回答が想定されますが,法律家としては,貸主と借主の合意内容が客観的に明らかになっていないということが,大きな問題だと思います。貸主と借主の合意内容が不明確であると,貸主はお金を貸したつもりだったが,借主は貰ったつもりだったなど,認識の相違が発生し,トラブルに発展しやすいからです。

2 重要なのは客観的な証拠!
お金の貸し借りをめぐるトラブルを未然に防ぐためには,まずは,相互に認識の相違,簡単に申し上げれば勘違いが生じないよう,合意内容を書面(契約書)で明らかにするべきです。契約書には,最低限,①貸付金額,②借主に金銭を交付したこと,③返済方法及び返済期日,④利息の有無及び利率について,定めるようにしましょう。そして,契約書には,契約書の作成日を記載し,また貸主及び借主の署名押印をします。加えて,お金を貸したときには,送金証明書や領収書など,お金を渡したという痕跡を残しておくとよいでしょう。
ただ,親しい者同士のお金の貸し借りの場合,なかなか契約書まで作成するのが難しいと仰る方もいます。そのような場合であれば,お金の貸し借りに関する約束事につき,メールやライン等でやりとりをしたり,口頭でのやりとりを録音したりして,客観的に約束の内容を明らかにできるようにしましょう。そのようにすれば,貸主と借主の間で,お金の貸し借りに関する認識の相違が発生するリスクを低減できるからです。
なお,当職としては,親しい者同士こそ,金銭の貸し借りで人間関係を壊さないよう,契約書を作成してほしいと思っています。

3 借主がお金を返してくれなかった場合は,どうすればいいの?
借主がいつまでたってもお金を返してくれない場合,どうすればいいのでしょうか。
この場合は,残念ながら,訴訟などの法的手続きをとらざるを得ません。
そ して,訴訟をする場合,訴訟を提起した人が,自らの主張を正しいと裏付ける証拠を提出する必要があります。その際,裁判所は,契約書等の客観的な証拠を重視しますので,口約束だけでお金を貸してしまうと,勝訴の確率はどうしても低くなってしまいます。この点からも,お金を貸す際は,契約書を作成することが重要といえます。
後で嫌な思いをしないためにも,トラブルを事前に防止することを心がけましょう!

相続法改正③(生前贈与・寄与分)

(質問)
相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 遺留分制度とは?
遺留分制度とは,相続人の相続に対する期待を保護するという観点から,一定の範囲の法定相続人(配偶者,子,直系尊属)に対し,最低限の遺産の取得を保障するという制度のことです。
この遺留分は,遺言によっても侵害することはできません。そのため,遺言書で「長男にすべての財産を相続させる。」としていたとしても,次男が遺留分を請求すれば,これを渡さなければならないのです。
さて,遺留分の一般的な割合は,直系尊属のみが相続人である場合は相続財産の3分の1,その他の場合は相続財産の2分の1です(以下「相対的遺留分」といいます。)。そして,相続人各自の個別的な遺留分は,相対的遺留分割合に各自の法定相続分の割合を乗じたものとなります。
具体例で考えてみましょう。例えば,相続人が,配偶者と子供2人(長男,次男)であったとします。この場合,相対的遺留分は,2分の1となります。次に,配偶者の遺留分は,2分の1に,配偶者の法定相続分2分の1を乗じた4分の1となります。また,長男及び次男の遺留分は,2分の1に子供の法定相続分4分の1(子供の法定相続分2分の1を,長男及び次男の間で等しく分けた割合)を乗じた8分の1となります。そのため,相続財産が1000万円であったとすると,配偶者の遺留分額は250万円,長男及び次男の遺留分額は125万円となります。

2 遺留分制度の改正
さて,実際に遺留分を算定するにあたっては,遺留分算定の基礎となる財産を確定しなければなりません。今回の相続法改正では,遺留分を算定するための財産の価格に算入される生前贈与に関する規定が改正されました。
遺留分算定の基礎となる財産額は,被相続人(亡くなった方)が相続開始時に有していた財産額+贈与財産の価格-相続債務の全額となります。この「贈与財産の価格」につき,現行法は「相続開始前の一年間にしたものに限」ると定めています。ただ,判例上,これは,相続人以外の第三者に対して贈与がなされた場合に適用されるものであり,相続人に対して生前贈与がされた場合には,その時期を問わずに遺留分を算定するための財産の価額に算入されると判断されています。そのため,被相続人が,相続開始(死亡)から何十年も前にした相続人に対する贈与によって,遺留分侵害額が変わるということになります。
しかし,被相続人が,相続開始から何十年も前にした相続人に対する贈与など,容易に証明できるものではありません。そこで,紛争が長期化する事案が多く見受けられました。
そこで,改正相続法では,遺留分を算定するための財産の価格に算入される生前贈与につき,これが相続人に対するものであれば,原則として相続開始前10年以内になされた特別受益に該当する生前贈与に限定することとしました。なお,第三者に対する生前贈与については,現行法と同じく,原則として,相続開始1年以内になされたものに限定されています。
これにより,紛争の早期解決がもたらされることが期待されています。

3 寄与分制度とは?
共同相続人中に,被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者がある場合に,他の相続人との実質的な衡平を図るため,その寄与相続人に対して相続分以上の財産を取得させる制度のことです。
例えば,被相続人に2人の子供がおり,そのうち1人は,家業を手伝い被相続人の財産の維持・増加に多大な貢献をしましたが,他方は,早くに家を出て生活し財産の維持・増加に何ら貢献しなかったとします。このように,被相続人の財産の維持・増加に対する貢献の度合いに差がある2人が,平等に被相続人の財産を相続するとしますと,両者の間に不公平が生じます。そこで,両者間の衡平を図るべく,寄与分という制度が設けられています。

4 寄与分制度の改正
先述べましたとおり,寄与分は,現行法では,相続人のみ認められています。そのため,例えば,相続人の妻が,被相続人(例:夫の父親)の療養看護に努め,被相続人の財産の維持又は増加に寄与した場合であっても,かかる妻が,寄与分を主張したり,何らかの財産の分配を請求したりすることはできませんでした。
しかし,これでは,被相続人の療養看護等を全く行わなかった相続人が遺産の分配を受ける一方,実際に療養看護等を務めた者が相続人でないという理由だけで遺産の分配を受けることができず,不公平だと感じる方が多くいらっしゃいました。
そこで,改正相続法では,「被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族」は,相続の開始後,相続人に対し,特別寄与料の請求ができると定められました。このように,被相続人の「親族」,つまり6親等内の血族,配偶者及び3親等内の姻族に,特別寄与料の請求が認められるようになったのです。
なお,特別寄与料の請求は,まずは相続人に対して行いますが,そこで協議が整わなければ,家庭裁判所に対し,処分を求めることができます。ただし,かかる請求は,特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6ヶ月以内,かつ相続開始時から1年以内にしなければなりません。機関制限があるという点については,注意が必要です。

相続法改正②(凍結預金・自筆証書遺言)

(質問)
 相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 預貯金の払戻し
 身近な人が亡くなると,お葬式の費用や生活費等として,すぐに金銭が必要となることが多いといえます。
 そして,このような費用は,お亡くなりになった方(以下「被相続人」といいます。)の預貯金から賄いたいと思われる方が多いことでしょう。
 しかし,相続人が,被相続人の預貯金を引き出そうとすると,既に口座が凍結されており,金融機関が払戻しに応じないという事態がよく見受けられます。相続人全員の同意があれば,預貯金を引き出すことは可能でしょうが,遺産分割について争いがある場合は,相続人全員の同意を得ることは困難です。このような事態は,被相続人の給与等で生活をしていた家族にとって,死活問題となり得ます。
 そこで,改正相続法は,遺産に属する預貯金債権のうち,相続開始時の預貯金債権額の3分の1に権利行使者の法定相続分を乗じた額については,金融機関ごとに法務省令で定める額を限度として,単独で金融機関に対して払戻しを求めることができるという制度を新設しました。
 具体例で考えてみましょう。被相続人の遺産として,6000万円の普通預金があるとします。相続人は,配偶者と子供2人です。この場合,配偶者が,本制度を用いて被相続人の預貯金を引き出そうとすると,遺産である普通預金6000万円の3分の1である2000万円に,権利行使者である配偶者の法定相続分2分の1を乗じた1000万円については,単独で払戻しを受けることができるのです(法務省令で定める限度額によっては,1000万円の払戻しを受けることができないこともあります。)。
 これにより,相続人が,被相続人の預貯金を引き出すことが容易になりました。

2 法定単純承認の危険
 相続人は,相続が開始した場合,相続放棄(被相続人の権利や義務を一切受け継がないこと),限定承認(被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐこと),単純承認(被相続人の権利や義務をすべて受け継ぐこと)のいずれかを選択できます。
 しかし,法律上,一定の事由がある場合は,当然に単純承認の効果が発生すると定められているのです。これが法定単純承認という制度です。
 単純承認とみなされる事由の中に,「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」というものがあります。相続財産の処分行為は,相続人が相続放棄や限定承認をしないことを前提とした行為であるため,単純承認をしたものとみなされるのです。
 そして,原則として,預貯金の解約は,法定単純承認事由である「処分」に該当します。そのため,相続放棄や限定承認を検討しているうちは,被相続人の預貯金の解約はしない方が安全といえます。もっとも,預貯金解約によって得た金銭の使途等によっては,法定単純承認である「処分」に該当しないと判断される可能性があります。例えば,被相続人の貯金を解約し,葬儀費用にした行為につき,単純承認とみなされる「処分」に該当しないと判断した裁判例もあります。被相続人の葬儀は,遺族として当然に営まなければならないものであり,葬儀費用に相続財産を支出したとしても信義則上やむを得ないと考えたためでしょう。ただ,これも,ケースバイケースの判断かと思われますので,葬儀費用であれば相続財産から支出しても単純承認をしたとみなされないと考えるのは危険です。
 いずれにしろ,相続財産を処分する場合は,相続放棄や限定承認ができなくなる危険があるということは,念頭に置いておいてください。

3 自筆証書遺言の方式の緩和
 現在,自筆証書遺言は,全文,日付及び氏名のすべてを自書しなければならないとされています。しかし,高齢者等にとって,全文を自書するのは骨が折れる作業であり,これが自筆証書遺言の利用を妨げる要因となっていると指摘されてきました。
 そこで,改正相続法は,自筆証書に添付する財産目録については,自書することを要しないと定めました。財産目録とは,例えば,相続財産が不動産である場合は,その地番,面積等,預貯金等債権である場合には,その金融機関名や口座番号等です。これらは,自書することが煩雑であると共に,形式的な記載事項であるため,自書する必要がないとしたものです。但し,遺言者は,財産目録の各ページに署名押印をすることが必要です。

4 自筆証書遺言の保管制度
 自筆証書遺言のデメリットとしては,作成後に遺言書を紛失したり,又は相続人によって隠匿,変造されたりする恐れがあるなど,トラブルが発生しやすいという点にあります。
 そこで,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が制定され,自筆証書遺言を公的に保管する制度が創設されることとなりました。
 具体的には,遺言者は,遺言書保管官(遺言書保管所(法務省)に勤務する指定法務事務官)に対し,遺言書の申請をします。なお,かかる遺言書には,一定の形式が求められます。そして,申請を受けた遺言書保管官は,遺言者の本人確認を行い,保管日から,遺言者死亡日から政令で定める一定の期間が経過するまで,遺言書保管所の施設内において遺言書を保管します。
 これにより,自筆証書遺言の利用促進が望まれます。
 なお,遺言書保管法の施行期日は,平成32年7月10日と定められました。そのため,施行前には,法務局に対して遺言書の保管を申請することはできませんので,ご注意ください。

相続法改正①(配偶者居住権)

(質問)
 相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 法律の公布? 施行?
 平成29年5月26日,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)が成立しました(同年6月2日公布)。そして,一部の規定を除き,平成32年(2020年)4月1日から施行されます。
 さて,法律の「公布」や「施行」という言葉は聞き慣れない言葉かと思いますので,初めに,法律の成立から施行までの流れにつき,簡単にご説明をさせて頂きます。
 まず,法律は,原則として,衆議院及び参議院の両議院で可決したときに法律となります。そして,法律が成立したときは,後議院の議長から内閣を経由して天皇に同法律の公布が奏上されます。
 法律は,この奏上がなされた日から30日以内に,天皇によって公布されます。公布とは,成立した法令を広く一般に周知させる目的で当該法令を公示する行為をいいます。公布は,官報に掲載されることによって行われることがほとんどです。
 ただ,法律が効力を有するのは,公布日ではなく,法律が「施行」された日です。施行日は,法律で定められます。法律の施行については,一般的に国民への周知という観点から一定の期間を置くことが望ましいと考えられています。 
 ただ,法律を施行するための準備や周知のための期間が必要ないと考えられる場合や緊急を要する場合には,即日施行されることもあります。民法改正は,国民の社会生活に与える影響が大きく,準備のための期間が必要ですので,法律の公布から施行までの間に3年弱という長い期間が設けられています。

2 配偶者居住権とは
 今回の相続法改正においては,配偶者の権利が大きく拡大されています。
 その中の1つが,配偶者居住権です。例えば,夫が死亡し,妻と子供2人が相続人である場合,法定相続分は,妻が2分の1,子供がそれぞれ4分の1となります。このとき,相続財産を法定相続分どおりに分けようとすると,相続財産の中に現預金が少なければ,自宅を売却せざるを得なくなります(詳細は,後述します。)。しかし,妻にとって,住み慣れた建物から引っ越し,新たな生活を始めることは,肉体的にも精神的にも大きな負担となります。そこで,相続法の改正により,配偶者居住権という権利が創設され,配偶者が住み慣れた家に居住し続けることを容易にする改正がなされました。 

3 配偶者居住権が認められるための要件
 配偶者居住権とは,被相続人(お亡くなりになった人)の配偶者が,遺産である建物に相続開始時(死亡日)に居住していた場合であって,①遺産分割で配偶者居住権を取得すると決まったとき,又は②配偶者居住権が遺贈されたときは,その建物を無償で使用収益する権利(=配偶者居住権)を取得できるというものです。
 配偶者は,建物に「住む」ということを重視していると思われますので,建物を「所有」することに対するこだわりは大きくないと考えられます。そこで,建物の価値を,居住権部分とこれを除く部分とに分け,遺産分割の際に,配偶者が,建物の居住権部分(配偶者居住権)を取得することで,建物を取得する場合に比べて安価で居住権を確保できるようになりました。
 具体例で考えてみましょう。夫が亡くなり,妻と子供2人が相続人というケースです。遺産は,自宅の土地建物が5000万円,現金が3000万円です。この場合,妻が,建物に住み続けたいと考えれば,現行法では,妻は,4000万円,子供はそれぞれ2000万円を相続することになりますので,不動産の価値5000万円と妻の法定相続分4000万円との差額である1000万円を子供たちに支払わなければなりません。妻が,妻が現金を保有していれば1000万円を支払うことも可能でしょうが,そうでなければ,結局,建物を売却等し,その代金を法定相続分に従って分けるなどの方法をとるしかありません。
 しかし,改正法では,5000万円の不動産の価値を居住権部分とそれ以外の部分に分けて相続することが可能となりました。そのため,不動産の居住権の価値が仮に3000万円であったとすると,妻は,相続により,建物の居住権3000万円に加えて1000万円の現金を手にすることができます。そして,子供達は,建物所有権1000万円に加え,現金1000万円を取得します。
 このように,配偶者居住権が認められることによって,妻は,長年住み続けた家に無償で住み続けられるのみならず,老後の生活資金として,現金まで取得できるのです。
 また,配偶者居住権は,配偶者が亡くなるときまで存続します。配偶者居住権は,あくまで配偶者が住み慣れた家に住み続けるために認められたものですので,この権利を第三者に譲渡することはできません。そして,所有者の許可を得ず,建物を改築若しくは増築したり,第三者に使用収益させたりすることもできません。

下請法とは

(質問)
 当社は製造業を営む会社ですが、順調に業績を伸ばして規模を拡大してきた反面、社内規定や契約書などの整備が追いついておらず、コンプライアンス面に弱みがあります。先日、他社との取引の際は下請法に注意しなければならないと耳にしたのですが、これはどのような法律でしょうか。

(回答)

1 下請法とは
 下請法(下請代金支払遅延等防止法)は、親事業者の下請事業者に対する優越的地位の濫用を規制し、下請事業者の利益を保護するのための法律です。
下請法が適用されるのは、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託の4種類の取引です。
下請法という言葉のイメージからは建設業に適用される法律のようにも思いますが、業種ではなく取引の種類に着目した法律で、建設工事自体は対象としていません(建設業は建設業法によって規律されています)。

2 下請法が適用される事業者
 下請法は、取引の種類のほか、資本金額によって適用の有無が決まります。
まず、製造委託、修理委託、政令で定める情報成果物(プログラム)作成委託、政令で定める役務(運送、物品の倉庫保管、情報処理)提供委託に関しては、①資本金3億円超の法人と個人又は資本金3億円以下の法人が取引する場合、②資本金1000万円超3億円以下の法人と個人又は資本金1000万円以下の法人が取引する場合に適用されます。
 また、上記以外の情報成果物作成委託、役務提供委託については、①資本金5000万円超の法人と個人又は資本金5000万円以下の法人が取引する場合、②資本金1000万円超5000万円以下の法人と個人又は資本金1000万円以下の法人が取引する場合に適用されます。

3 親事業者の義務
 下請法では、親事業者の義務の義務として、①発注書面の交付義務、②取引記録書類の作成・保存義務、③下請代金の支払期日を定める義務、④遅延利息を支払う義務が規定されています。
下請法が適用される取引についてはきちんと書面に残しておく必要があり、口約束のみで処理することは違法になります。なお、下請代金の支払期日は、物の受領や役務の提供を受けてから60日以内としなければなりません。

4 親事業者の禁止行為
 親事業者の禁止事項として、①受領拒否、②下請代金の支払遅延、③下請代金の減額、④返品、⑤買いたたき、⑥物の購入強制・役務の利用強制、⑦報復措置、⑧有償支給原材料等の対価の早期決済、⑨割引困難な手形の交付、⑩不当な経済上の利益の提供要請、⑪不当なやり直しが定められています。
 典型的な違反は、支払遅延のほか、買いたたきや下請代金の減額があります。
 下請法は、下請事業者の責めに帰すべき事由がないにもかかわらず、発注後の下請代金減額を禁止しています。そのため、たとえば、代金を支払うときに振込手数料を差し引いて送金することも、下請事業者の同意がない限り違法になります。
 下請法は意外と見落としがちな法律で、知らず知らずのうちに違反状態になってしまうことがあります。適用の有無については、取引の種類と資本関係に注意する必要があります。

隣地使用権とは

(質問)
 私は、この度、老朽化した自宅の修繕工事をしようと考えています。しかしながら、敷地が狭いため、工事をする上でどうしても隣の土地に立ち入る必要があります。
 隣人が立ち入りを承諾してくれない場合には工事ができないのですが、どうすればいいのでしょうか。

(回答)

1 隣地使用権とは
 所有権は物に対する絶対的な権利ですので、原則としてその物をどのように使用するかは所有権者が自由に決めることができます。
 そのため、他人の土地を無断で使用することは、その土地の所有者の所有権を侵害することになりますし、不法占有による損害賠償義務も生じます。
 もっとも、この原則を貫くと、今回の事例のように不都合が生じることから、民法は、一定の場合に隣地の使用請求権を認めています。
 具体的には、民法第209条第1項が、「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。」と規定しています。
 本件でも、自分の敷地に余裕がない場合には、工事に必要な範囲で、敷地に立ち入ったり、足場を設置すること、材料や機械を隣地に一時置くこと等が認められます。

2 隣人が承諾してくれない場合
 上記のとおり、民法上の隣地使用権が認められる場合に、これを隣地所有者が拒否した場合はどうなるのでしょうか。
 民法第209条第1項の場合には、一方的に隣地所有者に通知することで使用が認められるのか、あくまでも隣地所有者の承諾が必要なのかが問題になります。
 この点について、一般的には、使用について隣地所有者の承諾が必要と解されています。
 そのため、隣地の所有者が承諾をしてくれない場合には、裁判所に、「承諾に代わる判決」を求めて訴えを提起し、勝訴判決を取得する必要があります。
 隣地使用が認められる場合であるからといって、相手の承諾がないのに使用を強行することは、違法な自力救済にあたりますし、場合によっては住居侵入罪等に問われる恐れもあります。
 もし、判決を待っていては壁が崩壊して修復不可能となる等、緊急を要する場合であれば、隣地使用に関する保全処分として、仮処分決定を得て隣地に立入ることになります。
 以上のように、一定の場合には隣地の使用請求権が認められますが、無断での使用が認められているわけではありません。
 また、承諾を得て隣地を使用する場合でも、使用によって隣地所有者に損害を与えた場合には、これを賠償する義務があることにも注意が必要です。