飼い犬の咬傷事故に関する法的責任

(質問)
  ある日、Xが飼犬を散歩していたところ、たまたま通りかかった通行人Yに飼犬のうち1頭が嚙みついて怪我を負わせてしまいました。Xは、飼犬が急に引っ張ったことでリードから手を放してしまったようです。この場合、Xは、どのような法的責任を負うでしょうか。

(回答)

1 飼い犬の咬傷事故
 環境省の調査によれば、令和3年度には、咬傷事故の件数は4423件、被害者数は4568人であり、そのうち、飼い主・家族以外の被害者は4113人で多くの割合を占めています。事例のような飼い犬の咬みつき事故はたびたび発生します。

2 民事責任
  ⑴ 民法709条・民法718条による損害賠償責任
  飼い主の不注意によって他人に怪我を負わせた場合、過失により、他人の身体を害して、損害を負わせたことで、飼い主は、第三者に対して不法行為に基づく損害賠償債務(民法709条)を負います。また、民法718条第1項(動物の占有者等の責任)では「動物の占有者は、その動物が他者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りではないとされます。」とされています。動物の占有者である飼い主は、「相当の注意をもってその管理をしたこと」を主張・立証しなければ、責任を免れることはできません。
 ⑵ 「相当の注意」とは?
   「相当の注意」とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものではないと解されます(最判昭和37・2・1民集16巻2号143頁)。①動物の種類・雌雄・年齢、②動物の性質・性癖・病気、③動物の加害前歴、④占有者らにつき、その職業・保管に対する熟練・動物の馴致の程度・加害時における措置態度など、⑤保管の態様、⑥被害者につき、警戒心の有無、被害誘発の有無、被害時の状況等の事情を考慮して判断するとされます。
 ⑶ 損害の範囲・過失相殺
   損害の範囲としては、相当因果関係がある範囲に限られ、例えば、入院費、治療費、休業損害、後遺障害による逸失利益などが考えられます。
また、損害の発生に関して、被害者側が事故を誘発したなどの被害者側にも過失が認められるような場合には、過失相殺が認められる場合があります。

3 刑事責任
  飼い犬による咬傷事故が生じた場合には、親告罪ではありますが、過失傷害罪が成立する可能性があります(30万円以下の罰金又は科料)。また、岡山県動物の愛護及び管理に関する条例では、「飼い主は、その飼養する動物が人の生命、身体又は財産に害を加えたときは、直ちに負傷者を救助し、新たな事故の発生を防止するため必要な措置をとらなければならない。この場合において、当該飼い主は、発生した事故及びその後の措置について直ちに知事に報告しなければならない。」(同条例18条1項)、「犬の飼い主は、その飼養する犬が人をかんだときは、前項の規定によるほか、直ちに狂犬病の疑 いの有無について当該犬を獣医師に検診させ、診断書を知事に提出しなければならない。」(同条2項)といった事故発生時の措置に関する定めがあります。同条例第18条第1項の報告をせず、又は虚偽の報告をした者には、10万円以下の罰金が処される可能性があります(同条例27条3号)。

このように、飼い犬による咬傷事故が生じた場合には、飼い主は民事・刑事責任を問われる可能性があります。民事責任に関しては、損害賠償責任の有無、損害の範囲、過失割合等につき、法的な検討が必要になります。また、刑事責任に関しても、示談の成否などが刑事処分に影響を与えます。飼い犬による咬傷事故に限らず、動物に関する法的トラブルに関しては、弁護士にご相談ください。

譲渡制限株式の譲渡と契約書作成の注意点

(質問)
 XはA社の株主YからA社の株式を譲り受けることになりました。A社は定款で株式の譲渡を制限しています。このような場合、株式譲渡の契約書を作成する際に、どのようなことに注意すべきでしょうか。

(回答)

1 株式の譲渡制限とは?
 株主は、その有する株式を譲渡することができるのが原則です(株式の譲渡自由の原則)。もっとも、株式会社の中には、株主間の個人的な信頼関係が重視され、好ましくない者が株主となることを制限したい会社があります。そこで、会社法は、株式会社が定款によって、株式の譲渡による取得について、会社の承認を要するという形で、株式の譲渡を制限することを認めています。これを定款による株式の譲渡制限といい、こうした株式を譲渡制限株式といいます。中小企業の多くは、株式の譲渡制限を設けています。
  譲渡制限株式の譲渡を承認するか否かを決定する機関は、取締役会設置会社では取締役会、取締役会を設置していない会社では株主総会であるのが原則ですが、定款で別段の定めをすることができます。そのため、譲渡承認の方法を確認する際には、会社の定款を確認する必要があります。

2 承認のない譲渡の効果はどうなるのか?
 株主が、株式会社の承認を得ずに譲渡制限株式を譲渡した場合、譲渡の当事者間ではその譲渡は有効ですが、判例によると、会社に対する関係では譲渡の効力は生じず、会社は譲渡人を株主として取り扱う義務があると解されています。そのため、譲渡制限株式を譲渡する前提として、会社の承認を得ることができるか否かは、譲受人にとって重要です。

3 承認のない株式譲渡が会社との関係でも有効になる場合(例外) 
 定款による譲渡制限の目的は、会社にとって好ましくない者が株主となることを避けて、株主の利益を保護することにあります。そのため、判例によると、株式譲渡の承認がない場合でも、株主が1人しかいない会社(一人会社)の株主が、その保有する株式を譲渡するときは、その譲渡は会社との関係で有効と解されています。また、一人会社以外の会社で、譲渡人以外の全株主が譲渡に同意している場合も、同様です。

4 株式譲渡契約書を作成する際の注意点
 ⑴ 中小企業では、個人的な信頼関係のもとで、契約書を作成せず、株式が譲渡されるケースがあります。このような場合も、後に株式の帰属について、紛争が生じることを防止する観点から、きちんと株式譲渡契約書を作成しておく必要があります。例えば、口頭で株式を譲渡した場合、後に株主の地位を巡って紛争となった際に、訴訟で株主の地位を立証することが困難になることがあります。
⑵ また、譲渡制限株式を譲渡する際には、譲渡承認手続の存在を踏まえて、契約書を作成する必要があります。当事者間で株式を譲渡したとしても、会社の承認が得られなければ、会社との関係で効力は生じません。そのため、株式譲渡契約書を締結する前に、事前に譲渡につき了承を得たうえで、代金支払いと引き換えに、株式譲渡の承認を得たことを証明する資料(譲渡人が作成した株式の譲渡承認請求書、会社の譲渡承認決議書の議事録の写しなど)を交付する条項を設けるといった工夫をすべきです。きちんと譲渡承認を得た証拠も取得することが後の紛争を防止するためにも重要になります。

  株式を巡る法律問題でお困りの際には、弁護士にご相談ください。

どうする?経営者の意思能力喪失!

(質問)
  Xは、Y社の代表取締役を務めており、Y社の株式の過半数を保有しています。ところが、先日、突然の病気で意識不明となって、意思能力を喪失してしまいました。この場合、代表者としての地位や株式としての地位はどのように扱われるでしょうか。

(回答)

1 代表取締役かつ株主が意思能力を失った場合の問題
 意思無能力者がした法律行為は無効となります。そのため、会社の代表取締役が、意思無能力者となると、取引先等と有効な契約ができなくなります。また、株主である場合、株主総会で有効な議決権行使をすることができず、会社の意思決定に支障をきたす事態が考えられます。この場合、どのような対応を取ればよいでしょうか。

2 代表取締役の地位
 代表取締役が、意思無能力者となった場合、それだけでは取締役の地位を失いませんが、後見開始の審判を受けたときは、取締役の地位を失います。
代表取締役が病気等で意思能力を失った場合、取締役会設置会社であれば、取締役会で他の取締役を新たな代表取締役として、選任することになります。また、取締役会設置会社以外で他の取締役がいる場合は、定款、定款の定めに基づく取締役会又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることになります。
取締役が意思無能力者のみの場合は特に問題となります。後見開始の審判を受けて、代表取締役に欠員が生じた状態であれば、利害関係人が裁判所に申立てをして、一時代表取締役の職務を行うべきものを選任することができます。また、後でも説明しますが、後見人に株主の議決権を代わって行使してもらい、後任の取締役を選任することもできます。

3 株主の地位 
株式が意思無能力者であった場合、議決権行使ができず、株主総会での意思決定に支障が生じるといった問題が生じます。この場合、家庭裁判所に申立てをして、成年後見人を選任する必要があります。そして、成年後見人に議決権行使をしてもらうことになります。もっとも、成年後見人が、後任の取締役として誰が適任かといった判断について適切な議決権の行使ができるとは限りませんし、後見人が選任されるまでの間、意思決定ができない問題が生じます。
事例のような急病の場合には、どうしようもありませんが、徐々に判断能力が衰えていると判明している場合は、早めに、後継者に株式を譲渡しておく方法、後継者を任意後見契約によって後見人として定めておく方法や民事信託により議決権行使ができるようにしておく方法などの対策を取るべきでしょう。

 事例のような会社のトラブル、事業承継に関する法律問題に関しては弁護士にご相談ください。 

職場における窃盗事件と盗品の取戻し

(質問)
 X社は、X社の所有する備品・機材等を従業員Aに盗まれました。従業員Aは、窃盗を認めましたが、すでに盗んだ備品・機材等を中古品の買い取りを業として行うY社に売却していました。X社は、これらの盗品を取り戻すことができるでしょうか。

(回答)

1 職場における窃盗事件
 最近、このような職場における窃盗事件の相談がありました。当然、この場合、X社としては、警察に被害届を出すとともに、Aに対する懲戒処分を行うことを検討します。
ところで、このとき、盗品に関する法律関係はどのようになるのでしょうか。

2 即時取得制度と盗品の回復請求権
 ⑴ 即時取得の成否
 まず、AはY社に対して他人の所有する動産を売却していることから、即時取得の成否が問題となります。即時取得は、取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利(所有権など)を取得できるとする制度(民法192条)です。
事例の場合、中古品の買い取り業者であるYは、Aから売買契約に基づいて備品・機材等の引渡しを受け、取引行為によって平穏かつ公然と占有を取得します。また、通常は、買い取りを申し込んだAが所有者でないことを知らず、知らないことに過失もないでしょうから、善意無過失です。Y社には、即時取得が成立すると考えられます。
 ⑵ 盗品・遺失物の例外
   即時取得の要件を満たす場合、買主であるY社は所有権を取得してしまい、X社は、盗品を取り戻すことができないように思われます。しかしながら、即時取得制度には、取得した動産が「盗品又は遺失物であるとき」に例外があります。具体的には、即時取得が成立する場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から2年間、占有者に対してその物の回復を請求できるとされます(民法193条)。事例の場合、Aが盗難してから2年間の間であれば、X社はY社から盗品を取り戻すことができます。

3 有償か無償か?
 盗品の回復請求は無償でできるのが原則ですが、これに関しては、盗品・遺失物の取得者が、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することはできないとされます(民法194条)。
  事例でいえば、Aが中古品の販売業を営んでいる場合などでない限り、XはY社から無償で返還を受けることができますが、仮に、盗品がY社から転売されて、Zが購入していた場合には、その代金を弁償しないと、X社はZから盗品を取り戻すことができません。この場合、弁償した代金相当額について、X社は、Aに対し、不法行為に基づいて損害賠償請求をすることができます。

4 取得者が古物商又は質屋の場合
 民法194条の場合でも、取得者が古物商ないし質屋である場合には、無償返還が義務付けられています。ただし、盗難又は遺失の時から1年を経過した後においては、この限りではないとされます(古物営業法20条、質屋営業法20条)。
盗品をY社から購入したZが、古物商又は質屋の場合には、Xは盗難の時から1年以内であれば、無償で盗品を取り戻すことができます。

職場における盗難事件に限らず、不祥事が発生した場合には、民事及び刑事上の責任追及、懲戒処分等の会社の対応については、弁護士にご相談ください。

懲戒処分前の退職―処分できないの!?―

(質問)
 先日、当病院の従業員であるAが突然メンタルヘルスの不調で休職することになりました。従業員らの間では、Aの上司であるBが、Aに対して公然と人格非難を伴う激しい罵倒を繰り返していたことが原因なのではないかと噂になっています。そこで、Bを呼び出したところ、Bは、こちらからの質問には何も答えず、「本日をもって退職いたします。」とだけ述べて、退職届を提出してその場から立ち去りました。その日からBは欠勤しています。
Bに対して懲戒処分を課すことは可能でしょうか。

(回答)

1 パワーハラスメントに対する懲戒処分
 仮に、Bが、従業員らの噂話どおりに、Aに対して公然と人格非難を伴う激しい罵倒を繰り返していた場合には、Bの行為は、業務の適正な範囲を超えている可能性が高いので、パワーハラスメントに該当するおそれがあります。
そして、パワーハラスメントが就業規則において懲戒処分の対象とされている場合には、Bに対して、何らかの懲戒処分を行うことが検討されるべきでしょう。
もっとも、懲戒処分を行うためには、懲戒処分を基礎づける具体的な事実について、根拠が必要となります。つまり、BがAを公然と罵倒していたことを目撃した者の証言やA自身の証言、あるいはB自身がそのようなことを行ったと認める供述を行っていることといった証拠がなければ、懲戒処分の基礎となる事実を認定することができませんので、懲戒処分を課すことはできません。
 本事例においては、Bは事実を否定しているわけではありませんが、認めてもいませんので、BがAを公然と罵倒していたことについて、Aや目撃者からヒアリングを行うことが必要です。

2 退職者に対する懲戒処分の可否
 退職届とは、従業員が会社に対して一方的に退職する旨の意思表示を行うものです。そして、法律上は、労働契約の解約の申し入れがなされた日から2週間が経過すれば雇用契約は終了することになります(民法627条1項)。
 本事例の場合、Bが退職届を提出した日から2週間が経過すれば、Bの雇用契約は終了します。
 それでは、退職した者に対して懲戒処分を課すことはできるのでしょうか。
 結論から申し上げると、退職した者に対して行った懲戒処分は効力を有しないと判断される可能性が高いです。
 なぜなら、懲戒処分とは、雇用契約に基づき企業が従業員の企業秩序違反行為に対して行う制裁だと考えられているため、雇用契約の存在が懲戒処分を行う前提となっているからです。
 そのため、退職済みの従業員に対して懲戒処分を行うことはできないと一般的には考えられています。

3 懲戒処分を行うためには、迅速な対応が必要!!
本事例の場合に、Bに対して懲戒処分を課すためには、退職届の効力が発生する前に、事実認定に必要な聴取り調査等を実施するとともに、就業規則において定められた懲戒処分の手続きを履銭しなければなりません。そのためには、懲戒処分を行う際の手続き等を日頃から確認しておき、いざというときに迅速に対応できるよう準備しておく必要があります。
懲戒処分を課すべき事件が発生した場合には、早めに弁護士に御相談することをお勧めします。

令和5年6月施行の改正消費者契約法のポイントについて

(質問)
 消費者契約法の改正法が令和5年6月から施行されると聞きました。改正法は、どのような内容でしょうか。また、事業者として、どのような点に注意すればよいでしょうか。

(回答)

1 消費者契約法の改正
 令和4年5月25日、「消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、同年6月1日に公布されました。この法律のうち、消費者契約法の改正部分については、令和5年6月1日から施行されます。そこで、今回は、消費者契約法の改正のポイントを説明します。

2 契約の取消権の追加
 消費者契約法では、消費者保護のため、一定の場合に契約の取消しを認める規定が定められています。改正法では、消費者が困惑して意思表示をしたときに取消しが認められる類型(困惑類型)に次のような場合が追加されました。
 ① 消費者に対し、消費者契約の締結について勧誘することを告げずに、消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、消費者をその場所に同行し、その場所において消費者契約について勧誘をすること
 ② 消費者が消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、消費者が消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって事業者以外の者と連絡する旨の意思を表示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、消費者が当該方法によって連絡することを妨げること
 ③ 消費者が消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、消費者契約の目的物の現状を変更し、その変更前の現状の回復を著しく困難にすること
法改正により、事業者としては、追加された類型の勧誘行為等を行わないようにしなければならず、消費者としては、救済を受けることができる範囲が広がることになります。

3 解約料の説明の努力義務
事業者は、消費者に対し、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項に基づき損害賠償又は違約金の支払を請求する場合において、消費者から説明を求められたときは、損害賠償額の予定又は違約金の算定根拠の概要を説明するよう努めなければならないとされました。これは、消費者契約法9条1項1号で、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額の予定または違約金に関して、「平均的な損害の額」を超える部分は無効と定められているところ、事業者に算定根拠を説明する努力義務を課すことで、消費者の主張立証を容易にするねらいがあります。努力義務ではありますが、事業者としては、説明を求められた際の対応を検討する必要があります。

4 免責の範囲が不明確な条項の無効
 消費者契約法8条は、事業者の債務不履行による損害賠償責任の全部を免除する条項などの一定の場合、事業者の免責条項を無効とすることを定めています。改正法では、無効となる条項として、新たに、事業者の債務不履行(故意又は重過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた事業者の不法行為(故意又は重過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者等の重過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていない条項が追加されました。例えば、免責条項として、「法令に反しない限り、事業者の損害賠償責任を免除する。」といった免責範囲が不明確な条項を定めた場合は、無効となります。今後、事業者としては、「軽過失の場合、事業者の損害賠償責任を免除する。」などといった免責範囲を明確にした条項を定める必要があります。

5 事業者の努力義務の拡充
 その他にも、解除権行使に必要な情報提供、定型約款の表示請求権に関する情報提供など事業者の努力義務が拡充されました。これらも努力義務とはいえ、事業者としては、情報提供のマニュアルを整備、修正するなどの対応が必要になります。

消費者契約法は、消費者を取り巻く状況の変化に応じて、法改正がなされます。事業者は、法改正に対応して、契約書の内容、顧客の対応を修正していなかければなりません。契約に関する法律問題については、弁護士にご相談ください。

令和5年4月「遺産分割のルール」が変わる?

(質問)
 10年以上前に、父親Aが死亡しました。相続人は、母親X、長男Y、次男Zの3名でした。Aは、A所有の土地上に自宅を所有していました。Aが死亡した際に、Xが自宅に住んでいたため、遺産分割の協議は行わず、Xがそのまま居住していました。その後、Xが死亡したため、YとZは、AとXの遺産につき、遺産分割することになりました。
令和5年4月1日に施行される改正民法で、相続開始から10年間を経過して、遺産分割が未了の場合には、遺産分割に関して主張が制限されると聞きました。これまでとは、どのような違いが生じるのでしょうか。

(回答)

1 遺産分割に関する見直し
 事例のように、「あとで、ええじゃろ。」と遺産分割がされていないケースはよく目にします。近年、所有者不明土地問題の原因として、土地等の所有者の死亡後、遺産分割が行われず、登記上の所有名義人が数世代前のままになっていることが挙げられています。そこで、民法改正により、遺産分割を促進する方策として、遺産分割の規定の見直しがされました。 

2 特別受益と寄与分の主張の制限
遺産分割協議には、これまで同様に、期間制限はありません。しかし、今回の改正によって、相続開始時から10年を経過した後に遺産分割を行う場合には、民法903条・904条(特別受益)と904条の2(寄与分)の規定が適用されず、特別受益及び寄与分の主張をすることができなくなりました。この場合、法定相続分又は遺言書に基づく指定相続分で遺産分割を行うことになります。
ただし、以下の場合は、上記の制限が適用されません。
 ① 相続開始の時から10年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたとき
 ② 相続開始の時から始まる10年の期間の満了時6か月以内の間に、遺産分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割を請求したとき
事例では、例えば、YがAの生前にAから不動産や自動車の購入資金など多額の援助を受けていたとしても、Aの相続開始から10年経過後に遺産分割する場合には、Zは、特別受益の主張ができず、相続できる遺産が減少し、損をする可能性があります。
なお,期間経過後は、法定相続分又は指定相続分に従って遺産が分割されたものとみなされるわけではありませんので、勘違いしないようにしてください。

3 経過措置
上記の法改正は、令和5年4月1日に施行されました。改正法は、施行日前に相続が開始した遺産分割にも適用されるため、注意が必要です。ただし、経過措置により、少なくとも、施行時から5年の猶予期間が設けられます。すなわち、施行時に相続開始から既に10年が経過している場合、または、相続開始時から10年を経過する時が施行時から5年を経過する時よりも前に来る場合であれば、施行日から5年経過するまでは、特別受益・寄与分の主張ができます。相続開始時から10年を経過する時が施行時間から5年を経過する時よりも後に来る場合は、相続開始時から10年の経過時が基準となります。

4 遺産分割協議はお早めに!!
 これからは、遺産分割を行わず、放置した場合、特別受益や寄与分の主張ができず、損をする可能性があります。特別受益や寄与分に争いがある事案では、そのままにせず、早めに、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てるといった対応が必要です。また、令和6年4月には、不動産登記法の改正により、相続登記の申請期限が罰則付きで定められます。これを機会に、放置している遺産について、遺産分割協議を行うべきでしょう。遺産分割に関する法律問題、調停の申立てに関してお困りの際には、弁護士にご相談ください。

割増賃金に関する労働基準法の改正について

(質問)
 法律が改正されたことにより、これまで支払っていた残業代よりも多くの残業代を支払わなければならなくなると聞きました。どのように法律が改正されたのか教えてください。また、時間外労働を削減するために意識すべきことがあれば教えて下さい。 

(回答)

1 割増賃金に関する法改正
労働基準法の改正により、令和5年4月1日から、中小企業においても、1ヶ月の労働時間が60時間を超えた場合の割増賃金率を5割以上としなければならなくなります。つまり、時間外労働が多い企業は人件費が増加することになります。
  もっとも、支払うべき残業代が増えるから時間外労働を減らせばよいという安直な考えは非常に危険です。

2 長時間労働に内在するリスク
長時間労働抑制の本質は企業にとって致命的なリスクを回避することにあります。すなわち、長時間労働に起因する過労死、業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺は、廃業に繋がりうる重大な問題であり、企業内部の問題にとどまりません。具体的に言うと、過労死が起きた場合、刑事罰や事業場名が公表され、社会的信用の失墜に繋がります。さらに、それによって新規採用にも影響が出ます。そして、過労死した従業員の遺族に対する民事上の責任も負うことになるのです。
また、精神障害による退職などのメンタルヘルスの問題も増加しています。当然ながら、長時間労働に伴って睡眠時間が確保できなくなります。睡眠時間とメンタルヘルス不調には密接な関係があり、睡眠時間の減少はメンタルヘルス不調者の発生頻度を高めると言われています。

3 残業時間の目安を知ることが重要!
労働基準法では、36協定における時間外労働は月45時間・年360時間を原則としています。ただし、臨時的な特別の事情があって36協定に「特別条項」を設ける場合には、①月45時間を超える特別条項が適用される月数は1年について6ヶ月(6回)まで、②1年の時間外労働の上限は720時間、③1ヶ月の時間外労働は休日労働を含めて100時間未満、④複数月の平均で、時間外労働等休日労働の合計時間は80時間以内、といった要件の範囲内の時間外労働は認められています。
また、時間外労働時間が月45時間を超えて長くなるほど疾病と業務との関連性が強まるため、労災認定されやすくなると考えられています。
このような労働基準法の規制や労災認定の運用からすれば、時間外労働の目安は月45時間以内、1日当たり2.25時間以内と考えるべきです。
もっとも、繁忙期や一時的な人員の不足などの理由により、1年のうちに何ヶ月かは月に60時間以上の時間外労働が必要な場合もあるでしょう。そのため、普段はできるだけ時間外労働を減らすように努め、繁忙期に必要な時間外労働ができるよう労働時間を管理することが重要です。
それによって、長時間労働によるリスクを抑えつつ、余分な人員を増やすこともなく人件費を維持することができます。また、具体的な数字が明確になれば、その数字を達成することができるよう意識して残業時間を削減することも容易になるでしょう。
従業員の労働時間の把握や管理についてお悩みの方は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

高年齢者人材をいかに活用するか?

(質問)
 定年が70歳になったと聞いたのですが本当でしょうか。それは義務なのでしょうか。詳しく教えてください。

(回答)

1 高年齢者の就業確保措置
 ご存知の方も多いと思いますが、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の改正法により、事業主は、高年齢者に70歳までの就業確保措置を取ることが努力義務とされています。
 努力義務規定は、それに反する行為を違法・無効とする効果を有するものではなく、当事者の任意の履行に期待するルールです。
 そのため、これを遵守せずとも、違法とはされませんが、必要と認める場合、厚生労働大臣が事業主に対して指導・助言等を行うことができると定められています。
 現状、努力義務ではありますが、70歳までの就業確保措置を講じることを検討してはいかがでしょうか。
 そこで、70歳までの就業確保措置を導入する際に、何を考えるべきかをお話しします。

2 有期契約による再雇用を選択する場合
⑴対象者基準の設定
 65歳以上の高年齢者と有期雇用契約を締結して継続雇用する制度を導入する場合には、対象者基準の設定をすべきです。既に、70歳までの高年齢者就業確保措置を導入している企業では対象者基準を設定しているところが多くあります。65歳未満の継続雇用と異なり、70歳までの就業確保措置は努力義務であるため対象者基準の設定は可能であると解されています。ただし、事業主が恣意的に高年齢者を排除しようとするなど法の趣旨や、他の労働関係法令に反する又は公序良俗に反するものは認められないと考えられます。65歳以降に関して対象者基準を設定する場合の就業規則の規定例は厚生労働省の「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者就業確保措置関係)」に掲載されているので参考にしてください。

⑵待遇の設定
 70歳までの継続雇用をする場合、待遇をどのようにするかも検討が必要です。待遇差を設ける場合には、定年前の無期契約労働者と定年後の有期契約労働者と比較し、職務内容などを考慮して、待遇差の相違が不合理と認められないようにしなければならず、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(短時間・有期雇用労働法)8条に違反しないように注意が必要です。定年後再雇用者のモチベーションを維持するためにも、労使協議を経たうえで、定年後の業務内容も工夫しつつ、労働者の納得を得られるような待遇を設定すべきでしょう。
待遇の設定につき、厚生労働省の「高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針」によれば、「高年齢者の意欲及び能力に応じた就業の確保を図るために、賃金・人事処遇制度の見直しが必要な場合」には「能力、職務等の要素を重視する制度に向けた見直しに努めること」、「勤務形態や退職時期の選択を含めた人事処遇について、個々の高年齢者の意欲及び能力に応じた多様な選択が可能な制度となるよう努めること」、「就業生活の早い段階からの選択が可能となるよう勤務形態等の選択に関する制度の整備を行うこと」などが記載されています。

⑶無期転換申込権への対応
 60歳から65歳まで1年契約の再雇用で、65歳以降も同じく再雇用を行う場合、65歳を超えた段階で労働契約法18条1項による無期転換申込権が発生するため、注意が必要です。有期契約特別措置法に基づく特例の適用を受けることや無期転換申込権が行使されることを見越した第二定年制の導入により対応することが考えられます。

3 創業支援等措置を選択する場合
 就業確保措置として、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入などを選択することもできます。これを「創業支援等措置」といいます。
⑴下請法との関係
 70歳までの就業確保措置として、創業支援等措置を取る場合、雇用によらないため、高年齢者の雇用管理上の規制や労働法規の規制を受けることはありませんが、下請法等の規制を受ける場合がることにも注意が必要です。

⑵労働者性について
創業支援等措置は雇用によらない措置であるため、対象となる高年齢者に労働者性が認めらない働き方としなければなりません。労働者性が肯定された場合、労働法規の適用されるリスクがあります。

4 高年齢者人材をいかに活用するか
 今後、少子化により若手人材が不足する中で、健康で勤労意欲のあるシニア人材の活用が必要となります。企業は、法律が変わったからというよりは、いかに働く意欲のある高年齢者を活かすかという視点で、その職務内容や待遇を設定していくべきではないでしょうか。ポストコロナ禍の時代を勝ち抜くため、人事制度・賃金制度全体の見直しを図るタイミングが来ているのではないかと考えます。
 企業の人事制度・賃金制度の見直しには、同一労働同一賃金、就業規則の不利益変更など法的な検討を要する場面がたくさんあります。お困りの際には、お気軽に弁護士にご相談ください。

迷惑行為動画の投稿問題と企業の対応

(質問)
 某回転ずしチェーン店での迷惑行為動画が世間を賑わせていますが、法的責任と企業の対応について教えてください。

(回答)

1 SNSでの迷惑行為動画の投稿問題
 令和5年1月末頃、某回転ずしチェーン店で、客が卓上のしょうゆボトルの注ぎ口や未使用の湯のみをなめる様子などを撮影した動画がSNS上に投稿される事件が、その直後、2月初め頃にも、別の某回転ずしチェーン店で、客がレーンを流れる寿司を手づかみで直接食べ、卓上の醤油ボトルを口に含んで笑みを浮かべる様子などを撮影した動画がSNS上に投稿される事件がありました。どちらも、単なる悪ふざけでは済まされず、刑事事件になっています。そこで、今回は、迷惑行為の法的責任と企業の対応についてお話しします。 

2 迷惑行為に対する民事責任
店舗で迷惑行為を行い、その様子を撮影して、SNSに投稿する行為には、その行為と因果関係が認められる範囲の損害につき、行為者は、不法行為に基づき損害賠償責任を負う可能性があります。損害の範囲としては、消毒や清掃などの対応に要した費用、減少した売上に相当する金額などが認められると考えられます。ただし,特に,売上の減少が損害と認められるかは、迷惑行為と売上げの減少との因果関係を立証できるのかという問題があります。損害の範囲は、事案によって異なりますが、迷惑行為により売上げが大幅に減少した事案であれば、極めて高額な損害賠償請求となる可能性もあります。

3 親の監督責任を追及できないのか?
 ひと昔前にはバイトテロなんてものもありましたが、若者による迷惑行為が多く問題となっています。そこで、迷惑行為者が、未成年の場合、親に損害賠償請求できないかという問題もあります。
⑴責任能力がない未成年者の場合
未成年は、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったとき、賠償責任を負いません。裁判例上、12歳程度までの子どもについては、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていないと判断される傾向です。責任無能力者が責任を負わない場合、その監督義務者は、監督義務を怠らなかったこと、又は、監督義務を怠らなくても損害が生ずべきであったことを立証しない限り、責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負います(民法714条)。責任能力がない未成年者の場合、未成年者は責任を負わず、民法714条により、親に対して、損害賠償請求することができます。
⑵責任能力がある未成年者の場合
また、未成年者が責任能力を有する場合でも、監督義務者の監督義務違反と未成年者の不法行為によって生じた結果との間に因果関係があるときは、監督義務者に民法709条に基づく不法行為が成立します。もっとも、この監督義務とは、危険発生の予見可能性がある状況下で権利侵害の結果を回避するために必要とされる行為をなすべき義務であるため、一般論として、子による突発的な迷惑行為には、監督義務の違反は認められにくいと考えられます。
以上のように、民事責任については、損害の範囲はどこまで認められるか、迷惑行為者が若者(特に未成年)の場合、賠償金を回収できるのかという問題なども考慮する必要があります。

4 迷惑行為に対する刑事責任
 刑事責任としては、迷惑行為により、業務を妨害した場合には、威力業務妨害罪や偽計業務妨害罪が成立します。また、備品を損壊、汚損など物の本来の効用を失わせた場合には、器物損壊罪が成立します。刑事責任については、迷惑行為の内容に応じて、犯罪の成否を検討する必要があります。迷惑行為動画の投稿には、若者の悪ふざけという面はありますが、企業は、こうした行為を許しておくべきではありません。特に、飲食店では、食の安全を脅かす重大な問題です。迷惑行為の抑止のため、被害届の提出や刑事告訴といった強硬な措置を取るべきです。

5 企業防衛には性悪説!!
 なぜ若者が迷惑行為動画を投稿するのか不思議ですが、きっと自分の行為がどんな結果を招くのか想像ができないのでしょう。誰もがSNSで容易に情報発信できる時代だからこそ、見えていなかった事件が顕在化しているだけかもしれません。
何事もそうですが、企業防衛には性悪説的な発想で対策を講じなければならないと私は考えています。悪い顧客の存在を常に想定しながらも、顧客に対する利便性やサービスの質を損なわない範囲で、事前防止策を講じる必要があります。ただし、どこまで対策すべきかは非常に悩ましい問題で、完全に防止する対策を講じることは現実的ではありません。
結局は、問題発生時にどれだけ適切かつ迅速な対応を行い、顧客からの信頼回復ができるかが最も重要となります。不祥事の際に、頓珍漢な記者会見を開いたり、初動対応を誤っている事例もときどき見ます。適切な対応には、事前に法的な検討をすることが不可欠です。お困りの際には、弁護士にご相談ください。