経営判断の原則

(質問)
 不動産投資会社であるX株式会社の代表取締役Yは、X社名義で評価額800万円の甲土地を5倍の4000万円で購入しました。甲土地を4000万円で購入した理由は、知人Aから、甲土地の近隣には鉄道の駅が新設などの未公表の計画があり、これが現実すれば大規模な再開発がなされ、10数年後には、甲土地の評価額は1億円を超えることが予想されるとの情報を得たからです。しかし、上記計画は地元住民の強い反対により中止になり、甲土地の評価額は800万円のままでX社は差額の3200万円の損害を被りました。
 X社の株主は、甲土地の購入にあたり、Yの経営判断に誤りがあったとして、株主代表訴訟提起を検討しています。YはX社に対して損害賠償責任を負うことになるでしょうか。

(回答)

1 取締役と会社の関係
取締役は株主総会で選任(会社法329条1項)され、会社とは委任関係(民法644条、会社法330条)となり、取締役は委任関係によって会社に対して、忠実義務及び善管注意義務を負うことになります。
そして、取締役に上記の義務違反があった場合には、取締役としての任務懈怠があったとして、会社法423条1項により、会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。

2 経営判断の原則
取締役は会社の経営者として、会社の発展や会社の利潤を追求しなければなりません。その場合には一定のリスクを冒すことがあり、全くのリスクを冒すことなく、会社が成長し成功することはありません。
 そこで、取締役の経営判断が会社に損害をもたらす結果であったとしても、その判断が、誠実に行われ、合理性を担保する一定の要件のもとで行われた場合に、取締役は直ちに任務懈怠責任を負わないという原則があります。
 これを経営判断の原則といいます。
 上記のように、同原則は、取締役が会社の発展や会社の利潤を追求するためにした冒険的な経営判断についての責任範囲を限定するものです。そのため、当然ですが、故意による法令違反や、取締役と会社との利益が衝突する利益相反取引や競業取引の場合には同原則は適用されないことになります。 

3 判断基準
裁判実務においては、取締役の経営における判断を萎縮させないため、取締役に相当程度の裁量があることを前提に、経営判断をした当時の状況に照らし、経営判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがなかったか、その事実に基づく意思決定の過程、内容に通常の会社経営者として著しく不合理な点がなかったかを検討し、同原則の有無を判断しています。 

4 相談事例についての判断
相談事例では、当初予定されていた甲土地の近隣地域の開発計画が中止になり、結果として甲土地の価値が上昇しなかったため、X社は3200万円の損害を被ってしまいました。
 もっとも、代表取締役Yは、当初の計画通りに開発が進めば、甲土地の価値は1億円以上のものになり、購入時の価格の10倍以上になると考え、X社の利益を求めて甲土地を購入しています。
 そこで、当初の計画がどの程度明確になっていたのか、甲土地周辺の地価変動の状況や知人Aの情報の正確性、また知人A以外の専門家の意見を踏まえて甲土地の購入を検討したのかなど、情報収集、調査や事実の分析を適切に行い認識していたにもかかわらず、今回の計画中止が想定外の出来事であった場合には、Yの甲土地購入の判断は著しく不合理であることは言えず、経営判断の原則によりYの任務懈怠は認められないことになります。
 同原則を検討するにあたり、X社と同業種の通常の経営者がAと同じ立場に立った場合、Yと同様の判断する可能性が高いか否かも重要なポイントとなってきます。
 経営判断の原則は、裁判実務を踏まえて様々な要素を総合的に考慮して判断をしなければなりません。
 お困りの際は弁護士に御相談ください。