振込先を間違った!誤振込みの法律問題

(質問)
 ⅩはA名義の普通預金口座に5000万円を振り込むため,Y銀行B支店に振込依頼をしましたが,Ⅹは誤ってZ名義の普通預金口座を受取口座に指定しました。これにより,同口座に5000万円の入金記帳がなされました。Xは、これに気づき,金融機関に連絡しましたが,Zはすでに入金された金銭全額を引き出していました。
 この場合、どのような法律関係になるでしょうか。

(回答)

1 誤振込みの法律問題
振込依頼人が誤った口座を受取口座に指定してしまい、金融機関がこれに従って入金処理をしてしまったような場合を誤振込みといいます。最近では、ある自治体が住民に対して新型コロナウイルス対策関連の給付金を誤って振込んでしまった事件が話題となっていましたが、これも誤振込みの事例の1つです。今回は、誤振込みが発生した場合の法律問題について、お話しします。

2 受取人は誤振込みにより預金債権を取得する!?
振込依頼人の錯誤により誤振込みが生じた場合、受取人と金融機関は、どのような法律関係になるでしょうか。判例では、振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対してその金額相当の普通預金債権を取得すると判断されています(最判平8・4・26民集50巻5号1267頁)。つまり、振込依頼人の錯誤により誤振込みが生じた場合、受取人は金融機関に対して預金債権を取得します。そのため、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人が、入金処理の完了後に申し出た場合、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す手続き(組戻し)を行います。

3 振込依頼人から受取人に対する不当利得返還請求
誤振込みをした場合、組戻しができれば問題はありません。しかし、受取人が組戻しに応じなかった場合、振込依頼人は、受取人に対して、どのような請求を行うことができるでしょうか。確かに、受取人は振込金額に相当する預金債権を取得しますが、預金債権に相当する金銭的価値は、本来、振込依頼人に帰属すべきものです。そのため、振込依頼者は受取人に対し,誤振込みによって法律上の原因なく利益を受け、他人に損失を及ぼしたとして,不当利得返還請求をすることができます。
  ただし、預金を引き出されて、受取人にめぼしい財産がなくなってしまうと、強制執行が困難となります。そこで、予め、不当利得返還請求権を被保全権利として,預金債権の仮差押えをする必要があります。

4 受取人は刑事責任を負うか?
受取人は誤振込みにより預金債権を取得するとされますが、「振込依頼人が勝手に間違えたんだから、払い戻していいでしょ」とはいきません。受取人が誤振込みと知りながら払戻し等を受けた場合には、刑事責任を負う可能性があります。
誤振込みと知りながら、銀行窓口でその情を秘して預金の払い戻しを受けた場合、詐欺罪(刑法第246条1項),現金をATMから引き出した場合、窃盗罪(刑法第235条)、ATMで他の口座に振り替えた場合には、電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2)が成立する可能性があります。
振込依頼人も、受取人も、誤振込みに気づいた際には、直ちに、金融機関に知らせて組戻しの手続きを採る対応が適切です。誤振込みに限らず、預金に関する法律問題も弁護士にご相談ください。

遺言書作成後の離婚と遺言の効力

(質問)
 AとXは夫婦であったところ、資産家であったAは、自分の死後に配偶者に対して財産を相続させようと思い、Xに対して全ての財産を「相続させる」旨の遺言書(以下「本件遺言」という。)を作成しました。ところが、AとXの関係性が悪化して、協議離婚をしました。その後、AはYと再婚し、Aが死亡した際、Aの相続人はYのみでした。Aが本件遺言書を失念して、破棄していなかった場合、本件遺言の効力はどのようになるでしょうか。 

(回答)

1 身分行為と遺言の撤回
事例において、本件遺言が有効である場合、Aの遺産が全て遺贈されてしまう可能性が考えられます。遺言は、元来、遺言者の最終意思を尊重して、それに効力を認める制度です。Aは配偶者であることを前提としてⅩのための遺言書を作成したのであれば、離婚後は財産を承継させる意思を有してなかったものと考えられ、本件遺言が有効となってしまうとAの意思に反した結果となってしまいます。そこで、このような場合、遺言を撤回したものとみなされるか否かが問題となります。
 民法では、遺言と遺言後の生前の処分その他の法律行為と抵触する場合、その抵触する部分については撤回したものとみなす(民法第1023条第2項)と定めています。ここでいう「法律行為」には身分行為も含まれると解されます。ただし、身分行為が含まれるとしても、遺言による財産処分行為がその後の生前身分行為と抵触するものとしてその撤回を認めるべきか否かは別に問題となります。
  これに関連する最高裁判決としては、終生の扶養を受けることを前提としたうえ、その所有不動産の大半を養子に遺贈する旨の遺言をした者が、その後養子に対する不信の念を強くしたため、協議離縁をし、法律上も事実上も扶養を受けないことにした場合、その離縁により遺言は撤回されたものであるとしたものがあります(最判昭56・11・13民集35・8・1251)。
  これを参考にすると、本件遺言の作成に婚姻関係が前提としてあったのであれば、その後、協議離婚という身分行為は本件遺言と抵触する行為であり、民法第1023条第2項により本件遺言は取り消したものとみなされる可能性があります。また、本件遺言が推定相続人であることを前提とした遺産分割方法の指定であると解すれば、婚姻関係の解消により推定相続人でなくなったことをもって抵触したと評価できるかもしれません。しかし、実際の裁判では、生前の意図や離婚に至った経緯などを主張立証したうえで、どのような事実認定がなされるか次第となるため、常に抵触すると判断されるかどうかはわからないというのが結論です。
  なお、逆に、前の配偶者に対して財産を遺贈したいと考えている場合でも、効力が争いとなる可能性があるということです。

2 その他遺言の撤回の方法
事例のケースでは手遅れですが、遺言を撤回するのであれば、そのままにせず、然るべき方法を採っておくことが賢明でしょう。遺言を撤回する方法としては、上記の前の遺言と抵触する法律行為をした場合の他後の遺言で撤回の意思表示をする方法、遺言者が遺言書を破棄する方法が考えられます。例えば、新たに遺言書を作成する際に、前の遺言を撤回する旨を明示する方法、自筆証書遺言の場合であれば破り捨ててしまう方法があります。相続に関して意思に反する結果を招くことがないように遺言の管理は適切に行う必要があります。遺言書の作成、相続に関するトラブルは弁護士にお気軽にご相談ください。

公益通報者保護法の改正にいかに向き合うべきか?

(質問)
 公益通報者保護法が改正されたと聞きましたが、どのような法律なのか教えてください。

(回答)

1 公益通報者保護法の改正
公益通報者保護法の改正法が令和4年6月1日に施行されたことはご存じでしょうか。公益通報者保護法とは、事業者の違法行為を内部通報した通報者を事業者による解雇等の不利益取扱いから保護する法律です。改正法では、事業者に対し、内部通報に適切に対応するために必要な体制整備等の義務付け、その実効性確保のために行政措置の導入、通報する要件の緩和等の改正がなされました。そこで、今回は、改正法の内容とこれに対して企業がとるべき姿勢についてお話しします。

2 通報対応体制整備義務の新設
改正法では、事業者に対し、通報体制を整備することを義務付ける規定が新設されました。具体的には、①公益通報を受け、当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及び、その是正に必要な措置をとる業務(公益通報対応業務)に従事する者(公益通報対応義務従事者)を定めること、②公益通報に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとることを義務付けられました(通報対応体制整備義務)。企業は、消費者庁が公表している指針に従って通報対応体制整備等の措置をとる必要があります。ただし、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者(中小事業者)については努力義務です。

3 通報対応体制整備義務のポイント
通報対応体制整備につき、指針によれば、次のような措置をとる必要があります。通報受付窓口の設置、通報があった際の調査の実施、調査の結果、違法行為があった場合、是正措置を講じることが求められます。また、通報者の不利益取扱いを防止する措置や情報の範囲外共有を防止する措置、通報者の探索を防止する措置など公益通報者を保護する体制の整備が必要です。さらに、内部通報対応体制に関する教育、周知や内部規程の策定など内部公益通報体制を実効的に機能させる措置が必要になります。企業は、指針で求められる事項につき、公益通報対応規程を作成するなど公益通報があった場合に備えておかなければなりません。

4 中小事業者の努力義務とは?
通報対応体制整備義務が適切に履行されているかを確認するために、内閣総理大臣は、事業者に対し、報告を求め、または助言、指導もしくは勧告をすることができます。また、報告徴収に応じない場合や虚偽報告に対しては過料が課されます。そして、労働者の数が300人を超える事業者については、勧告に従わない場合、勧告に従わない旨を公表することができます。中小事業者は努力義務ですが、これに関しては、勧告に従わない場合、公表されるか否かが違うにすぎません。中小事業者も通報対応体制の整備に努めることを求められているということです。もっとも、どの程度の整備すべきかは、企業の規模ごとに検討する必要があるでしょう。例えば、労働者が少数の会社で内部に独立性の高い相談窓口の設置といった措置をとることは現実的ではありません。

5 その他の改正内容
その他に行政機関等への通報を容易にし、通報者をより保護する改正がなされました。以下で簡単に説明します。公益通報者として保護される者に、退職1年以内の退職者や原則として調査是正措置をとることに努めたことなどの一定の要件のもとで役員も追加されました。また、改正前は、対象法律に規定する罪の犯罪行為の事実が通報対象事実でしたが、改正法はこれに過料を理由とされている事実を追加して、通報対象事実の範囲が拡大されました。さらに、2号通報(処分又は勧告等をする権限を有する行政機関への通報)、3号通報(報道機関等への通報)の要件が緩和されました。加えて、改正前は、公益通報により事業者が損害を受けた場合の通報者の損害賠償責任を免除する規定は存在しませんでしたが、改正法では、事業者は公益通報により損害を受けたことを理由として、通報者に対して損害賠償請求をすることができないとしました。

6 企業はチャンスとらえるべし
事業者の不祥事が後を絶たず、コンプライアンスの徹底が求められる世の中で、今回の法改正は、「遅きに失した」という印象です。企業は、「なぜ密告者を守るんだ」などと否定的に捉えてはいけません。「人財」不足の時代に、法令も守れない企業に優秀な「人財」は集まりません。また、内部通報制度の整備には、社内の不正の早期発見、未然防止といった自浄作用の向上、ステークホルダーの企業への信頼感の向上といったメリットがあります。企業は、今回の法改正を自社のコンプライアンス体制を見直すチャンスととらえ、通報がなされないような企業体制の整備に努めるべきです。法令順守は当たり前とし、SDGsを含めた社会の期待に応えるような企業体制を整えましょう。公益通報者保護法の改正に備えた規定の整備、相談窓口の設置の通報対応体制の整備などでお困りの際には弁護士にお気軽にご相談ください。

個人情報保護法改正-何から始めたらいいの?-

(質問)
 改正された個人情報保護法(以下「改正法」といいます。)が施行されたと聞きました。改正法の概要を教えてください。 

(回答)

1 はじめに
2022年4月1日に、改正法が施行されました。今回の改正は事業者の皆様にとって非常に重要なものとなっています。
  今回の改正のポイントは、事業者に対して、個人情報を流出させないための対策の強化を要求するとともに、流出した場合の対応方法を準備するよう要求することにあります。 

2 個人の権利の在り方の見直し
改正法は、個人の権利の在り方について見直していますが、これは言い換えると本人からの求めに応じて事業者が対応すべき事項が増大することを意味しています。
たとえば、改正前個人情報保護法(以下「旧法」といいます。)では、本人が事業者に対して個人保有データの利用停止や消去を請求できるのは、事業者が目的外利用した場合や不正取得した場合に限定されていました。
それに対して改正法では、一部の法違反の場合に加えて、個人の権利又は正当な利益が害される「おそれ」がある場合にも、本人から個人データの利用停止・消去が請求できるようになります。権利利益が侵害される「おそれ」があるだけでよいため、利用停止等を請求することができる範囲は広範なものとなります。具体的には、個人情報取扱事業者が十分な安全管理措置を取っていない場合やダイレクトメールの送付を停止したにもかかわらず、繰り返し送付する場合などがあります。詳細については、個人情報保護委員会がガイドラインを制定しているのでそちらをご確認ください。
また、旧法でも、事業者が第三者に個人情報を提供する場合には、いつ、誰に対して、どのような情報を提供したかについて記録する必要がありましたが、改正法では、本人が事業者に対してそのような記録の開示を請求することができることになりました。
本人からの求めに応じて事業者が対応すべき範囲が拡大されたことに伴い、必然的に事業者がいつでもそれに応じられるよう準備しなければならなくなったため、事業者は個人情報の取扱いに関する内部規定を定めておく必要があります。 

3 事業者の守るべき責務の在り方の見直し
「事業者の守るべき責務の在り方」についての重要な変更点としては、個人情報の漏えいが発生し、個人の権利利益を害するおそれが大きい場合には、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化されました。プライバシー性の高い個人情報が漏えいした場合や不正アクセスによるデータ漏えい、あるいは財産的被害のおそれがある漏えいの場合には、漏えいの報告を行う必要があるとされています。
  仮に個人情報の漏えいが発生した場合、発生してからどのように対処するべきか検討するのでは遅く、発生した場合に講ずべき措置についてまとめたフローチャートを事前に作成しておかなければなりません。対応の遅れによっては企業イメージが大きく損なわれることになります。 

4 早急に内部規定などの見直しを!!
改正法で見直された点は上記以外にも、外国にある第三者への個人データの提供時の本人への情報提供義務、安全管理のために講じた措置の公表義務、提供元では個人データに該当しないものの提供先において個人データとなることが想定される情報の第三者提供において本人同意があることの確認義務など多岐に渡っており、内容も複雑となっています。そのため、内部規定等を見直すにも時間がかかる可能性があります。
情報管理のミスは会社にとって致命的なミスとなりかねませんので、予め改正法に対応した内部規定を構築しておくことが重要です。また、構築するだけではなく、リスクマネジメントの一環として従業員に対する研修を実施するなど個人情報管理の重要性を周知させることも忘れてはなりません。
改正法に対応した内部規定を整備されていないという方は、お早めに弁護士にご相談されることをお勧めします。

過重労働-脳・心臓疾患の労災認定基準-

(質問)
 従業員に過重労働となるような長時間労働をさせないよう気を付けたいと考えていますが、どこからが過重労働になるのでしょうか。いわゆる「過労死ライン」に達していなければ問題ないと考えてもよいでしょうか。

(回答)

1 なくならない過重労働
 令和3年5月17日、WHO(世界保健機関)とILO(国際労働機関)とが共同で行った研究の結果として、2016年に長時間労働が原因で死亡した労働者の人数は世界で74万5000人にも上ることが報告されました。長時間労働と死亡との関係を世界的に調査した研究は初めてとされており、過重労働は、今、世界的に問題視されています。
 そのような状況のなか、日本では、この9月14日、「業務による過重負荷を原因とする脳・心臓疾患についての労災認定基準」が、実に20年ぶりに改正されました。今回は、この新しい労災認定基準の内容をもとに、事業者が過労死対策のためになすべきことを考えていきましょう。

2 脳・心臓疾患の労災認定基準とは?
 「脳・心臓疾患の労災認定基準」は、労働者が対象となる疾病(脳内出血などの脳血管疾患及び心筋梗塞などの虚血性心疾患等)を発症した場合に、その疾病が業務に起因するものといえるかどうかを判断するために厚生労働省が定めた基準です。厚生労働省は、業務の「過重負荷」が認められる場合には疾病が業務に起因するものであると評価できるという考えのもと、「過重負荷」があったと認められるための基準を定めています。この基準は、事業者にとっても、労務管理を行う上で重要な指針となるものといえます。
 この基準の中で、よく取り沙汰されているのが、いわゆる「過労死ライン」と呼ばれる基準です。その内容は、「対象となる疾病の発症前1か月間に100時間、または発症前2~6か月平均で月80時間を超える時間外労働をしていた場合、その疾病と業務とが強く関連付けられる」というものです。
もっとも、この「過労死ライン」は、これを超えないように守ってさえいれば安全安心であるといえるようなものではありません。

3 過重負荷となるかは総合評価で決まる!
 前記労災認定基準は、長期間労働が「過重負荷」と認められる基準として「過労死ライン」を定める他にも、時間外労働時間が月45時間を超えて長くなるほど疾病と業務との関連性が強まること、労働時間以外にも勤務時間の不規則性、事業場外の移動を伴う場合のその態様、心理的・身体的負荷や作業環境など業務が労働者に与える様々な負荷要因を考慮して業務の過重性を判断すべきことを定めています。
 また、今回の改正で、労働時間が「過労死ライン」に満たない場合でも、これに近い時間外労働をしており、それに加えて一定の労働時間以外の負荷が認められれば、疾病と業務との関連性が強いと評価できる旨が明確に基準として明示されました。
すなわち、「過労死ライン」は「過重負荷」の有無を決めるためのあくまで目安となるものであって絶対的な指標ではなく、「過重負荷」の有無は、業務が従業員に与える様々な負荷を総合的に考慮して判断されるものなのです。

4 事業者としてすべきこと
 このように、「過労死ライン」は、単にそれを死守していれば労働者に過重負荷を与えていることにならないというものではありません。
事業者としては、第一に、従業員の労働時間を正確に把握できる仕組みを構築した上で、労働時間だけでなく勤務の態様や業務の内容を総合的にみて従業員への「過重負荷」が生じていないかを評価し、必要があれば十分休息を取らせるなど適切に労務管理を行うことが求められています。
 コロナ禍の現在、テレワークの普及により「隠れ長時間労働」が増加していると言われており、これによる過労死の増加も懸念されているところです。

 従業員の健康被害のリスクや労働時間の管理についてお悩みの方は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

書面でする消費貸借契約

(質問)
 XはYに対して事業資金として100万円を貸付ける約束をしました。ただし,Xの資金調達の都合があったため,金銭の交付は1か月後とすることで合意して契約書を作成しました。ところが,1か月後,Xは100万円を交付しませんでした。この場合,YはXに対して,100万円の交付を求めることができるでしょうか。

(回答)

1 書面でする消費貸借契約
 民法は,従来,消費貸借契約を物の交付を要件として成立する要物契約としてのみ規定していました。しかし,現代では,借主が,融資受けられることを前提として,事業活動を営むケースが多々あり,当事者の合意のみで成立する諾成契約として貸主に貸す義務を認めなければ,借主に不測の損害を与える場合があります。そこで,民法改正では,書面による場合に限り,金銭その他の物の引渡しを約束し,その返還を約束すれば,物の交付を要せず,例外的に,諾成契約として消費貸借契約が成立するという規定が新設されました(民法587条の2第1項)。これを「書面でする消費貸借契約」といいます。この場合,契約に基づき,貸主には「貸す義務」が,借主には「借りる権利」が発生します。また,消費貸借契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは,その消費貸借は,書面によってされたものとみなされます(同条第4項)。
事例では,契約により,YはXに100万円の交付を求めることができます。また,Xの「貸す義務」の債務不履行を理由として,YはXに対し,履行遅滞となった時点の法定利率あるいは法定利率を超える約定利率による損害賠償請求ができます。

2 受け取り前の解除権
 では,金銭を受領する前に,Yに資金需要の必要がなくなった場合は,どうでしょうか。書面でする消費貸借契約では,借主は,貸主から金銭その他の物を受け取るまで,契約の解除をすることができます(民法587条の2第2項前段)。そのため,Yは理由を問わず,契約を解除できます。ただし,金銭その他の物を受け取る前の解除によって,貸主が損害を受けた時には,貸主は、借主に対し損害賠償を請求できます(同項後段)。

3 「書面でする消費貸借契約」のポイント
 民法改正で新設された「書面でする消費貸借契約」のポイントは,①諾成契約として,消費貸借契約を成立させるには,合意を書面にする必要があることが明文化されたこと,②書面でする消費貸借によれば,貸主に「貸す義務」が生じるため,借主は,貸付を義務付けることができることです。借主が,予め融資を確保しておきたい場合に,書面でする消費貸借契約が活用できるかもしれません。ただし,金銭等を受け取る前に解除する場合には,貸主の損害を賠償しなければならないリスクに注意しなければなりません。

 お困りのときは、弁護士にご相談されることをお勧めします。

従業員の休職への対応について

(質問)
 従業員が精神疾患で欠勤をしていますが、休職、解雇等、どのように対応すればよいでしょうか。

(回答)

1 休職制度とは?
 そもそも、従業員が私傷病で働けない状態であることは、労働契約の内容である労務提供ができない状態です。労務提供ができないということであれば、通常は解雇することが考えられます。
 しかし、解雇は簡単にはできないと聞いたことがある方も多いかもしれませんが、解雇は、客観的合理的な理由と社会通念上の相当性がなければ、解雇権の濫用として無効とされる場合があります。そして、多くの会社では、従業員の長期雇用を前提としていますので、私傷病で働けないことから、労務提供ができないとして直ちに解雇することは、解雇権の濫用にあたる可能性があります。
 そこで、実務では、私傷病欠勤を理由に直ちに解雇するのではなく、一定期間の猶予を与えて回復を待ち、それでもなお回復しない場合に労働契約を終了する制度として休職制度が設けられてきました。

2 休職規定について
 休職規定の内容は会社によってさまざまですが、例えば、勤続年数に応じて、6ヶ月から1年半程度の休職期間を設け、休職期間が満了したときには、当然退職の扱いとすることが考えられます。当然退職とすることで、解雇の際のトラブルが生じにくいということになります。
 また、休職期間中の給与は無給としている会社が多いと思われます。なお、従業員が健康保険に加入している場合には、傷病手当金が支給されることになります。

3 復職の基準とは?
 復職はどのような場合に認めればよいのでしょうか。一般的には、従来の業務を健康時と同様に通常業務遂行できる程度に回復する必要があると考えられています。復職可能かどうかはトラブルになりやすいので、会社指定医への受診を行わせる等の復職の手続を明確にしておくことが必要です。

4 就業規則に休職規定がない場合には?
 万が一、就業規則に休職規定がない場合には、私傷病により欠勤している従業員を直ちに解雇することになるのでしょうか。
 先に述べたとおり、解雇には客観的合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です。したがって、解雇が無効とされないように、休職規定がない場合でも、休職に相当する期間については欠勤を認めて解雇を猶予するなどしておき、その期間を待って解雇に踏み切るといった対応が考えられます。

 お困りのときは、弁護士にご相談されることをお勧めします。

従業員の秘密保持-秘密情報流出のリスクに備える-

(質問)
 当社を退職予定の従業員が、退職後において、在職中に得た秘密情報を悪用しないかどうかが心配です。秘密情報の悪用を防ぐには、何か方法はあるでしょうか。

(回答)

1 転職をめぐる秘密流出のリスクが増加している!
 令和3年6月、大手回転すしチェーンを運営する会社の社長について、自身がかつて取締役を務めていた同業他社の元同僚から営業秘密を受け取っていた疑いがあるという報道がされました。
 従来の終身雇用制度が崩れつつあり、転職が増加する昨今において、このような転職をめぐる秘密情報の漏えいは増加傾向にあると言われています。
IPA(情報処理推進機構)の営業秘密管理に関する実態調査によれば、様々な情報漏えいルートのうち、「中途退職者による情報漏えい」は平成28年の調査では28.6%であったところ、令和2年の調査では36.3%に増加しており、すべての情報漏えいルートの中で最多のものとされています。

2 従業員は秘密保持義務を負う?
 ところで、そもそも、従業員は企業に対し秘密保持義務を負うのでしょうか。
 まず、その情報が不正競争防止法上の「営業秘密」にあたるものである場合には、従業員は、在職中であると退職後であるとを問わず、これを不正に取得し、利用や開示をすることは、法律上禁止されています。そして、従業員がこの法律に違反した場合、企業はその従業員に対し、漏えい行為の差止め、損害賠償や信用回復の措置を求めることができます。
 ただし、ある情報がこの不正競争防止法上の「営業秘密」にあたるというためには、その情報が①秘密管理性、②有用性、③非公知性という3つの要件を充たすものであることを企業が立証しなければならず、これが認められるには相当程度高いハードルがあるといえます。
 それでは、「営業秘密」にあたるとはいえない秘密情報については、どうでしょうか。「営業秘密」にあたらない秘密情報について、法律上、その不正な使用や開示などを直接禁止する規定はありません。もっとも、在職中の従業員については、労働契約法に定められた信義則上の義務として、企業の秘密を保持する義務があるとされています。他方、退職後の従業員に関しては、悪質な態様の場合を除いて、秘密情報の使用や開示も自由競争の範囲であるとみなされてしまうことが一般的です。
 そこで、退職後の従業員に対し秘密保持義務を課し、また、在職中・退職後を問わず従業員が保持すべき秘密情報の範囲を明確にするためにも、従業員の在職中に、従業員との間で秘密保持契約を締結しておくことが有効です。

3 秘密保持契約書を作成しよう
 秘密保持契約は、従業員との間で秘密保持契約書を作成することによって締結します。その際、最も重要なのは、「秘密情報」の範囲を明確かつ具体的に特定することです。この点が曖昧であればトラブルの元になりますし、漠然と広く秘密保持義務を課す契約は、無効と判断されてしまう可能性があります。また、従業員の退職後も将来にわたって秘密保持義務を負わせるには、期間の定めのない契約とすることが有効です。
 なお、従業員の秘密保持義務は、個々の従業員と秘密保持契約を締結することのほか、就業規則で定めることも可能です。もっとも、就業規則でこれを定めた場合、就業規則そのものが従業員に周知徹底されていなければ秘密保持を定めた条項も有効なものとみなされないこととなりますので、注意が必要です。このような点が争われた場合に備え、やはり、個別に秘密保持契約書を作成しておくことがより望ましいと考えられます。

4 情報化社会の中で安全な経営を目指す
 秘密情報は、競業などに利用されるのみならず、インターネット上に流出させられる危険性もあるところ、SNSの普及により情報が拡散されやすくなっている現代において、秘密情報をしっかりと守る体制を整えることは、企業にとってとても重要です。

 秘密保持契約書の作成や従業員の秘密保持を始めとした秘密情報の管理についてお悩みの方は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

内定者の突然の辞退

(質問)
 入社日の直前になって、内定者から「他社に就職することにしたので、内定を辞退したい」と連絡がありました。辞退の連絡が突然すぎて、非常識だと思います。
 このような非常識な内定辞退が許されるのでしょうか。また、損害賠償を請求することはできるのでしょうか。

(回答)

 内定を辞退するにしても、できるだけ早めに連絡をしたりお詫びをしたりするなど、常識的な対応をしてほしいというのは当然のことだと思います。
 入社日直前の辞退や事前連絡がないままの辞退に対しては、何かしらの対応をしたくなるという気持ちも分からないではありません。

1 内定者は自由に辞退できるのか
 法律的には、内定が決まった時点で労働契約が成立したことになります。したがって、「内定者が内定を辞退する」ということは「労働者が労働契約を解約する」ということになり、その意味では退職と同じです。
 民法上、労働者はいつでも労働契約の解約の申入れをすることができ、解約の申入れの日から2週間を経過することによって労働契約が終了することになっています(民法627条)。このルールは、労働者の退職の自由を保障するための強行規定であると考えられています。
 したがって、労働者に退職の自由が認められる以上、内定者にも辞退の自由が認められるということになります。

2 損害賠償を請求することができるのか
 労働者の退職の例でいえば、退職が社会的相当性を逸脱し、極めて背信的な方法で行われた場合には、債務不履行責任や不法行為責任を負うこともあるとされています。しかし、悪質な一斉大量引抜きなどが行われない限り、債務不履行責任や不法行為責任が成立することはほとんどないと思われます。
 これとパラレルに考えれば、辞退の連絡が突然すぎるという点のみをもって、辞退が社会的相当性を逸脱し、極めて背信的な方法で行われたと評価することは困難です。会社が内定者のために多額の設備投資などの特別の準備をしていて、そのことを内定者も十分に認識していたような場合でない限り、損害賠償を請求することは難しいと思われます。

3 見方を変えると・・・
 仮にそのような内定者を採用していた場合、会社の業務でも重要な連絡をしないなどの問題が生じていたかもしれません。しかし、問題のある労働者であっても、簡単に解雇できるわけではありません。
 見方を変えると、そのような事態が生じずに済んだ、会社がそのような問題に巻き込まれずに済んだと考えることもできます。新たに良い人材を採用することができるよう、気持ちを切り替えるのが生産的だと思います。

 お困りの際は、弁護士にご相談ください。

高齢者の雇用確保と就業確保

(質問)
 2021年4月から高齢者の雇用のルールが変わったと聞きました。どのように変わったのでしょうか。 

(回答)

 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(通称:高齢者雇用安定法)が改正され,70歳までの雇用確保と就業確保に関する新しいルールが導入されました。70歳就業法といわれることもあり,4月1日から施行されています。
 これまでのルールと,70歳就業法によって新しく導入されたルールを確認していきましょう。

1 これまでのルール‐60歳以上の定年と65歳までの雇用確保
 企業が従業員の定年を定める場合,60歳以上とする必要があります(60歳以上の定年)。
 また,企業が65歳未満の定年を定めている場合,①65歳まで定年を引き上げる,②65歳までの継続雇用制度を導入する,③定年を廃止する,のいずれかを講じなければなりません(65歳までの雇用確保)。
 これらは努力義務ではなく,義務です。多くの企業は,定年を60歳とした上で,65歳までの再雇用制度を導入しているといわれています。

2 新しく導入されたルール‐70歳までの雇用確保と就業確保
 70歳就業法では,これまでのルールである65歳までの雇用確保義務はそのままで,さらに70歳までの雇用確保と就業確保の努力義務が規定されました。
 努力義務の内容は,①70歳まで定年を引き上げる,②70歳までの継続雇用制度を導入する,③定年を廃止する,④70歳まで業務委託契約を締結することができる制度を導入する,⑤70歳まで社会貢献事業に従事することができる制度を導入する,のいずれかです。
 ①②③の内容は,これまでのルールである65歳までの雇用確保義務の延長線上にあるといえます(70歳までの雇用確保)。
 これに対し,④⑤の内容は,①②③とは少し異質です。フリーランスとして仕事を受けたり,社会貢献事業に参加したりして収入を得るのですから,従業員ではなくなるわけです(70歳までの就業確保)。その影響から,④⑤を導入するためには,過半数組合か過半数代表者の同意を得ることが必要とされています。

3 企業の対応
 現時点では努力義務にとどまりますが,政府は義務化を検討すると明言しており,今後,義務になることも十分に考えられます。
 義務化された場合,70歳までの再雇用制度を導入する企業が多いのではないかと思われますが,いずれの措置を講じるにせよ,就業規則の見直しは必須です。

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