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売主の担保責任と契約書作成のポイント

(質問)
 Xは、自家用車としてYから中古車を購入し、引き渡しを受けました。数日後、Xがその中古車を運転していると、エンジンが不具合を起こして動かなくなりました。原因を調査したところ、購入前からエンジンに不具合があったことが判明しました。XはYに対してどのような法的請求ができるでしょうか。 

(回答)

1 売主の担保責任
 「瑕疵担保責任」という言葉が浮かんだ方もいるかもしれませんが、ご存じのとおり、2020年4月1日に施行された改正民法で、「瑕疵担保責任」は姿を消し、「契約不適合責任」の規定に改められました。民法では、売主が買主に対して売買の目的物を引き渡した場合、引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は売主に対して①追完請求、②代金減額請求、③損害賠償請求、④解除権の行使ができる旨規定されています(民法562条から564条)。これは、「契約不適合責任」などと呼ばれます。従来の瑕疵担保責任との違いは、「隠れた瑕疵」という文言がなくなったこと、①追完請求、②代金減額請求が新設され、買主の救済方法の選択肢が増えた点が挙げられます。
 事例では、Xは中古車を自家用車として購入しており、不具合がなく走行できる車であることが契約の内容となっています。本件中古車はエンジンの不具合で動かなくなったため、その品質は契約の内容に適合していません。したがって、XはYに対して①~④の請求ができる可能性があります。

2 履行の追完請求
 目的物に契約の不適合がある場合、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求できます。この際に、追完の方法は買主が選択できますが、売主は買主に不相当な負担を課するものではないときにはそれと異なる方法により履行の追完をすることができます。XはYに対して中古車の修理、契約の内容によっては代替物の引渡しを求めることもできます。

3 代金減額請求
 目的物に契約の不適合がある場合、買主が相当な期間を定めて履行の追完を催告し、その期間内に履行の追完がないときなどには、買主は、不適合の程度に応じて代金の減額を請求できます。XがYに対して修理や代替物の引渡しを求めたが、これに応じない場合、XはYに対し、代金減額請求ができます。すでに代金を支払っている場合は、減額した金額について、不当利得返還請求ができると考えられます。

4 損害賠償請求及び解除
 目的物に契約の不適合がある場合、買主には、追完請求権及び代金減額請求権が認められますが、それによって債務不履行による損害賠償請求権及び解除権の行使は妨げられません。XはYに対して、解除権の行使や損害が生じた場合には損害賠償請求ができます。

5 契約書作成のポイント
 民法改正により買主の救済方法が増えましたが、かえって、目的物の修補の方法、代替物の引渡しの可否、代金減額の算定方法など多様化した救済手段に関連するトラブルが増加するのではないかと予想しています。
契約書を作成する際の重要なポイントは、売主の担保責任の規定が任意規定であるため、法律上の制限がない限り、当事者間の合意でこれと異なる定めができることです。例えば、追完請求や代金減額請求を排除したり、追完請求の方法や代金減額の算定方法を予め合意したりすることもできます。売買契約書を作成する際には、予め、契約の不適合があった場合にどのように処理するか定めておくことで、売主のリスクを軽減できます。買主も契約の不適合があった場合の処理について予め合意しておけば、不要なトラブルを避けることができます。ただし、買主側で契約書を作成する際には、救済方法が過度に制限されていないかに注意する必要があるでしょう。

 お困りの際は,弁護士にご相談ください。

従業員の自転車通勤

(質問)
 当社では,多くの従業員が自転車で通勤しています。従業員が自転車で通勤中に交通事故を起こした場合,会社も責任を負うことがあるのでしょうか。 

(回答)

 公共交通機関や自動車で通勤していた人が,通勤ラッシュや渋滞がない,運動になる,環境にやさしいなどの理由で自転車通勤にするということもあるようです。また,いわゆるコロナ禍において,公共交通機関を避けたいという思いから自転車通勤にする人も少なくないと聞きます。

1 使用者責任
 従業員が加害者となる交通事故であっても,事故が会社の事業の執行について発生したといえる場合,会社も損害賠償責任を負います(使用者責任,民法715条1項)。例えば,従業員が社用車に乗って業務中に交通事故を起こした場合であれば,事故が事業の執行について発生したといえ,使用者責任が成立することになるでしょう。
 それでは,従業員の自転車通勤中の交通事故は,事業の執行について発生したといえるでしょうか。通勤に限っていえば,従業員があくまでも個人的な便宜のために自転車を通勤に利用していたということであって,事業の執行について発生したとはいいにくいのではないかと思います。
 ただし,自転車が業務にも利用されていて,会社もそれを容認していたというような場合は,事情が異なってきます。この場合,自転車が社用車に近くなってくるためです。したがって,会社としては,従業員の交通安全意識を高めるだけでなく,通勤用の自転車は業務に利用しないように徹底する必要があるといえます。

2 自転車事故の損害額
 ところで,自動車事故と比較すると,自転車事故は損害額が小さいイメージがあるかもしれません。一般的に,自動車事故の方が衝撃も大きいでしょうから,発生する損害も重大になり,損害額も大きくなる傾向があるとはいえます。
 しかし,損害額は発生した損害によって決まるのであって,自動車だから,自転車だからということによって決まるわけではありません。自転車事故であっても,後遺障害事案や死亡事案になれば,損害額が数千万円に上ることもあるのです。
 最近は,スポーティーな自転車がかなりのスピードで走行しているのを見て,ちょっと怖いなと感じることもあります。接触や衝突の仕方によっては,十分に危険だと思います。

3 自転車保険
 そうすると,自転車であっても自動車と同じような保険に加入しておく方がよいですし,加入しておくべきだということになります。
 岡山市では,令和3年4月1日から,自転車利用者や事業者に対して自転車保険の加入を義務づける条例が施行されました。罰則はありませんが,この機会に,会社の自転車には自転車保険をかけ,自転車通勤の従業員には自転車保険の有無を確認しておくのがよいと思います。

 お困りの際は,弁護士にご相談ください。

テレワーク導入-働きやすい職場環境へ-

(質問)
 今話題のテレワークについて、そのメリットとデメリット、導入するために必要なことを教えてください。 

(回答)

1 今後はテレワーク導入が必須となる!
 テレワークとは、会社のオフィスから離れた場所で働くことをいいます。
 テレワークは、近時の働き方改革の流れを受け、また新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、今、急速に広まりをみせており、東京都では、令和3年2月時点で約65%もの企業がこれを導入しているとされています。
 このテレワークは、感染症への対策として有効であることはもちろんのこと、育児や介護のためのキャリアロスが問題視されている現代社会においては、従業員に仕事と育児や介護との両立を可能にさせ、安心して働き続けることのできる環境を提供する手段として、今後、企業が採るべき必須の手段となっていくものと考えられます。

2 メリットとデメリット
 テレワークを採用するメリットは、まず何よりも、仕事と育児や介護とを両立させたいと考える労働者に訴求し、新たな人材採用への足掛かりとなることや、既存の従業員の流出を防止することが期待できるということです。
 また、テレワーク導入に向けてITツールを導入したりペーパーレス化を進めることは、結果として業務効率化や業務改善にも繋がることとなります。
他方で、テレワークを実施する場合、情報セキュリティ上の問題が生じやすくなるという点や、従業員同士のコミュニケーションが不足しがちになる点にデメリットがあります。
 また、同時に、会社以外の場所で勤務する従業員の労働時間をどのようにして適正に把握するかということも、大きな問題となります。
 もっとも、これらのデメリットは、きちんと制度を整備することで解消したり、リスクを軽減することができるものです。

3 テレワークの導入には何が必要?
テレワークを導入する際、テレワーク勤務時に採用する労働時間制度や、その他の労働条件が通常勤務の時と同じである場合は、必ずしも就業規則を変更する必要はありません。
 もっとも、通常は、就業規則上、新たにテレワークを定義した上で、テレワークを実施する対象者、申請方法、服務規律、労働時間、出退勤管理、賃金や費用負担などについて、ルール作りをすることが必要となります。
この際、特に重要となるのが、労働時間の管理方法についてしっかりと定めておくことです。具体的には、始業・終業の旨を、メールや電話などの方法で連絡することが考えられます。現在は様々な企業から勤怠管理ツールが提供されているため、そういったものを利用することも有効です。
 また、従業員が私用で業務を離れることによって生じる中抜け時間をどのように取り扱うかということも、ルールを決めておくことが必要です。
 さらに、前記の情報セキュリティリスクを軽減するため、セキュリティガイドラインを策定することや、従業員間のコミュニケーションを円滑にするため、ウェブ会議システムやチャットを有効に活用した制度設計をすることも望まれます。

4 働きやすい職場環境づくりへ
人材確保が困難となった現在、従業員に働きやすい職場環境を提供し多様な人材の確保を目指すことは、企業が選択しうる生き残り戦略の重要な手段です。
 「働きやすさ」とは、従業員が誇りとやる気を持ち、スキルの向上と自己実現を妨げられることなく目指していける環境をいいます。テレワークの導入や、フレックスタイム制などの柔軟な労働時間制度を採用することにより働き方の多様性を確保することは、企業が従業員に提供することができる「働きやすさ」の1つの形といえます。
 テレワークの導入を始め、より働きやすい職場環境を作るための就業規則の整備等にお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

相続欠格制度

(質問)
次のような場合,Ⅹは相続資格を有するかどうか教えてください。
(1) ⅩはAの配偶者です。XはAの多額の資産に目がくらみ,薬を使ってAを殺害しました。Xは殺人罪で実刑判決を受けました。
(2) Aには子であるXとYがいます。AはXが同居して生活の世話をしていたことから,「Xに対して全ての遺産を相続させる。」という遺言を作成しました。その後,XのAに対する態度が悪くなったため,Aは遺言書の撤回を考えたが,Xは言葉巧みにAを騙して,遺言書の撤回を断念させました。その後,Aは死亡しました。
 

(回答)

1 相続欠格制度とは?
事例(1)はまるで和歌山県の大富豪の事件の被疑事実のような話ですが、ごく稀にこのような事件が起こります。このような相続制度の基盤を破壊するような行為をした者に対して、民法は,被相続人の意思にかかわらず,法律上当然に相続資格をはく奪する制度を定めています。それが相続欠格制度(民法891条)です。

2 5つの欠格事由
民法891条は次の5つの相続欠格事由を定めており、これらの事由に該当する場合、当然に相続資格を失う効果が生じます。
①故意に被相続人又は相続人について先順位・同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者(同条1号)
②被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告発しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、または殺害者が自己の配偶者もしくは直系血族であったときは、この限りではない(同条2号)。
③詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者(同条3号)
④詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者(同条4号)
⑤相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者(同条5号)

3 Xの相続資格はどうか?
事例(1)は1号事由に該当するため、Xは相続資格を喪失します。もっとも、通説によると、「故意」とは、殺人の故意のみならず、殺害により相続上の利益を得ることの故意も必要と解されること、執行猶予付き判決を受けた者は、執行猶予期間が経過すれば、刑の言渡しが効力を失うため、相続欠格とならないと解されていることにも注意が必要です。
 事例(2)は3号事由に該当するため、Xは相続資格を喪失します。ただし、Xに子がいる場合には、代襲相続(民法887条1項)により、その子が相続人となります。
 このように被相続人または先順位・同順位相続人の殺害に関わった場合や遺言行為への不正な干渉をした場合には、相続資格を喪失するケースがあります。相続や遺言に関するトラブルは弁護士にご相談ください。

空き家と相続問題

(質問)
 先日、Aが死亡しました。Aには、Aの子であるBがおり、配偶者のCはAより先に亡くなっています。Aの財産には、土地とその土地上の建物があります。ところが、それらの不動産は、田舎の実家で空き家になってから数年が経っています。Bはその空き家の処分をどうしたらいいでしょうか。

(回答)

1 空き家と相続問題
昨今、空き家が放置されている問題が社会問題として取り上げられています。空き家が発生する原因には、所有者の死亡や高齢者の転居などが挙げられます。特に、相続財産に不動産が含まれていることは多々あり、相続が発生した場合に、空き家となっている不動産の扱いが問題となります。

2 相続放棄をすれば、空き家の管理をせずともよいのか?
空き家を相続した場合、空き家の所有者として土地の工作物責任など法的な責任を負います。それを避けるために、相続放棄をすればよいのではないかと考えられます。しかし、相続放棄により相続人が不在となった場合にも、相続放棄をした者は、相続財産管理人が選任されるまで相続財産について管理義務を負うことになるため、注意が必要です。 
 民法では、相続の放棄をした者はその放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならないとされます。相続人が不在の場合には、相続財産管理人が選任され、相続財産の管理がされるまで、相続放棄をした者は、相続財産の管理義務を負うことになります。相続財産管理人を選任しないまま、空き家を放置した場合には、建物の倒壊などが起きれば管理義務違反により、損害賠償責任を負うリスクがあります。

3 不動産の売却・賃貸借による活用
相続人が空き家を相続した場合には、不動産を第三者に売却、賃貸することで活用することが考えられます。この場合も様々な法的な問題やリスクを検討する必要があります。
例えば、相続した不動産の売買では、稀に、所有権移転登記がきちんとなされておらず、被相続人の名義で登記されていない場合があります。この場合、所有者の確認ができず、売却が直ちにできない可能性があります。また、賃貸借契約を締結する場合は、借地借家法の適用があることや賃貸人として義務やリスクを検討して、契約を締結することが大切になります。
 相続にともなった法律問題は様々なものがあります。相続に関する法律問題の相談については弁護士にご相談ください。

高齢の賃借人と賃貸借契約

(質問)
 Aは、Bから老後の住まいとして建物の賃貸借契約の締結の申入れを受けました。ところが、Aは、Bが高齢者であるため、もしも、Bが突然死亡してしまった場合、どうなるのか心配となりました。賃借人が死亡した場合の賃貸借契約に関する法律問題を教えてください。

(回答)

1 高齢化問題と賃貸借契約
 高齢者に対して建物を賃貸する場合,賃貸人の悩みとして,このような相談はよくあります。高齢化が進む中で,賃貸住宅で独り暮らしをする高齢者も増え、このような問題も増加していくことが見込まれます。

2 賃借人が死んでも、賃貸借は終わらず
 賃借人が死亡したとしても、賃貸借契約は終了しません。使用者貸借契約と異なり、賃貸借契約は、賃借人の死亡により当然には終了しないため、注意が必要です。
 では、特約で「賃借人の死亡」により契約が終了すると定めることはできないでしょうか。結論からいえば、この条項は無効となる可能性が高いです。「賃借人の死亡」を契約の終了事由とする条項は、不確定期限の定めと解されます。不確定期限の到来によって終了する契約は一般的に借家人に不利であって、借地借家法第30条によって無効となると考えられるためです。
 このように賃借人が死亡したとしても、賃貸借契約は当然には終了せず、契約の効力は続くことになります。相続人がいれば、賃貸人の地位が相続人に承継されます。

3 契約の解除と遺品の処理
 賃借人の死亡で問題となるのは、契約の解除と遺品を誰がどのように処分するかです。
 まず、相続人がいる場合は、相続人を調査して、賃貸人と賃借人の相続人間で契約を合意解除したうえで、遺品の処分など原状回復を求めます。特に、相続人が複数いる場合には、賃借人たる地位は、相続人間で準共有となるため、相続人全員との間で合意解除しなければならないため、注意が必要です。契約締結時に、賃借人の相続人の状況をある程度把握しておかなければ、リスクとなる可能性があります。
 次に、調査の結果、相続人がいなかった場合はどうでしょうか。賃借人に身寄りがない場合や負債をかかえているため相続人が相続放棄をした場合が考えられます。この場合、賃貸人が勝手に遺品等を処分するわけにはいかず、賃貸人から相続財産管理人の申立てを相続財産管理人と交渉して、契約の解除等の処理を行う必要があります。ところが、相続財産管理人の申立ては、申立人が予納金の支払いが必要となる可能性があり、相続財産が少なければ、申立人の持ち出しとなってしまうリスクがあります。

 このように高齢化問題にともなって身近な契約にも法律問題が生じます。賃貸借契約に関するトラブルやリーガルチェックなどは弁護士にご相談ください。

パワハラ防止法~パワハラ対策の義務化~

(質問)
 パワーハラスメント対策が企業の義務になると聞きました。会社として、具体的に、どのようなことをすればよいのでしょうか。 

(回答)

1 パワハラ防止法の施行
令和2年6月、労働施策総合推進法が改正され、職場におけるパワハラの防止対策を取ることが新たに企業の義務となりました(いわゆるパワハラ防止法)。
このパワハラ防止法は、大企業にはすでに適用が始まっているところ、令和4年4月1日から、中小企業にも適用されることとなります。
 企業としての対策は、一朝一夕で始められるものではありません。そこで、1年後に迫る義務化に備え、企業としてどのようなことを求められているかを見ていきましょう。

2 事業主が「講ずべき措置」
パワハラ防止法は、事業主に対し、職場においてパワハラが行われることのないよう、「雇用管理上必要な措置」を講じるべきことを義務付けています。
それでは、この「必要な措置」として、事業主は具体的にどのようなことをすればよいのでしょうか。この点については、厚生労働省による「指針」がその詳細を明らかにしています。その概要は、次のとおりです。
まず、第1に求められているのは、「パワハラを行ってはならず、パワハラを行った者には厳正に対処する」旨の事業主の方針を明確にし、労働者に対してその周知を行うことです。具体的には、パワハラを行ってはならない旨について服務規律を定めること、社内報などで社内に周知することや、労働者に対しパワハラ防止のための研修等を行うことが考えられます。
第2に、事業主は、労働者からのパワハラに関する相談に対し、適切に対処するための体制を整備しなければなりません。具体的には、相談窓口を作って労働者に周知すること、窓口担当者の研修を行なったり対応マニュアルを作成することにより、相談窓口が適切に機能するような仕組みづくりをすることが求められています。この相談窓口としては、社内において窓口を作ることのほか、弁護士などの専門家に依頼し外部相談窓口を設けることも有効であると考えられます。
第3に、事業主は、労働者からパワハラに関する相談があった場合に、迅速かつ適切に対応しなくてはなりません。すなわち、パワハラの相談があった場合、まず、相談窓口の担当者や外部の紛争処理機関を通じ、すみやかに事実関係の正確な聞取りをすることが必要です。次に、パワハラの事実が確認できた場合には、例えば、加害者を配置転換させ被害者と引き離すなど、パワハラの当事者に対する適切な措置を取ることが求められます。そして、その上で、パワハラの再発防止に向け、改めて事業主としての方針の周知・啓発を行うことも義務付けられています。
第4に、事業主には、これまで述べてきたことと併せて、パワハラの事後対応にあたって当事者のプライバシーに配慮すべきこと、パワハラに関する相談などをしたことをもって労働者が不利益に取り扱われることがない旨を周知することも求められています。
また、「指針」は、これらの義務について定めるほか、「事業主が行うことが望ましい取組」として、多種のハラスメントの相談に一体的に応じられるような体制を取ることや、自社の労働者以外の者との間で起こりうるパワハラ行為について対策を取ることについても言及しています。

3 働きやすい職場環境づくりへ
ハラスメント防止対策をしっかりと行うことや、テレワーク、フレックスタイム制や副業などの柔軟な働き方を提供することで労働者が働きやすい職場環境を整えることは、人材の確保・定着、社員のエンゲージメントの向上、引いては企業としての生産性の向上に繋がるものであり、人材難が叫ばれる現在において、これらの体制を整えることは、中小企業にとっても急務といえます。
 ハラスメント対策や、働きやすい職場環境づくりのための規程の整備などにお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

土地の名義が100人?~所有権移転登記手続請求とは~

(質問)
 親が使っていた土地を最近相続しました。相続人は私しかいないので,当然,私の土地になると思っていましたが,登記を見てみると,100人の共有名義となっていました。この土地はどうすれば私が自由に使えるのでしょうか。

(回答)

1 時効取得を原因とする所有権移転登記手続請求 
驚くような話ですが,実際にこのような相談を受けることがあります。今までに扱ったものとしては,300人以上の名義だったこともあります。
 共有者の人数が少ない場合には,所有権(共有者の持分権)を,代償金を支払って譲渡してもらうことで解決することもあります。ところが,100人の共有名義が大昔のものであったりすると,今では共有者にも相続が発生して,その相続人が多数に上ることになります。
 このような場合には,裁判で,時効取得を原因として所有権移転登記手続を請求することが考えられます。
 もっとも,この場合でも,まずは共有者の相続人を特定することから始めなければなりませんので,戸籍を集めるのに一苦労します。そして,訴状の送達ができなければ裁判が始まりませんので,全員に訴状を送達するにも一苦労します。相続人が海外にいる場合もありますので,この場合にはさらに時間がかかります。

2 裁判の流れ
送達が完了すると,裁判が始まりますが,裁判で必ず勝てるわけではありません。
 20年の長期時効取得の場合は,その要件が民法162条1項に規定されており,①所有の意思をもって,②平穏かつ公然に,③他人の物を,④20年間占有することとなっています。①と②は民法186条1項によって主 張立証が不要となり,③は自己の所有物でもよいので要件とはなりません。④については,民法186条2項によって,20年の前後両時点の占有の事実があれば,占有はその間継続したものと推定されます。
 以上をまとめると,20年の長期時効取得を請求するには,ある時点で占有していたこと,ある時点から20年経過した時点で占有していたこと,時効援用の意思表示,の3つが主張立証できればよいことになります。
 ところが,相手方から抗弁として「所有の意思がないこと」を主張立証される可能性があります。「所有の意思がないこと」とは,(ⅰ)他主占有権原と(ⅱ)他主占有事情からなりますが,例えば,賃貸借関係があれば,他主占有権原が認められます。本件では,例えば,親が100人の共有者から本件土地を賃借して使用していた場合には,相手方からの他主占有権原の主張が通ってしまうことになり,敗訴ということになります。
 このような反論をしてくる相手方がいれば,結局,金銭解決による和解をして,登記を移転してもらうことになります。
 ほかにも,登記を放置したままでいたために,相続人が増えて大変になってしまったという事件は多くありますので,登記は早めに移転しておくことをお勧めします。

隠し子と相続

(質問)
 先日、Aが死亡しました。相続人には妻のWと子のXがいます。W、Xは、遺産分割協議を行い、Aの遺産のうち、Wが預貯金、Xが土地を相続することになりました。
 数日後、Aの遺言が発見され、「Yを自分の子として認知する」と書かれていた場合、遺産分割協議の効力はどのようになるでしょうか。または、認知の訴えが提起され請求が認容された場合はどうでしょうか。

(回答)

1 隠し子と相続問題
最近のニュースで、某資産家が亡くなり、遺産を巡って隠し子が続々と名乗りをあげていることが話題になっています。最近は、離婚の件数や事実婚の件数が増えていますので、今後、実は腹違いの兄弟姉妹がいたというケースでの相続が問題となるかもしれません。

2 遺産分割の当事者を除外してされた遺産分割の効力
通常は、相続関係を調査していれば、戸籍に記載のある隠し子には気付くことができますが、ごくまれに調査を怠り、遺産分割協議後に子の存在が発覚する場合があります。
遺産分割の当事者である相続人を除いて行われた遺産分割協議は無効となるとされます。そのため、遺産分割協議を行った後に、新たな相続人である子の存在が発覚した場合は、その遺産分割協議は無効であって、その相続人を加えて遺産分割協議をやり直さなければなりません。

3 遺産分割後に認知がされた場合
隠し子の発覚で専ら問題となるのは,遺産分割協議後に,認知がなされたケースです。認知(民法第779条)とは、法律上の婚姻関係によらず生まれた子を父又は母が自分の子であると認める行為です。認知は遺言によってもすることができ(民法第781条第2項)、これを遺言認知と言います。また、被相続人の死後に、検察官を被告として、死亡後3年以内に認知の訴えを提起することもできます(民法第787条)。隠し子が婚外子であった場合は、認知されることで、親子関係が成立し、相続権が発生します。
 事例のように、遺産分割協議後に遺言認知がなされていることが発覚した場合や認知の訴えが提起され認容された場合、認知は出生時に遡って効力を生ずるため(民法第784条)、相続人を1人欠いていたものとして、無効となるとも考えられます。しかし、民法910条は、相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産分割の請求をしようとする場合には、遺産分割の効力を有効と扱い、新たな相続人にはその相続分に応じた価額支払請求権を与えるという扱いをしています。つまり、この場合は、遺産分割協議をやり直す必要はなく、適切な金額を新たな相続人に対して支払うことで足ります。
 相続開始後に隠し子が見つかった場合では、それまで交流がなかっただけに紛争化してしまうケースが多々あります。相続に関する紛争は、弁護士にご相談ください。

子の看護・介護休暇~改正法令和3年1月施行~

(質問)
  子の看護・介護休暇の制度が新しくなると聞きました。どのような点が変わり、会社として何をしなければならないのでしょうか。

(回答)

1 子の看護・介護休暇とは?
育児介護休業法は、従前より、育児休業や介護休業に加えて、子の看護や介護の必要がある労働者について、申出により休暇を取得することのできる「子の看護・介護休暇」の制度を定めてきました。
 このうち、子の看護休暇は、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者について、1年度において5労働日を限度として、傷病にかかった子の世話または疾病の予防を図るために必要な子の世話をするために休暇を取得することができるとするものです。
 他方、介護休暇は、要介護状態の家族をもつ労働者について、同じく1年度において5労働日を限度として、家族の世話を行うために休暇を取得することができるとするものです。
労働者からこれらの休暇の申出があった場合、事業主は、一定の労働者について労使協定を結んだ場合を除いて、その申出を拒むことはできません。もっとも、休暇中の給与については、無給とすることができるものとされています。

2 法改正で何が変わる?
この子の看護・介護休暇の制度について、この度、法改正がされ、令和3年1月1日から改正法が施行されることとなりました。
 今回の法改正の最大のポイントは、事業主に対し、子の看護・介護休暇を、時間単位で取得させる義務が定められたことです。これまで、平成28年の法改正により、これらの休暇を半日単位で取得させなければならない義務が課せられてきたところ、労働者が更に小刻みに休暇を取得できるよう、より柔軟な制度に改められた形です。
 また、それと併せて、これまで、1日の所定労働時間が短い労働者については半日単位で休暇を取得することはできないとされていたところ、この度の法改正により、すべての労働者が時間単位で休暇を取得できることとなりました。

3 企業としてなすべきこと
このような法改正を受け、事業主としては、就業規則の内容を改正法に即したものへと改める必要があります。仮に子の看護・介護休暇の定め自体を置いていない場合には、この機会に定めを置くようにしましょう。これらの休暇も就業規則の絶対的記載事項である「休暇」にあたるものですから、その付与要件、取得に必要な手続及び期間について、就業規則に記載しなければなりません。
 これに加え、今回、時間単位での休暇の取得が可能となったことから、休暇の残日数・時間を正確に把握することができるよう、適切に管理していく体制を整えることも求められているといえます。
 そして、なにより、労働者がこの制度を実際に利用することができるよう、労働者に対し制度の周知をしていくことが大切です。

4 持続可能な企業をめざして
新型コロナウイルスの流行により、社会や経済のあり方が大きく揺らいでいる今、あらゆる局面で「持続可能性(サステナビリティ)」という考え方がより注目を集めるようになってきています。
 少子高齢化が進み、人手不足が深刻な状況となってきている現代社会において、介護などの理由による従業員のキャリアロスへの不安を払しょくし、従業員が安心して働き続け、十分に能力を発揮することのできる環境づくりをすることは、企業としての持続可能性を高めるための重要な取組みの一つといえます。
 そのような観点から、法令で課された義務の履行をすることはもちろんのこと、企業としての経済性と両立する範囲内で、より柔軟な制度構築をすることも検討されてもよいかもしれません。
 労働者の育児や介護にまつわる制度の構築や規定の定め方にお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。